目立ちたくないそんな彼女の事情-2
絵麻が純と琥狼のポディーガードを請け負っているのには色々とワケがある。
―――簡潔に言うと、学費を稼ぐためだ。
両親が仕事で海外出張に出かけたまま行方不明になったのが、絵麻が12歳の時。
突然4つ下の弟と二人取り残され途方に暮れていたところ、父親の年の離れた弟である浩司に引き取られた。
その時まだ20代後半だった叔父の世話になるのも申し訳ないと思い、せめて学校費用は自分で稼ごうとバイトを始めようとした。が、当然ながら12歳の子どもを雇うところなどなく、叔父に相談したところ、このポディーガードの仕事を勧められたのである。
浩司はまだ30を少し過ぎた年齢だが、短期間でこの業界で評判になるほどのすご腕経営者だ。
以前は警察関係の仕事をしていたが、絵麻の両親である兄夫婦が行方不明になる少し前にこの会社を立ち上げて、その後絵麻とその弟の面倒をみてくれてきた。
もちろん、浩司は何度も一緒に暮らして生活費や学校費用もすべて負担すると言ったが、絵麻は断固として断った。
これ以上、叔父に迷惑をかけたくない思いからだったのだが、最後に断ってからというものの、日に日に絵麻の能力よりも難易度が高い依頼を寄越すようになった。
弟は、「わざとキツイ仕事をふって、姉さんが根を上げて助けを求めてくるのを待ってるんだよ」と笑いながら言うが、絵麻にはただのイビリにしか見えない。
きっと、あの幼馴染二人の護衛を勝手に引き受けたのも、これなら絵麻が限界とすがってくるのを見込んでのことなのだろう。
「確かに、あの二人の護衛は普通より報酬いいんだけどねぇ…精神的に疲れるっていうか」
学校生活という絵麻のプライベートにさえ関わらなければ、こんなに憂鬱になることもないのだが。
気心は知れているが、関わりすぎない方がいい――これは、中学・高校と一緒に過ごしてきたからこそ分かることだ。
これから叔父のところへいくついでに、あの二人のイレギュラーな仕事は入れないようにお願いしようと思った。
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絵麻は帰り道の途中、学校と家の間とのある駅で降りた。
今日は週に一度の叔父の会社に寄って行かなければならない日だ。
駅から降りて住宅街に向かって少し歩いたところにある雑居ビルに入る。
ビル7階の年季の入った鉄のドアを開けると、そこには机の上の両足を置いて煙草をくわえながら迎える男がいた。
「よお、絵麻。今日は少し遅かったな」
絵麻の叔父であり、シークレットサービス会社“夜刀”の社長でもある高津浩司だ。
絵麻が部屋に入ると、浩司は長めの少しパーマがかった髪をかき上げて両足を机から下ろした。
「ちょっと学校でやっかいなのに捕まってたの。今日はお給料日なんだもの、それがなかったらすぐに来てたわよ」
「なんだそれ。…ああ、いつものあいつらか?お前も相変わらずモテモテだなぁ」
浩司はニヤニヤしながら煙草の煙を吐く。
黙っていれば、ちょっと体格のいいナンバーワンホストと言っても通じるのに、人をすぐにからかうところが絵麻にとっては残念なところだ。
「モテモテとかそういうわけじゃないってよく分かってるでしょ。…いつもの護衛の依頼よ、時間外のね」
「そういや昨日こっちに依頼があったな。純坊の親父さんの会社のパーティーだろ?確か、明日の19時から始まるとか言ってたような…」
「ちょっと!知ってたんなら何ですぐに教えてくれないのよ!」
絵麻は浩司の言葉を遮って掴みかかったが、すぐに両手首を掴まれて身動きが取れなくなる。
叔父は煙草をくわえたまま、余裕の表情だ。
「まあまあ細かいことは気にするなって。どうせお前、放課後何も予定なんて入れてないだろうが。この仕事は臨機応変に顧客の要望に対応してなんぼのもんだ。純坊は大口顧客なんだから、もっと愛想良くしろよ」
「って、私が好きであの二人の護衛してるんじゃないし!元はと言えば、浩司おじさんがこの仕事押し付けてきたんじゃない!」
「おじさんって呼ぶな。ここでは社長だろ」
「…横暴社長!サド社長!」
「俺の人選に文句あるなら、代役でも探すんだな。まあ、お前みたいな条件の人材なんてそうそう見つからないだろうが」
“夜刀”は、社員2~30人程で会社としては規模が小さいが、一人ひとりの能力が非常に高く、その質を買われて各国の財界や政界などのトップの護衛を請け負っていることが多い。
その護衛内容には囮や調査など、ただ守るだけではないものも含まれているため、社員は個々の専門分野を持つ者を雇っていた。
浩司は、社長であると同時に営業も兼ねており、もう一人の担当者と共に数多くの依頼を各社員に割り当てている。
依頼内容と社員の適性を吟味した上でのことなのだが、依頼内容には“20代の白人男性”や“大柄な若い女性”など見た目に対する要望も含まれている。
社内外で希望に沿う容貌の者を探したり、時には変装をして任務に当たるのだが、業界柄若い女性が少ないため絵馬のような少女は重宝されていた。
同時に、要員が少ないため依頼が集中してしまい、特に女性が少ないこの会社では絵麻はひっぱりダコだ。
幼馴染二人の時のように、また浩司から「他に適任がいないし、ムサイ男共に女装させる気か」と何故か逆ギレされるのは何とも割に合わない。
「……どうせ口で言ってもおじさんには敵わないからやめとく。」
「お利口さんだな。さすが俺の姪っ子だ。あと、社長な」
「そのかわり、急な依頼を受けるのはやめてよね。勉強時間減るから」
「でも自分で学費稼ぐって言ったのはお前だろ?だから、あえて依頼を多く受けてやっているのにな……そろそろ、俺を頼る気になったか?」
「それはいい」
浩司は絵麻の頭をぐりぐりと撫でまわしていたが、絵麻はその手を叩き落とした。
何をやっても叔父の手の上で転がされてしまうのは、この仕事を始めた時からよく分かっている。
絵麻の初仕事は10歳の時だった。
依頼でどうしても東洋の少女が必要なことがあり、浩司が当時絵麻が欲しがっていたゲームを餌に、実業家の護衛につかせたのである。
それは記念パーティーで実業家の娘の代理として出席することだったが、事前にパーティー中止の脅迫状が届いており、当日会場で何かが起こると懸念されていた。
案の定、実業家に暴漢が襲いかかったが、絵麻の見事な一本背負いで即時に解決した。
それから絵麻の噂を聞きつけて依頼する者が多くなり、代理出席やら囮やら潜入調査やらやたらと仕事を回されるようになった。
海外での仕事が多く、さすがに学校を欠席することが多くなったため、高校進学をきっかけに絵麻は叔父へ直談判しに行ったのだが……その交換条件として、幼馴染二人の学校内での護衛を出されて、現在に至る。
幼馴染二人は、親の仕事柄、幼い頃からあらゆる場面で危険が多く、常に3人以上のポディーガードがついていた。
しかし、学生の間はある程度普通の生活を送りたいと二人が主張しだすと、絶対にポディーガードは外さないという親の意見と対立。
色々ともめた末、折衷案として二人の希望通り高校では屈強なポディーガードは張り付かせないが、ばれないようなポディーガードはつけることとなった。
そのポディーガードとして抜擢されたのが、絵麻であった。
絵麻は猛烈に反対したが、周りの説得と叔父の根回しや外部権力に負け、泣く泣く仕事を引き受けることとなったのである。
すでに絵麻にかなりの実績があったこと、見た目はただの地味な少女に見えること、そして問題児の純と琥狼の扱いを心得ていることから、適任と見なされたのである。
彼らはそれで満足かもしれないが、絵麻の穏やかな学校生活は霧散に消えた。
せめてもの最低条件として、「護衛をするのは学校敷地内だけ」「クラスを同じするのは仕方ないが、絶対に仲良くしないこと」「中学までの知り合いが一切いない高校に入学すること」を確約させた。
こうして事件もなくクラスメイトにも気づかれることなく、これまで1年半を乗り切った。
あと1年半経てば高校生活も終わり、契約を満了―――穏やかな生活が戻るのである。
彼らは家業を継ぐべくそれぞれの道を行くのだろうが、絵麻は国立大学に行って手堅い仕事について堅実な人生を歩むつもりだ。
それまでの間だけ我慢すればいい。
幸い、これまで誘拐や襲撃などの事件は起こっていない。
あと残りの期間も無事に終わることを祈るだけだ。
「今回の純の仕事は受けるから。そういえば他にも今週の依頼ってあったよね?」
「ああ…今週の金曜だな。学校帰りに車で拾ってくから、裏門で待ってろ」
「わかった」
「あとこれ」
浩司は机に戻って引き出しから封筒を取り出すと、それを絵麻に手渡した。
先週の依頼分の給料だ。
「たまには夏音にもいいもの食わせてやれよ」
「失礼ね、そんなにケチな生活してないわよ!うちの弟は誰かさんと違っていい子ですからね」
「お前と比べてか?」
「はいはい、じゃあ金曜ちゃんと迎えにきてよね!」
絵麻は浩司にべーっと舌を出して、そのまま勢いよく踵を返して出て行った。
ドアを閉めても浩司の笑い声が廊下に響いていて、絵麻はいつか絶対にこの叔父を言い負かしてやろうと心に誓った。