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番外編:ある日常のひとコマ

いつもお立ち寄りくださりありがとうございます。

本編であまり純と絡まなかったので、ここで少し息抜きです。




(………げ)




いつもの学校からの帰り道。

絵麻は、最寄り駅を降りて特売のチラシを握りしめながら、スーパーへ寄ろうとしていた足を止めた。

駅前のロータリーに止まっている車と、近くにいる人物に見覚えがあったからだ。

制服姿の男子高校生と、茶髪の長い髪の年上の女性が何やら高級車の側で話をしている。

風にたなびく男子生徒の蜂蜜色の髪を見た瞬間、絵麻は気づいてしまったことを後悔した。

学校内では飽きるほど見慣れているその姿は、幼馴染である野宮純だったのだ。

いつもならこんな学校から離れた駅にいるはずないのに、こんなところでデートの待ち合わせだろうか。



「…この間、他の女の子と歩いてたでしょう」

「他の女の子?それっていつのこと?場所は?俺、たくさん心当たりありすぎてどれか分かんないなぁ」

「なんですって!?」



―――――修羅場か。修羅場なのか。

何となく予想はしていたが、まさか駅前で繰り広げているとは思わなかった。

おそらく彼女というわけではなく、どこぞのパーティーで知り合ったモデルやOLで、数回遊びに行った仲なのだろう。

とにかく関わっていいことがあるわけがない。



(早くスーパーに行こう…特売売り切れちゃうかもだし)



と、絵麻が踵を返した瞬間。



「あっ」



突風が吹いて、手にしていたチラシが飛んでいってしまった。

今回はチラシにクーポン券がついているので、ないと非常に困る。

絵麻は風に飛ばされてふわふわと飛んでいくチラシを追ったが、不確定な動きなのでなかなか捕まらない。

やっと地面に落ちたチラシを手に取ったが、そのすぐ側で茶色のローファーが目に入った。

絵麻がおそるおそる見上げると、目を丸くしてこちらを見つめる色素の薄い瞳とぶつかる。



(……しまった!!)



絵麻がそう顔に出すや否や、純はにっこり…いやニタリと笑いかけてきた。

絵麻は本能で危険を察知してすぐに立ち上がり逃げようとしたが、手首を掴まれ強引に引き寄せられる。

思わずバランスを崩してしがみついたのは、純のベージュのニットで―――そのまま反転させられ、絵麻の肩と腰は純の手でしっかりと抱き込まれていた。



「…何よ、その子」



絵麻は純を背に女性と対面する形になっていた。

まさに、彼と彼女の間に割り込んできた浮気相手という構図だ。

絵麻は「違うんです、ただのクラスメイト以下で通りがかりの女子高生です!」と訴えようと口を開いたのだが。


ちゅっ。

こめかみに熱く湿った感触。



「この子は、俺の大切な子」



途端に女性の顔が強張った。

化粧も完璧なその美しい顔が鬼のような形相に変わるのを見て、絵麻は心の中でひいいと悲鳴を上げた。

振りほどこうにも、背後からがっちりと男の力で押さえつけてしまっているので、さすがの絵麻もどうしようもない。

そんな絵麻の気持ちなどお構いなしに、さらに純は絵麻の頬にも唇を落とす。



「もう、彼女なしで生きられないんだ。一生側にいてもらうつもり」

「!?」



女性に見せつけるように、絵麻の体に両腕を絡める。

また女性の顔が引きつった。

早く否定しなくてはと思うのだが、今迂闊にしゃべると相手を逆撫でしそうなので、絵麻は話すタイミングを計りかねていた。



「そんな地味な小娘のどこがいいのよ。貴方、いつもパーティーにはモデルの子ばかりで、そんな子連れてきたことないじゃない」

「確かに地味だしまだお子さまだけど、二人の時はすごくかわいいんだ。この子の前でだけ、本当の俺でいられる。うちの親父も公認だしね」



初対面の人間に対して、地味とは何だ。

というか、純も否定しないのか…!

平穏に生きたい自分でも、さすがに面と向かって地味だなんだの言われると傷つく。

さっきから純は普通に聞いたらノロケのような台詞を吐いているが、要は絵麻を一生専属にしてずっと働かせるということだ。

それは純の父親も望んでいるので“公認”、絵麻に対しては他の女の子と違って優しくしなくても気にならないので“本当の俺でいられる”、と。

かわいいの意味は分からないが、どうせ絵麻をからかった時の反応が面白いということなのだろう。

そう心の中で解説しながら、絵麻はそこでふと気が付く。

純の会社関係のパーティーに出ていたということは、絵麻が時間外の護衛をしている時にも会っているかもしれないということだ。

顔を覚えられてしまうと、今後純の護衛だけでなく他の顧客の時にも支障が出てくるかもしれない。

何より、絵麻自身に何かしらの報復がきたとしたら……。



(それは困る!おおいに困る!)



絵麻は、純の腕が緩んだ瞬間に体を反転し、彼の胸に顔をうずめた。

純も女性も自分を凝視していることは視線が痛いのでよく分かるが、もうこれ以上顔をさらすわけにはいかない。



「どうしたの。ん?」



純の問いかけにも、絵麻は顔を上げずに頭を横に振った。

絵麻の艶やかな肩までの黒髪が左右に揺れる。

ニットに顔を押しつけているので、まるでグリグリと純に頭突きをしているかのようだ。

声も出すわけにはいかないので、絵麻は純にだけ見えるように顔を少し上げて目を合わせる。



(早く、この場をどうにかして!関係者にバレたくないのよ!)



絵麻は必死に目で訴える。

必死過ぎて少し涙目になっていたかもしれない。

―――しかし、残念ながらその仕草は端から見ると、単に上目遣いで彼氏に甘えているようにしか見えなかった。

それが相手の女性をさらに逆撫でするわけなのだが、今の絵麻にはそんなことに気付く余裕などかった。

純はそんな絵麻の様子を見て、絵麻の頭に手を置き子どもをあやすように撫でると、さらに反対の手を腰に回してぎゅっと抱き込む。

そして音を立てて今度はおでこにキスをすると、前を向いて口端を上げて女性に話しかけた。



「見ての通り、この子が俺の本命なの。そもそも君とは付き合ってるわけでもないし……第一、絶対に本気にならないって約束だったでしょ?」

「…っ!!」



女性は怒りで体を震わせると、何か言おうと口を開きかけたが、唇を噛みしめてそのまま駅へと向かっていった。

絵麻は背後で女性がハイヒールの音も荒々しく立ち去っていくのを感じると、ほっと肩の力を抜いた。

やはり女の嫉妬は怖い。

今は学校で純や琥狼と一切関わらないようにしているからいいが、そうでなかったら毎日こんな風になっていたのだろうか。

想像するだけで身震いがする。



「なに、寒いの?」

「!!」



純が顔を覗き込んでくる。

そこで絵麻は自分がまだ純に抱きすくめられていることに気付いた。

純の胸に置いている両手を突き出して体を離そうとしたが、逆にぎゅうぎゅうと抱きつかれる。



「ちょっ、離してよ!もうお芝居しなくていいでしょう!?」

「えーなんで?いいじゃん、昔はよく抱き合ったのにさ」

「それはあんたが毎回勝手に抱きついてきてただけでしょうが!」



絵麻が依頼主に手を上げられないのを知っていて、純はジタバタする絵麻の様子を面白そうに眺めていたが、さすがに駅前で人の目が多くなってきたので体を離す。

そこで純は、絵麻が握りしめているチラシに初めて気が付いた。



「あれ、今日は特売でもあるの?」

「あ!」



純の言葉で、絵麻は自分の今日一番大事な用事を思い出した。

予期せぬ出来事に巻き込まれたせいで、時間がギリギリになってしまったが、走ればまだ間に合うかもしれない。



「ちょっと!チラシに載ってたおしょうゆとお米売り切れてたら純のせいだからね!」

「あー分かった分かった、お詫びに一緒に買い物行ってあげるからさ」

「……とか言って、本当は会議とかサボりたいだけなんじゃないの」

「違うよ、ひどいなぁ。純粋にエマが心配なだけだよ」

「ほんと、あんた口だけはうまくなったわよね」



その後、おひとり様1点のみのしょうゆと米を純にも並ばせて買うことが出来た絵麻は、黒いBMWに戦利品を積み込んで家まで送らせたのだった。




―――いつもは目立ちたくない彼女の、いつもとは違った放課後のひとコマ。





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