表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
PR

音を立てたら終わり

作者: 遠山枯野
掲載日:2026/07/24

 邪悪な巨人の住むビッグシティは夜でも明るい。私は暗い路地裏に逃げ込む。私たちの種族は肌の色が濃い。だから、明るい場所に出れば、目立つため、奴らにすぐに見つかってしまう。奴らに見つかったら最後、生還確率は限り無く低い。奴らは私たちの種族を無条件で嫌っており、見逃すことは考えられない。


 ここは私たちが来てはいけないところだ。危険が大きすぎる。それは理解している。しかし、同時にここは食料も豊富で、奴らに見つかりさえしなければ、ごちそうにありつくことができるのだ。巨人が調達してきたであろう、パン、魚、野菜、果物、甘いお菓子は私たちの大好物だ。私たちの種族は、そうやって、ハイエナのように他の種族のおこぼれをいただきながら、闇の世界を生きてきた。弱者はそうやって生きる他ないのだ。


 私たちは夜の世界を生きる種族だが、吸血鬼ではないので、他の種族の血を吸って生きているわけでもないのだ。ただ、余った食料をいただいているだけだ。何か悪いことをしているのだろうか。


 ビッグシティに響き渡っていた話し声と機械音が鳴りやんだ。静寂に包まれる。これは巨人たちの狩りが始まる合図と言って良い。つまり、私は見つかってしまったということだろう。


 大地をきしませる大きな足音が近づいてくる。私は暗くて狭い路地をさらに奥へと進む。奴らの体格ならまず入ってこられない場所だし、ここまで奥に入り込めば、長い手を伸ばしてきても届くことはないだろう。


 しかし、油断などまったくできない。奴らの多くは強力な毒ガスを使う。路地裏などの私たちが逃げ込んだ空間にそれを噴射して充満させる。それは体中が焼きただれるような苦痛を伴うもので、とてもじっと耐え忍べるようなものではない。のた打ち回りながら、新鮮な空気を求めて表へと、飛び出してきたところで、待ち伏せしている奴らに一網打尽にされる。


 そうやって、無残な最期を迎えた仲間を数多く見てきた。巨大な羽子板で叩き潰された仲間、追加のガス攻撃を至近距離で受けて、のた打ち回りながら果てて言った仲間。それらはまだいいほうだ。


 猟奇的な巨人に捕まると、地獄が待っている。生きたまま、体の各部を引きちぎられたり、槍で何カ所も体を刺されたり、火で少しずつあぶられたり・・・。


 奴らの大半は、私たちを食べるわけではない。食物連鎖から外れたところで、殺害自体を楽しんでいるかのようだ。奴らは悪魔狩りをしているつもりなのだろうが、私たちに言わせれば、奴らの方がよっぽど悪魔だ。


 巨人の足跡が止んだ。路地裏の入り口に影が見えた。奴の頭だ、かがみこんでこちらをのぞこうとしている。見開いた瞳がこちらをとらえるかどうかという瀬戸際で、私は路地の角を曲がった。見つからなかっただろうか。


 私は巨人が路地を覗き込んでいる隙に別の建物の軒下にもぐりこんだ。天井が低いのでここにも巨人が入り込む余地はない。瓦礫やガラクタが散乱しており、のぞき込まれても身を隠すことができる。


 しかし、それが徒となった。瓦礫を踏んづけて、カサカサという音を立ててしまった。隠れ場所が豊富なこのシティでは、音さえ立てなければしのぎ切れるはずだった。注意していたつもりだが、恐怖のあまり、冷静さを失っていたのだろうか。


 長生きして、仲間が無残に殺されるのを数多く見てきた。慎重に行動する癖がついた半面、恐怖の記憶も植え付けられてしまったのだろう。


 毒ガスが霧状に広がって、軒下の空間に漂ってくる。神経を突き刺すような痛みの後、全身にしびれがやってくる、息が苦しい。体が痙攣する、きつい、だが、耐えなければ、ここで音を立てたら終わりなのだから・・・。


 毒ガスは次第に薄まっていく。それ以上の追撃はなされていないようだ。


 そうか、奴は私の存在には気付いた。しかし、私の隠れている場所は特定できていないようだ。だから、このシティの隠れ家になりそうなあらゆる場所に毒ガスをまき散らして、私が飛び出してくるか、もがき苦しむ音を立てるのをじっと待っている。


 体が少し落ち着いた。呼吸も正常に戻りつつあった。手足もなんとか動かせそうだ。一刻も早く毒ガスの残るこの不快な空間から出たかったが、焦って行動しては奴の思うつぼだ。ここはじっと音を立てず、やり過ごすことだ。


 数分が経過して、奴もあきらめたのだろうか。シティに話し声と機械音が戻ってきた。幾分、風が出てきたようだ。ガスも薄まっていく。


 私はさらにその場にとどまって、時が来るのを待った。とにかく我慢だ。


 どれぐらい、そうしていただろうか。シティの灯りが消され、闇と静寂に包まれた。ヤツらが眠りにつく時間なのだろう。本来はこの時から行動すべきだった。今回はつい空腹にさそわれて、ミスを犯し、危うく命を失うところだった。


 私は軒下から飛び出し、暗いシティの大通りを横切り、水辺の多い広場へと進んだ。食物の格納庫があるようだ。たいていはこの格納庫の裏にシティからの抜け道がある。


 格納庫に入ると、香ばしいにおいが鼻を刺激した。これは、魚粉、穀物、砂糖、いくつかの香りが入り混じっている。栄養満点で至福のごちそうにあり着けそうだ。


 毒ガスの残る体の痛みを忘れて、夢中で走った。この部屋の中だ。


 その天井の低い部屋に体をかがめて、片足を踏み入れた瞬間だった。直観がこれ以上の進行を制した。甘いものほど毒がある。そして今まさに踏み込んだこの床の感触。これは罠だ。案の定、その足を持ち上げようとしても床から離れなかった。


 顔を上げると、部屋の反対側の入り口付近で倒れている仲間がいた。左右の足、胴体までが床に張り付き、力なく息をしている。私は声をかける。


「おい、ダイジョブか?いつからそうしている。」


 仲間は答えた。


「わからない。数日は経っているだろう。俺は、もうだめだ。こうなってしまってはなすすべがない。とんでもない粘着力だ。」


「・・・」


「さては、お前、毒ガスを浴びたな。お前も先は長くないな。とにかく、ここは危険な街だった。ここに侵入したのが運の尽きだよ。」


 私は必死で足を引き離そうとした。片足だけならまだ何とかなる。皮膚が引きちぎれるのも覚悟で力いっぱいもがいた。少しずつはがれていく。暴れすぎて、体の他の部分も粘着部に付かないように注意した。


 痛みをこらえながら、最後の力を振り絞るとなんとか、床から離れることができた。その足を引きずりながらも、私はシティからの抜け道へと進んだ。これ以上、ここには留まりたくなかった。


 シティを出た私は食料を求めて野山をさ迷った。夜が明けると、草むらの暗がりに身を潜めて、急速を取った。再び日が落ちて、草むらをしばらく歩くと、向こうに明かりが見えた。新しいシティだ。近づいてみると、巨人のいる気配は感じなかった。


 シティへの入り口を探し出して潜入する。明かりも灯っていない。巨人のいないシティなのだろうか。しかし、巨人の生活した名残は残っている。そもそも巨人がいない街なら、食料もないだろうから、訪れる価値などない。まだ、奴らは昼間と宵の口に活動するが、日が暮れたばかりのころは、シティの外で活動していないことも多い。私は食料を探し歩いた。


 毒ガスで体がマヒしているせいか、また、足を負傷した状態で長距離を移動したせいか、さらにろくな食事にもありついていないせいか、くたくただった。大通りの真ん中に倒れ込んだ。何もかもがどうでもよくなった。ここには食べものの気配がない。


 そのときだった。シティの正門が開く音がした。シティに明かりがともり、巨人の足跡が近づいてくる。逃げる体力も残っていない。巨人が叫び声をあげた。


「キャー!気持ち悪い!早く追い出して!」


 声の質から察するに、メスの巨人のようだ。


 もう一体のさらに大柄な巨人の足跡が聞こえた。オスの巨人のようだ。そいつは私に接近し、実をかがめると、その大きな手のひらで、私を捕らえた。


 私の運命も尽きたようだ。なるべく苦しまずに逝けることだけを祈った。後ろからメスの巨人の声が聞こえた。


「え、素手!?あんた、よくそんなこと・・・」


 オスの巨人は私を掌で握りしめたまま、シティの隅へと移動した。もう片方の手で、シティの外へと通じる透明な扉を引いた。やつは陽気な声で、ささやいた。


「俺は無駄な殺生を好まないんだよ。ましてや、君との素敵な夜が始まろうというのに縁起が悪いだろう。」


 そういうと、そいつは私を夜の闇に向かって放り投げた。私は落下していた。


 水の流れに落ちたようだ。湿潤な環境が好きな種族だが、水の上に浮かぶのは初めてだった。水の下には巨人ほどではないが大きな怪物が漂っていた。水を浴びたおかげで、私の体に染みついた毒ガスも流れて行くようだった。


 巨人というのが、たまにわからなくなる。時に予測不能な行動をとる生き物だ。


 流れが他の流れと合流し、さらに大きな流れとなった。私はどこまでも流れていくように思われた。


 ところが、途中で流れが緩やかになり、私は岸辺近くの水草に引っかかって流れから逃れた。水草の上を這って、岸辺に到達した。


 私は河川敷を上り、寝そべって、川の流れを見つめた。


 私たちはしぶとい。巨人たちよりもずっと長い、三億年もの間、子孫をつないで生き延びてきたのだ。そう簡単にやられてたまるか。


 そのときだった。和らかい肉の塊に、背中を押さえつけられるのを感じた。視界に鋭い爪が見えた。これには見覚えがある。巨人の数分の1程度の大きさ、4足歩行の獣。


 私を押しつぶす力を強めたようだ。頭を下げて横から覗き込んでいる。毛むくじゃらの顔、暗闇で光る丸くて大きな目。


 私は最後の瞬間まで、生き残る術を考えつづける。それだけだ。


 獣が力を緩めた瞬間、私は羽を広げ、6本の足に力を込めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ