第1話
ガタゴト、ガタゴト
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俺は今、馬車の荷台に乗っている。
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行き先は遠くの村だと告げた。けれど、どこで降ろされてもかまわない。行き先なんてない。
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三週間前のことが思い浮かぶ。
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俺が魔王を倒した時のことを。
「勇者よ、貴様に呪いをかけてやろう」
魔王が倒れる直前に俺にこう言ってから、俺と親しくなった者は皆、一日と持たずに死んでしまった。
魔王を一緒に倒した仲間たちも、全員死んだ。
俺も今日、この命を終わりにする。
こんな人生にもう疲れた。
どうやって死ねばいいだろうか?
そう考えた瞬間、御者が俺に話しかけてきた。
「魔王をどうやって倒したのか、聞かせてくれよ。アデル」
「あ、それは…」
馬車の外に出なければ。
俺は誰とも親しくなってはいけない。
俺は急いで言った。
「ここで降ろしてください」
まだ隣村に到着する前だった。
「あ、ここで?降りることはできるけど、ここは森しかないよ。それでもいいの?」
「はい」
「残念だな。もう少し乗っていきなよ」
「用事があるので」
俺は馬車の後ろから降りて、小銭をポケットからいくつか取り出した。
「少ないですが」
俺はフードを深く被り、頭を下げたまま、自分の手が触れないように、少し手を高く上げて、御者の手のひらに小銭を落とした。
「どうもありがとう」
俺は馬車の横から少し離れた森の中へ行こうとしたが、御者が話しかけてきた。
「お気をつけて。魔王を倒した勇…」
俺は御者の言葉を最後まで聞く前に、急いで森に向かって走った。
嫌われ者にならないとダメだ。
俺は少し走ってから、森の中で適度に高いところに枝がある木を探した。
そして、あらかじめ用意したロープを取り出し、枝に結び、ロープの下にも結び目を作って、この世を去る準備をした。
俺は召喚魔法で木の椅子を召喚した。
その椅子に上がった。あらかじめ結んでおいたロープを木の枝に結びつけた。結び目の穴に、自分の首を入れた。
これで椅子をなくせば終わりだ。
召喚魔法を取り消せば、すぐ椅子を消すことができる。
だが、取り消すことが怖い。
今日も失敗か。
俺は服から短剣を取り出した。
それでロープを切ろうとした。
しかし、そうしようとした途端、急に強い風が吹いてきた。
椅子が揺れたかと思うと、横に倒れた。
結び目が食い込み、首に痛みが走った。
ひどい痛みだ。
死ぬ。
ウィリアム…。エイミー…。デンバー…。
死にたくない。
…
もう頭が回らなくなっていた。
やがて、頭の中がすっと冷えていく感覚がした。
死ぬって、こういうことなのか?
「…ちは…」
木の枝が、かすかに揺れる音。
…
「こんにちは」
「え?」
俺、地獄に来てしまったのか?
俺は足を動かしてみた。
なだらかな曲面が触れた。
誰かの上半身のような感覚。
「何をしていますか?」
「木を傷つけてはいけません」
「もう降りてください」
ある人がそう言った瞬間、ロープが断たれる音がした。
次の瞬間、俺は後ろに倒れて、そのまま尻もちをついた。
「いてっ…」
「ありがとうございます」
やばい。つい…。仲良くしちゃダメなのに。
そう思って、俺は相手が誰かも確かめないまま、振り返って走り出した。
しばらく走ると森を抜け、ちょうど一台の馬車がこちらに向かってきた。
俺は慌てて通りかかった馬車を止め、御者に言った。
「隣村まで行きたい。乗せてくれるか?」
「もちろんです、勇者様」
「ところで…隣の人は恋人ですかね?」
「は?」
俺が横を見ると、ある女が立っていた。
全身白い服。淡い金色の髪。冷たそうな目元。――人間じゃないみたいな、そんな感じがした。
「…違う」
「勇者様、こちらも急いでいます。今すぐお乗りください」
このままだと、御者まで死ぬかもしれない。黙って、この女と一緒に乗っていくしかない。
「はい」
俺は仕方なく、隣にいた女と一緒に馬車に乗り込んだ。
馬車が動き出す。俺は身を縮めて、黙ったまま座る。
この女、誰だ。
なんで、俺について来た。
その時、女が俺に話しかけた。
「木への意地悪に罰を執行できていませんでした」
「…?」
彼女の話からさっき俺を助けたのは、この人であることがわかった。
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ダメだ。
話したら、この女が死ぬ。
「何か問題がありますか」
そう聞こえた直後、俺の手の甲にある感触がした。
隣の女が、俺の手を握っていた。
「…!」
心臓が速く跳ねる。
まずい。
手まで握られて…。俺が少しでも好意を持ったら、この女は死ぬ。
申し訳ない。
また…また…
また一人が死ぬ。
しかも、俺を助けた人が死ぬなんて。
そう思ったところ、妙に、体が楽になっていき、まぶたが重くなってきた。
…
「勇者様、ドヒテン村に到着しました」
その声で、俺は眠りから引き戻された。
馬車を降りると、
外は、日が落ちた夕暮れだった。
いつの間にか、隣にいた女も俺の横に立っている。
どうせ死ぬなら、せめて俺が埋めてやらないと。しばらく一緒にいるしかない。出発する前に、うまいものでも食わせてやろう。
「…名前は何ですか?」
「私の名前は『パール』です」
「そっか、アデルです」
「…」
「…うまいものでも食いませんか?」
「私は何も食べなくてもいいです」
”
「…?」
ただ、腹が減ってないって意味だよな。
「おいくつですか?」
「神が私を創ってから、三年が経ちました」
「三年?」
変わった言い方をするな。
「…」
まあ、いいか。気にしないでおこう。
「じゃあ、酒場でも行きますか」
「酒の意味がわかりません」
「そっか。じゃあ、今日、教えますね」
俺はパールと一緒に酒場に入った。
「二杯ください」
「私は何も食べません」
「―あ、お酒も飲まないですね」
酒場でパールと話してみたら、パールは今まで会ったことのない、妙な人だった。
『神』という言葉をやたら口にしたり、常識や知識の話ばかりする。
「詳しいですね」
「『神』が私を、そのように創りました」
彼女の話を聞いていると、酒場の主人が俺に声をかけてきた。
「アデル、もう十二時だぞ。村の広場で祭りがあるらしい。俺も行くが、お前も来いよ」
「…あ、俺は用事があって」
「…?ああ、そうか。なるほどな。恋人がいるってわけか」
「ははっ、青春だな、はは」
俺とパールは酒場の外に出た。
もう十二時が過ぎてしまう。
この人がもうすぐ死ぬのはわかってるが、礼は言っておきたい。
「ありがとうございます」
「助けてくれて」
「意味がわかりません」
「…?」
「いずれにせよ、私は眠いです」
「じゃあ、あそこの芝生に座りますか」
俺とパールは芝生へ行った。パールは近くの木にもたれた。
これでいい。楽に逝けた方が、この女にとってもいいはずだ。
しばらくして、背後の人たちの叫ぶ声がして、俺は振り返った。
「うわ、十二時だ」
「祭りだ」
「みんな広場に行こう」
俺はもう一度パールを見た。パールは目を閉じていた。
よかった。静かに、楽に去って。
じゃあ、スコップを持ってくるか。
背を向けて、一歩踏み出した。
その瞬間、左腕に、見慣れた感触。
「行かないでください」
パールが、俺の左腕を掴んでいた。




