恐怖の王太子妃教育
王太子の婚約者が王家の秘密を知ってしまって毒杯を賜ったりするって、ひょっとしたらこういうことなのではと。
第二王子殿下と婚約して3年。
侯爵家息女として努力し、それなりの成績を上げてきた私に王家から王命が下った。
「フェルメラルダ・セラン侯爵令嬢を王太子妃に内定する。故に、しかるべき教育を行う」
決まってしまった。
本来ならば正統な第一王子殿下が立太子されるはずだった。
だが数年前、第一王子殿下は爵位を得て臣に下った。
婚約者だった公爵令嬢との婚姻もなくなったという。
理由は不明だが、殿下ではこの国をまとめるのは難しいという王家の判断であったという噂だった。
なので優秀で頑強な私の婚約者が将来の国王と定められた。
それに伴い、第二王子の婚約者である私が近い将来には王太子妃、そしていずれは王妃になる。
覚悟はしていた。
だが、いつの頃からか囁かれていた不気味な風評。
「王太子妃教育は地獄のように恐ろしい」
「心身共に打ちのめされる」
「教育を受けた者はその内容を絶対に漏らせない」
「知り得た秘密は墓まで持っていく」
内実を伴わない、単なる噂。
誰も表だっては何も言わない。
それ故に信憑性だけが増していく。
びくびくしていると王家から登宮を命令された。
いよいよ王太子妃教育が始まる。
何と、王宮で王妃殿下自らが講義されるとのこと。
しかも侍女や護衛すら遠ざけて、密室の中で一対一で。
それほどまでに隠す必要があるものなのか。
王家からの迎えの豪華な馬車で王宮に登り、近衛騎士隊長自ら先導して私を奥の院に案内された。
第二王子殿下が立っておられた。
待っていてくださったのだろうか。
「殿下」
「フェルメラルダ、とうとうか」
ため息をつかれる第二王子殿下。
憂い顔が色っぽい。
「殿下、何か?」
すると第二王子殿下は押し出すようにおっしゃった。
「フェルメラルダ、どうしても無理だと思ったら引くが良い。壊れるまで頑張ることはない。義姉上のようにはなって欲しくない」
「それはどういう」
「フェルメラルダ様、こちらへ」
侍女に促されて奥の院へ。
どういうこと?
義姉上ということは第一王子殿下の。
広大な中庭の真ん中のパティオで王妃殿下がお待ちになっておられた。
適度に配置された樹木が周囲からの視線を遮る。
更に大きな日除けが姿を隠してくれる。
ここまで徹底した傍聴対策を行わなければならないものなのか。
護衛騎士や配膳を済ませたメイドたちが静々と下がり、静寂の中に私と王妃殿下だけが取り残される。
「覚悟は出来ていて?」
不意に王妃殿下がおっしゃった。
「はい」
「これから話す事は、王太子妃として、あるいは王妃として避けては通れない知識。
でもあまりにも大きな秘密は人の心を蝕みます。
常人には耐えられるものではない」
そこまでなのか。
「もし……耐えられなかったとしたら?」
王家の秘密を知った者は密かに始末されるのだろうか。
「そうね。
野に下ることにはなります。
でも、それこそ一生口をつぐんでおかなければなりません。
それは、とても辛くて厳しいものです。
その覚悟はありますか?」
良かった。
殺されるわけではなさそう。
でも王家の秘密を抱えたまま、普通に社交など出来るものだろうか。
心を病んでしまいそう。
でも引けない。
私は由緒あるセラン侯爵家の娘。
どんな試練でも耐えてみせる。
口唇をかみしめる私に向かって王妃殿下が口を開いた。
「アラリス宰相の趣味は赤ちゃんプレイで愛用のオムツを」
「イヤアアアアアア!」
「テレス騎士団長は幼女にしか発情しない」
「ヒェェェェェェェ」
「フレント前公爵は汚物愛好症で」
「ヒィィィィィ」
3時間後、私は心身共に打ちのめされて奥の院からよろめき出た。
やっと判った。
伯爵家の出に過ぎない王妃殿下が絶対的な権威を持って社交界どころか我が国そのものに君臨している理由が。
誰にも逆らえない、恐るべき知識。
ただ知っている、それだけで絶対の権力がもたらされる。
だがその代償は。
霞む目に駆け寄って来る第二王子殿下が映った。
倒れかける私をしっかりと抱き留めながら暗い声で囁く。
「義姉上は……耐えられなかった。第一王子はこうなったのは母上の責任だからと自ら臣に下った」
「ああ……」
「それでも義姉上は屋敷に引きこもったままだ。心の傷はあまりにも深い」
そうだ。
そして知ってしまった私も逃れられない。
心に刻まれた知識は今も私を苛む。
ああ、威厳のある宰相閣下も凜々しい騎士団長も、お優しいフレント前公爵閣下も二度と同じ目で見ることは出来ないのね……。
ここは地獄。
死ぬまで続く地獄……。
王太子妃教育ってどんなのだろうかと思って考えてみたらこれではないかと。
政治や経済なんかよりよほど有用だったりして。