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季節はフィルムと共に  作者: 三好ことね
壱章 秋は想いと共に
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九節 愛情

 学校に向かえば噂話が絶えず流れてくる。

 とはいえ、百日には関係のないノイズとしか感じなかった。

 何故なら、自分は避けられているから。

(僕が避けられている理由――)

 百日家はある夜、火事にあった。

(生き残ったのは、洛さんに引き取られた僕だけ)

 そんなことを知らない周りは、『百日鈴が犯人だ』などと好き勝手言っている。

 好きに言えば良い、と思っているのが本音だ。

 そもそも噂話が絶えない『学校』という場所で自分がなんと言われようと、気にしても無駄だ。

(まあ、一方的に聞けるって考えれば情報収集の面では、悪くはない。林道さんの噂もそうやって知ったし)

 しかし、今日は様子が違った。

 ――あの火事の夜、一人の男性を見かけた……と情報提供者も分からない情報が流れてきたのだ。

(おっと、初耳)

 その人物は――赤い着物が印象的だった、と。


(……え?)

 百日の思考は嫌な方へと働く。

 嫌な予感以外、何も浮かばなかった。


(でも、洛さんは――)

 足が止まる。

 これ以上聞きたくないと思いながら、足が動かせない。

 これ以上先に――進めない。


 眼の前にあるのは、教室だから。


 駆け足でその場を離れる。

 つまりは学校を離れる。

 そしてそのまま走って向かう先は――百日家。


 肩で息をしながら、家があった場所までたどり着いた。

 たどり着いてしまった。

 燃え滓が辺りに残っている。

 焦げた我が家だったものがある。


「――百日さん?」

「ひぅっ」

 恐る恐る振り返ると、心配そうな顔で林道が立っていた。

「な、なんだ……林道さんか……。驚かさないでくださいよ」

「え、あぁ……申し訳ない。その、大丈夫ですか?」

 純粋な心配じゃないことは分かっていた。

 けれど、誰でもいいから、泣きつきたい気分だった。

「……学校、抜け出してきたんでしょう? 一先ず僕の家で休んでください。そんなに離れていませんから」

 返事をする前に、林道はそう提案をした。

 体力面であまり遠くまで行けないことを、知ってか知らずか。

 しかし、言葉を選んでいることは百日にも伝わった。


 涙が溢れそうになって、俯く。

 その様子を見た林道は、手を引いて歩くのだった。


「どうぞ、狭い家ではありますが……」

「その……お邪魔します……」

 店には無数のカメラが並んでおり、反対側の本棚はファイルばかり詰まっている。

「いかにも写真家って家でしょう?」

 林道はそっと笑う。

「はい……」

 鈴はその家に圧倒されていた。

(林道さん、本当に……写真家、なんだ)

「どうぞ、お座りください。僕はちょっと用意するものがあるので、ゆっくりしていてくださいね。あ――牛乳は飲めますか? アレルギーは?」

「どっちも大丈夫です」

「良かった。では、暫くお待ちを」

 初めて見るほど柔らかい表情。

 もしも、これが林道の素なのだとしたら――と、つい考えてしまう。


(それにしても、用意って……なんだろう)

 学生鞄を抱くように抱える。

 何かに抱きついていたかったが、これくらいしかなかったのだ。


「――おまたせしました。林道特製、ホットミルクです」

「ホットミルク……」

 そんなもの見るのも飲むのも、幼少期に一度有ったか無かったか、くらいだ。

 朧気な記憶のまま、ホットミルクを見つめる。

 

「はは、やっぱり『特製』は可笑しいですね。でもどうぞ、こういう時は暖かいものが落ち着かせてくれます」

 林道は軽く笑うと、動揺している百日に微笑みかけた。

「昔、僕が今の百日さんのようになっていた時、こうしてくれた人が居たんです。僕はそれがすごく嬉しくて――とても暖かく感じたんです。だから、貴方に同じことができればいいな、と」

 懐かしい思い出に思いを馳せるように、優しい口調だった。

 思い出は湯気と共にゆらり、と姿を表しては消えていく。

 それは、百日にとっても同じだった。


(ああ、この人は……本当は――)

「いただきます」

「ふふ、どうぞ。まだ少し熱いのでお気をつけて」

 それはとても甘く、暖かい。

 心も和らいでいくのを感じていた。


「……美味しい」

「良かった。せめて飲み終えるまではゆっくり休んでください」

「ありがとうございます……。あ、あの、林道さん」

「はい?」

 百日は震えた声で、林道に聞こえてしまった噂を告げようとする。

 しかし、言葉が上手く出て来ず、ただこの感情を何処にも吐き出せないままだ。


「僕、その、怖くて」

「怖い?」

「洛さん、最近ずっと……目を離したら居なくなってしまいそうで……」

(ああ、やっぱり――あんなの酷だ)

「きっと、僕、洛さんのこと……嫌いにならないといけない、のに……」

 言葉を紡いでいる内に、大粒の涙が、百日の手の甲に落ちる。

 それは、一度溢れたら止まらなかった。

 止めることなど、出来なかった。


「洛さんのこと、嫌いになんて、なれない……っ」

「百日さん……」

 林道はそっと抱きしめることしか出来なかった。

(この反応は、当然だろう。……何を思ってあんな……)

 そのまま、百日は泣きつかれて眠るまで、林道から離れなかった。

 流石の林道も、離すことが出来なかった。


「……失礼。貴方に手は出しませんから……協力してくださいね」

 泣きつかれて眠った百日を、そっとソファーに寝かせると、林道はカメラを手にした。

 そして、レンズを覗き込む。


「……あ、鈴。起きたんだね」

 目が覚めれば今の自宅だった。

 見慣れた天井、毎日見ている天井。

 そして、覗き込む海堂の姿は、日常だ。


「学校から連絡があってね。詳しいことは、林道さんから聞いたよ。本当に焦ったんだから」

「……ごめんなさい」

「良いんだよ。でも、林道さんには今度お礼をしなくちゃね。ここまで抱えて来てくれたんだよ」

 海堂はいつものように、百日の頭を撫でる。

 その感覚も、いつもと変わらない。

「……林道さん、家まで来てたの……? 道、覚えてたんだ……」

「私も少しばかり驚かされたよ」

 その時の海堂は、百日ですら見たことのない表情だった。

「洛、さん……?」

「ん? どうかしたかい?」

 そういって微笑む海堂に、百日は初めて恐怖を覚えた。

(なんだろう、この気持ち。洛さんが、洛さんじゃないみたい……)

 ドロドロと不快感が湧き上がる。


「……ねぇ、洛さん。僕の昔の家族……『百日家』ってどうなったんだろうね」

「知らないけれど、普通に過ごしているんじゃないかい?」

「……そっか」

(疑うな、疑うな、疑うな――信じるんだ。例えそうだったとしても僕には……)

「鈴?」

(洛さんのこと、やっぱり嫌いになれない……。無理だ、取り返しのつかないほどに……)

「鈴、なんで泣いて……」

(大好きなんだ……)

「……鈴……君、は」

 泣きながら笑うその顔は、海堂に不安を与えた。


「洛さん、大好きだよ。だから、何処にもいかないで……ずっと……傍に居て」

 海堂の手をそっと包み、百日は微笑みかける。

 止まらない涙と共に、本心をそのままの形で海堂に伝えた。


 それは、海堂にとっては予想外の言葉だった。

 けれど――その願いを叶えることは、出来ない。

 海堂はただそっと微笑み返した。

(ごめんね……鈴)

 百日の涙が止まることはなく、その姿に心が痛む。

「鈴、泣かないで。私は此処に居るよ」

「でも、きっと……この手を離したら、洛さんは……居なくなっちゃう、でしょ?」

「……でもこのままだと、ご飯が食べられないよ?」

 いつもの口調、いつもの声色、いつもの表情。

 その姿に漸く安心した百日は手を離した。

 

「洛さんも、ご飯食べないとだもんね。ねぇ……もう一つだけ、我儘言っていい?」

「言ってごらん」

「もう少しだけでいいから――傍に居て」

 弱々しいその声に、今度は海堂が百日の手を包んだ。

「いいよ。落ち着くまで、傍に居るからね」

 

 何事も無かったかのように日は沈む。

 やがて深い闇と星が空を埋める頃、海堂は一人空を見上げた。

 月明かりもない静かな夜に、赤い着物は夜風に揺れる。


(鈴は……眠りが深そうだったし、私は――)

 歩みを進め、家から出ようとするも、その足は止まる。


「林道さん……? どうして、こんな時間に?」

「いえ、通りかかったら貴方が外に出ようとしたのが見えたので」

「林道さんも夜に出歩くんですね。規則正しい生活をしていそうなのに」

「夜の写真は、夜にしか撮れませんから」

 林道はそう言って笑った。

 しかし、何故だろうか。

 海堂の胸のざわめきは、収まる気配がなかった。


「――貴方は、何をするおつもりで?」

「ただの散歩ですよ。どうしたんですか、突然そんな――」

「――百日家まで、ですか?」

「え?」

 林道の思わぬ言葉に海堂は目を丸くするも、すぐさま誤魔化すように笑った。

「嫌だなぁ、林道さん。百日家と私に、なにか関係が?」

「いえ、百日さんのご実家ですから、やはり気になるのかと思っただけです」

 林道も微笑み返す。

 表情こそ笑っているも、内心はお互い臨戦態勢だった。


「鈴の実家、ねぇ……。私は特に興味などはないですね。鈴はもう、私の家族なので」

「そうでしたか、それは失礼」

 林道は本能から、海堂に対し危機感を覚えた。

 この人は――歪んでいる。

 たとえそれが、家族への愛だとしても。

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