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季節はフィルムと共に  作者: 三好ことね
壱章 秋は想いと共に
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八節

 それは三年前のこと。

 今でも鮮明に覚えている絶望の夜。

 或いは、希望を手にした夜明け。


 百日家は、勉学に勤しむことを強いられる場所だった。

「高貴なる血を引いているのだから、恥じない生活を送りなさい」

 そんな言葉は毎日のように聞いていた。

 しかし百日鈴という人間は、そんな生活に耐えられる人物ではなかった。

 その上で興味は他の物事に向いていた。


 百日は絵が好きだった。

 他の物事に手がつかないほどに、絵が好きだった。


 血筋の話をされたところで、幼い百日には理解も出来ず、興味もなかった。

 だから、次第に記憶から消えていった。


 幸いなことに兄弟含め、全員個別の部屋を用意されていた。

 誰も入ってこない上に、要件がない時以外は外に出ることも出来ないが。

 だからこそ、百日はその環境を利用し、小学校高学年の頃には外へ抜け出すようになった。


 ある時、百日は一枚の絵と出会った。

 その絵は一目みただけで百日の心を奪っていった。

 目を離せなくなるほど引き込まれる。

 空気も温度も、香りすら伝わってくる風景画。

 その場所に立っているようで、自由になれたと――その絵を見ている間は思えたのだ。


「――君」

 やがて絵の主が帰ってくると、百日に声を掛ける。

 百日は自らが予想できる範囲の『最悪』な展開で頭が埋め尽くされる。

 しかし、絵の主は百日にとっては予想外の言葉が返ってきた。

「絵は好きかい?」

 その声色は優しく、穏やかな物だった。

 振り返ると、着物の男性が微笑んでいた。

 百日はそっと頷く。

 

 「そっか。実はね、この絵はまだ未完成なんだ。君さえ良ければ、完成形も見てくれないかい?」

 未完成、という言葉に素直に驚いた。

 これよりももっと魅力が増すのだと思うと、それは恐ろしいほど美しいのだろう。

 興味が沸いてしまって、百日は頷いた。


 男性はそっと椅子をもう一脚用意した。

「良ければ座って。立ちっぱなしは辛いだろうからね。そうだ――」

 その男性は百日の方に向き直り、目線を合わせる。

「私は、海堂洛。いつでもこうやって絵を描いている画家……って自分でいうと少しむず痒いな」

 照れくさそうに笑った。

「君の名前を聞いてもいいかい? ずっと絵を描いていたから、此処には友達がいないんだ。だから、君と友達になれたら良いなって」

「……鈴」

 名字を隠したまま、百日はそう呟いた。

 それでも、海堂は嬉しそうに笑って、優しく百日の手を包んだ。


「鈴くんか。綺麗な名前だね。これから仲良くしてくれると嬉しいな」

 本能的に、この人は優しい人なのだと思った。

 同年代の子供のような笑顔に、百日の心も緩んでいった。


 そうして、百日と海堂はこっそりと会うようになった。

 といっても、百日が抜け出し、海堂の元へ毎日通っていただけではあるのだが。


 ある時、海堂は百日に声をかけた。

「――鈴はさ、絵は描かないのかい?」

「描きたい気持ちは……ある、よ」

 恐る恐る百日は答える。

「じゃあ、さ。私が絵を教えるから、鈴も描いてみないかい?」

「いいの……?」

「勿論。ふふ、今日から私は師匠だね」

 海堂は楽しげに笑っていた。

 百日もまた、目を輝かせ、頷いた。


 百日の成長スピードは凄まじいものであった。

 それは画家の家に生まれた海堂を驚かすほど。

「見えたまま、描いてみて」

 その言葉が百日には一番合った方法だったのだ。


 それは、百日の目が関係しているのだと、海堂は途中で気がついた。

(この子……蛇の目か……?)

 しかし、それが二人の関係性を壊すものにはならなかった。

 例え蛇の目を持っていようと、海堂にとっては一人の愛弟子に変わりなかったのだ。


 百日が夕焼けを好きになったのは、海堂の影響が大きい。

 秋の夕焼けを、慈しむように見る海堂の姿が、一枚の絵に見えた。

 

 海堂はものを目に焼き付けることを教えた。

 それは百日にとって効果的なものであり、焼き付けたものを記憶で描いた百日の絵は――実物より美しかった。

(……ああ、やっぱり)

 海堂の疑惑は確信に変わったが、だからこそ百日には教えなかった。

 百日に自覚が無いことに気づいていたからだ。


(――だから、気付かないで……鈴)

 そう願いながら日々を過ごしていた。


 ――三年前までは。


 その日は、月明かりもない、静かな夜だった。

 普段通り解散し、帰宅したあとのことだ。

 海堂は忘れ物を思い出し、公園へと向かっていた。


(流石にこのあたり……月明かりもないと、暗すぎる……)

 そんな事を考えながら、目に入った光の下には一人の少年が居た。


「――鈴?」

 百日はゆっくりと振り返る。

 その目は、いつもの輝きながら鋭い瞳孔を宿したものではなく――全てを諦めた人間の目だった。


「何か、あったのかい?」

「家、帰れなくなった」

 その一言で、海堂は察した。

 自分と会っていたからだ、と。


「元々ね、抜け出していたからいつかはこうなると思ってたんだ」

「だとしても、鈴――」

「元々鍵も貰ってなかったし、もう此処は帰る場所じゃないんだ」

「そんな……」

 百日は全てを諦めていた。

 生気の宿らない表情のまま、ぎこちなく微笑んだ。

 それが海堂の胸を締め付けるとも知らずに。


「鈴、後ろに隠れていて」

 海堂は怒りのまま行動した。

 絶対に『百日鈴』を守り抜く、と。


 百日が背後に隠れたことを確認すると、海堂はインターフォンを押した。


「夜分遅くに失礼します。私、画家の海堂洛と申します。少々お話宜しいでしょうか――」

 柔らかな声色の中に怒りを宿した海堂は、インターフォン越しに一歩も譲らなかった。

「ええ、貴方方が大事にしないのだとしたら――私が引き取っても構いませんよね?」

 それは、海堂の圧だった。

「今更なんとでも言えますよね。ですが、貴方は今まで鈴くんに鍵すら渡していなかった」

「ら、洛さん……?」

「――そんなに血筋が大事ですか?」

 その言葉がトリガーになったのか、インターフォンは切られ、乱暴に玄関の戸は開かれた。

 海堂の胸ぐらを掴んで、何かを怒鳴りつけるも、百日はパニックを起こし内容が入ってこない。

 一方で海堂は見下すように笑っていた。


 次に百日が気がついた時には、既に海堂の家に居た。


「あ、れ……ここ……」

「私の家だよ、鈴。君と私は、今日から家族だ」

「家族……?」

 その言葉を理解できるまでに時間はかかったが、海堂が用意した布団は何故か――家のものより暖かく感じたのだ。


 ――懐かしい夢を見た。

 百日にとっては、遠い過去のように感じていたそれは、まだ三年しか経っていなかった。

「どうして今、あの時の夢を見たんだろう……」

 そんなことを思いながら、百日は着替える。


「……今日の朝ご飯、何かな」

 今日は、百日にとって久しぶりの学校だ。

 気が重くなるが、帰りに夕焼けを見られれば良い、と思考を切り替えて部屋の戸を開けた。

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