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季節はフィルムと共に  作者: 三好ことね
壱章 秋は想いと共に
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七節

 白く霞んだ空は、次第に色を変えて行く。

 まるで紅葉のようだ、と海堂は笑った。

 初めて会ったときとは違う夕焼け。

 それは海堂と百日にとって、そして林道と百日にとっても特別なもの。

 そして、三人で見ることによって生まれた新たな価値。

 誰にとっても忘れられない夕焼けになるのだと、海堂は確信したのだった。

「この瞬間は、いつかきっと宝物になるよ。だから鈴。しっかり焼き付けておくんだよ」

「はい、洛さん」

 海堂の言葉が無くても、既に百日は夕焼け空に視線が釘付けだった。

(――それは辛い思い出になるかもしれないのに)

 林道は微笑みの下に複雑な心境を隠した。

 自分だったらきっと、夕焼けは嫌いになるかもしれない……そんな思いが林道の中にはあったのだ。


「……写真、撮りましょうか」

 雨合羽を脱いで、隠れていた鞄の中からカメラを取り出す。

(写真だけじゃなく、本当は持ってきていたのか……。いつもと違うカメラだけれど)

 海堂は柔らかく微笑んだ。

 そんな海堂と百日は対象的な反応を見せた。

「……写真、ですか」

 百日は少し警戒するような視線を送る。

 だが、その先の林道の表情から気持ちを解いた。

 

「それは……とても素敵ですね。夕焼けを背にしましょう。そして、私達三人で――」

 海堂のその目は誰よりも普通のものだ。

 しかし、この瞬間は他の何物よりも美しく輝いた。


「――特別な思い出にしましょう」

 海堂のその姿や表情は――沈み行く太陽よりも眩しく、染まった空よりも暖かく、秋風よりも寂しかった。


「じゃあ……お願いします」

 百日はぎこちなくお辞儀をすると、海堂の隣に並んだ。

「さあ、林道さんも」

「待ってください、今準備が……っと終わったので、そちらへ行きますね」

「ふふ、私ったら両手に花だ」

 海堂は幸せそうに笑った。

「もう、変なこと言わないでよ。洛さん」

 照れくさそうにツン、と冷たく返す百日を微笑ましそうに見守る海堂。

 そんな二人を微笑みながらも、何処か羨ましそうで懐かしそうに見つめていた。

 その姿はまるで家族のようで、海堂は改めて幸せだと実感するのだった。

(――そう、私がもらってはいけないほど、幸せだ)

 海堂はシャッターが切れるその直前に二人の腕を引っ張って引き寄せた。

(ああ、もう。手放したくなくなってしまう)

 海堂の表情を見て、仕方のない人だと二人は笑った。


「最高の一枚が取れましたよ。現像したらお渡しに行きますね」

「それは楽しみですね。宝物になるね、鈴」

「そうだね、洛さん」

(――残酷なことを言うものだ)

 一人複雑な顔を隠すべく、カメラを覗き込む。


 普段使っているものではなく、雨の日用に貰ったカメラ。

 使うのは久しぶりだったな、と一人林道は過去に思いを馳せた。


「では、早く現像するためにも僕はひと足お先に失礼しますね」

「ええ、分かりました。お気をつけてお帰りくださいね」

「……またね、林道さん」

 ほんの少しの勇気を出した歩み寄り。

 自分が受け取っていいのか、と少し戸惑いながら微笑み返し林道は去っていく。


「うん、二人はきっと良い友達になれると思うよ」

「僕と……林道さん?」

「そう。二人のことを、私は信じているからね」

 その笑顔にくすぐったくなって、百日は目を逸らす。

 少しずつ生活が変わっていく実感。

 それが何を意味しているのか、今はまだ知りたくないから、百日は見ないふりをした。


「さ、私達も帰ろうか」

「そうだね。今日は温まるもの食べよう。特に洛さん、雨の中ずっと外居たから」

 少し不貞腐れた百日に困ったような笑顔を浮かべていると、百日はそっと海堂の手を取った。

「こんなに冷えてるもん。早く帰って温まろ」

 とても暖かな手に、心が痛む。

(手放したくないなぁ……)


 そう思うのは、きっと自分が弱いのだ。

 海堂は残り時間が少ないことを背に隠し、手をしっかりと握って、家へと帰った。


 夕食の準備を始めようとするなり、百日は卓上ガスコンロを取り出した。

「洛さん、今日はお鍋にしよう。時期は少し早いけれど……洛さん冷え切ってたから、問答無用」

「ふふ、そっか。相変わらず鈴は優しい子だね」

「今日は僕がやるから、洛さんは温まってて」

「分かったよ、お任せしちゃうね」

 少し寂しさを感じながらも、立派になったものだと思い嬉しくもあった。

 

 自分は、あと何を残せるだろうか。与えられるのだろうか。

「寂しくなってしまうね。鈴……どうか、今日を忘れないで」

 居間に飾られた色とりどりのジニアの花の絵に言葉をかけた。

 それが呪いになろうとも、いつか生きる心が弱くなった時、こんな愚かな画家が居たことを――優しい写真家が居たことを思い出してくれたら嬉しい、と想いを込めて。

 それがいつか、生きる理由になりますように、と。


「洛さん、その絵そんなに好きなの?」

「うん、私の宝物だよ」

「そう、なんだ?」

 気恥ずかしさから目線をそらしつつ、鍋の準備を進めていく。


「あ、炬燵も出したほうが良かったかな……」

「流石にまだ早いんじゃないかな……なにか手伝えることはあるかい?」

「ううん、大丈夫。洛さんたまにはゆっくりして」

「私はいつでもゆっくりしているさ。忙しいのは何方かといえば鈴の方じゃないかい?」

「僕も忙しくないよ。楽しく絵、描けてるもん」

「……そっか」

 寂しさを隠すように笑顔を向けた。

 立派に育っているのが、嬉しいと同時に寂しさも覚えるのだった。

 

 海堂は初めから、終わりの時をある程度定めていたのだ。

 それが近づいて居ることが、寂しくなってしまう。

『鈴にいつか全てを教え、全てを捧げ、信頼できる仲間が出来た時は私が去る』

 そう、決めていた。

 いつまでも自分が縛り付けていてはいけないから。

 (あの子を孤独にしたのは、私なのだから……)

 海堂の頭に映るのは数年前の夜のこと。

 百日を連れ出した日の夜のことだった。

 善意は時に凶器に成り得る。


 その日は、月明かりもない、静まった夜だった。

 

「洛さん? 座らないの?」

「ああ、ごめんね。少しぼうっとしていたみたいだ」

「やっぱり疲れてるんじゃない……? お鍋、もう食べられるよ」

 心配そうに見つめる百日を誤魔化すように、海堂は笑った。


「じゃあ、いただきます」

「……いただきます」

 こんな時間が続けばいいと、今はただそれだけを願おうとしているのは、何方も同じだった。


 そんな日に限って、百日は『百日家』に居た頃の夢を見た。

 引き取られた、あの日の夢を。

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