六節 乱れ
「林道さん……笑って、る……?」
「やっぱ無理に話したから?」
と百日と西臼は、林道の様子に困惑の表情を浮かべる。
「カメラ、ここに置きっぱなしだったんですね」
包まっていた布団から離れ、カメラを手にする。
「……止めないんですね。お二人は」
「そりゃまあ、止める理由なんてないですしー……」
「僕の話を聞いていても、なおですか」
「……林道さんは、悪くない、ので」
目のことを知った二人は、気まずそうに視線を逸らす。
林道がカメラを手にする、たった一つの理由を知ってしまってもなお、止めることは出来なかった。
カメラは、林道の傍にあるべきだと強く思ったから。
「ふふ、このカメラだけは――命に変えてでも守らなければならないんです」
「……それって、洛さんの話してた――伽藍さんが、関係あるんですか?」
「何故、そう思うんです?」
林道の冷たい目に、百日は息が詰まる。
こんな目を、林道から向けられたことなど……なかったから。
「だって、林道さん……伽藍さんのこと、知ってそうだったから……」
「……あぁ、海堂さんが僕の写真の話をしていた時、確かに名前は上がっていた」
林道の写真を、海堂は伽藍朔の描く絵に絡めて話したことがある。
その時の林道の反応を、百日は覚えていたのだろう。
「――僕たちが初めて会った日のこと、覚えてたんですね」
「えと、はい」
目が笑っていない。
微笑んでいるというのに、その目は感情がない。
「伽藍朔って、イラストレーターの? 確か何年か前から失踪してましたよね」
「――七年前。あぁ、今はもう八年前になりますね」
「おぉう……記憶力……」
西臼は即答に動揺したが、百日は違った。
「洛さん、伽藍さんのこと……友人だって」
少し寂しそうに呟いた。
まさか失踪しているとは、思わなかったからだ。
「……じゃあ、あの時話してたのは……」
「林道さん?」
「あぁ――しくじった」
こうなる前に、もっと海堂に探りを入れておくべきだった。
伽藍朔と関係があることは、分かっていたのに――何をやっているんだ、自分は。
(でも、友人ってだけなら……朔さん、交友関係広い方だったしなぁ……)
ため息を一つ、そして百日に向き直った。
「海堂さんは、伽藍朔の話をどのくらいしていました?」
「……そんなに、っていうか――林道さんの写真とセットのことが、多かったから……」
「なるほど、それではつまり――」
海堂洛、その人物は、きっと。
「僕らの関係を知っていた、ということですか」
「……僕ら、ってどういうこと」
西臼は林道に鋭い視線を送る。
それは、威嚇だった。
「こんな事言うのも癪だけどさぁ、あんまり百日にその目を向けないでもらえますー?」
「おや、失礼。僕としてはいつも通りだったつもりなんですが……いけませんね」
どうしても、黒い感情が抑えられない。
伽藍朔、その人物の話題となると――どうしても。
「で、質問。『僕らの関係』って何?」
「言葉通りですよ、僕と伽藍朔の関係です」
「……はぐらかすんですね、こんな時でさえ」
「僕にとって、大切なことなので」
誰にも知られたくはない。
関係が、ではない。
――その結果、自分が今何をしているのか、を。
「困るんですよね、邪魔をされては」
「邪魔……ですか……」
「ええ、なにかされては面倒です」
こんなにも、人を突き放す人物だっただろうか。
その冷たい目は、何故――と、百日は混乱状態だった。
「あの、さ。百日は貴方のことも守ったんですよ。それなのに、なんでそんな目を向けるんですか」
苛ついたような西臼の言葉にも、表情は変わらなかった。
「僕はいつも通りですよ? これでも」
「……林道さん、松笠さんに乱されてる……というか、動揺、してるんじゃないですか?」
百日のその言葉は、林道の表情を消し去った。
――図星だった、核心を突かれた。
だって、松笠は――全てを知っているのだから。
(全て、は言い過ぎか。それでも――)
知られたくないことは、確実に知っている。
知っているからこそ、踏み込んでくるからこそ、何がしたいか分かっているからこそ。
「……あの人は、本当に、余計なことばかり……」
邪魔なのだ。
林道家が自分のことを諦めてくれれば、話が早いのだが。
(ああ――それでも)
自分がやることは変わらないのだが。
(蛇目家を、滅する。それだけは、揺らがない)
林道が、成し遂げなければならない唯一のこと。
それは、蛇目家がやはり関係していて――どうしても、会わなければならなくて。
(蛇の目持ちじゃない、いつだって僕が追っているのは――蛇目家なのだから)
何故か蛇の目持ちが周りに多いだけで、行くべき場所は――次の目的地は、決まっている。
じゃなければ、君谷から聞き出した意味がない。
君谷が――命をかけて伝えた意味がなくなってしまうじゃないか。
「林道、さん……どう、したんです……?」
「ええ、松笠真昼……あの人物が現れなければ、こうはならなかったでしょうね」
そう言って、百日にカメラを向けた。
百日は――知ってしまったのだ。
この行為が、何を意味するか。
西臼さえ、知っている。
なぜなら、本人から聞いてしまったから。
「――ご協力、ありがとうございました。百日さん」




