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季節はフィルムと共に  作者: 三好ことね
参章 夏は日陰と共に
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四節

 雨が、降っている。

 あんなにも晴れていたのに。

 夜になれば、唐突な雨だ。


 林道は一人――雨に濡れていた。

 その前の記憶は朧気だった。

 適当な言葉を、言えたのだろうか。

 逃げるようにはぐらかして、外に出た。


 気がつけば、いつだか来たことのある公園に居た。

(海堂さんと、夜……ここで話した……)

 海堂は命に変えてでも、秘密を守り抜いた。

(海堂さん、僕は――)

 海堂のように、秘密を守り抜くことは、出来ないだろう。


(どうか、どうか――許してください。海堂さん)

 胸が苦しくて、咳をした。

 息が切れるまで、咳をして――そしてカメラを忘れたことに気づいた。

(ああ、帰らなきゃ)

 帰らなくては。

(でもどこに?)

 居場所なんて、ずっと前に失くしただろう。

(じゃあ、僕が行くべきなのは――)

 一体、どこなのだろう。


「僕の目は、欠陥品……なんだよなぁ……」

 光を宿さないその目は、代わりに蛇のように鋭い瞳孔を夜空に向けた。

「こんなじゃなかったらなぁ……」

 こんなでなけれければ、守れたのだろうか。

 分からない、そんなタラレバは。

 ……けれど、何かが違ったと、信じたかった。


 辺りの――家の光が眩しかった。

(ここは、誰かの帰る場所……居場所なんだ)

 ふらふらと、行き先も決めずに歩き出した。


 できることなら、光の届かない――どこか。

「逃げるのか」

「……あぁ、貴方ですか」

「こちらの質問が先だ、林道――」

「逃げるも何も、僕はどこにも行けませんよ。松笠さん」

「そうか」

 不自然なほどの静寂。

 松笠は、何も追求しない。


「……それを聞くためだけに、ここへ? 案外暇人なんですね、松笠真昼(まつかさまひる)さん」

「玲、だったか。今の名は」

「……」

 不快だ、と素直に思った。

 言い表せないほどの嫌悪が、全ての感情に勝った。

 呼ばないでほしい、その名も。

 ――あの名も。


「自分を隠すな、林道、林道――」

「――黙ってくれませんか」

「なにか不利になることでも? まさか、そんなものお前にあるまい」

「……不利とか、どうとかじゃなくって、っ……不快、なんですよ……!」

 雨音に混ざりからん、と足音が響いた。

 水を弾きながら、こちらに気づいて駆けてくる――青い着物の、一人の画家。


「やっと見つけました、林道さん。風邪ひきますよ」

 その柔らかく純粋な声が、雨音をくぐり抜け響く。

「あれ、そちらの方、は……?」

「……百日、さん……なんで……」

 泣きそうなほど震えた声で、振り返り、目で捉えた。

 ああ、どこからどう見ても――百日鈴、その人でしかない。


「なんで、ここに……来てしまったんですか」

「林道さん?」

「……そうか、お前が。海堂を継ぐ者、海堂が守り抜いた秘宝、その両方か」

「なんの、話……です?」

 空気だけで百日は、この人物は危険だ、と判断した。

 そっと、林道の手を掴んだ。

 その手はもはや何方の震えか、など分からないほど――お互い冷え切って、お互い震えていたのだ。

 

「僕は、貴方が……誰か、知りません」

 ぐっと、手に力を入れて。

 決して、手が離れないように。

「海堂さんの、何を、知っているかとか……知りません、けど……」

 慣れない表情で、松笠を見つめる。

 恐怖で潤んだ瞳のまま、睨みつけた。


「林道さんを、いじめないで……!」

「……! 百日さ――」

 小さな勇気で叫んだ勢いのまま、林道の手を引っ張り、走り出した。


 逃げろ、逃げろ。

 どこまでも、逃げろ。

 ――この人を連れて、逃げ切るんだ。


 百日は、ただそれだけを考えた。

 それだけ、その意志だけで、走り続けた。

 体力なんてないが、そんなことは無視して。

 自分の体が悲鳴を上げようと、目的地までは絶対に手を離さないと決めていたから。


「百日! 早く入れ! 林道さんもぼけっとしてないで早く!」

「……っ! 西臼さん、ありがと――」

「礼なんて後でいいから早く!」


 二人が家の中へと倒れ込むように入ると同時に西臼は戸を閉めた。

 慣れない手つきではあったが、鍵を閉めた後、一言文句を零した。

「なんで日本家屋って、こうも鍵すら分かりづらいんだ……!」

「ご、ごめんなさい……」

「いや、これは君悪くないし。どっちかと言うとあの名画家の趣味でしょ、この家」

「……そう、ですね」


 そのまま乱暴に二人にタオルを投げ、西臼は鋭い目のまま、戸を見つめていた。


 「風邪は……まあ引くだろうけど、一応ちゃんと体拭いときな。無駄な抵抗だけどさー」

「……ありがとう、ございます」

「百日もだけど、林道さんも。油断しちゃ駄目ですよー。あんな熱心なストーカー、そう簡単に諦めてくれないでしょ」

「そう、ですね……」

 沈んだ声のまま、林道は漸く一言、口を開いたのだ。

 体力は百日より林道のほうがある、が――精神力はまた別の話だった。


「……僕、は。僕の、目、は……」

 林道は震えた声で呟く。

 そんな林道の手にそっと、百日が手を添えた。

「無理に話さなくていい、です。僕も、西臼さんも、無理してほしいわけじゃ……ないので」

 添えられた手は、冷えているはずなのに――どこか暖かかった。


「話したくなったら話せばいいんじゃないですー?」

 それよりも、と西臼は視線を二人に向けた。


「今はあのストーカー、でしょ?」

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