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季節はフィルムと共に  作者: 三好ことね
参章 夏は日陰と共に
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二節 日向側

「ふぁ……疲れました……」

「意外と体力ないんですね、お若いのに」

「絵しか描いてないんでー。体力はどっかに捨てて来ましたよぅ」

 電車移動を朝から続け、既に西臼はぐったりとしていた。


「まあ、もう着きましたから……あとは、彼の家を尋ねるだけですよ」

「い、一旦休憩しません?」

「ここまで来たんですから、もう向かったほうが早いでしょうに……」

 林道は少し呆れた様子を見せるも、適当な日陰を見つけ、西臼を座らせた。

 西臼は汗を拭い、水分を摂る。


 ――ああ、そんな季節だった。

(百日さんは、体調を崩していないでしょうか……)

 心配ばかりが積もり、自分も絆されたものだ、と自傷気味に笑った。

「……林道さんも、水分」

「ええ、そうですね。摂らなきゃ倒れてしまいますね」

「夏って、怖いんですからねー。もっと気をつけて下さい」

「珍しく真っ当な……いえ、失礼」

 林道の言葉は、そこで止まる。


 「貴方ねぇ……」

 不機嫌そうな西臼の先に、見知った姿があった。

 青い着物に黒い髪を揺らし――両手に袋を持って、覚束無い足取りの少年。

 そして――ふらり、と。

「あ」

「あ?」

 林道の言葉に反応したあと、彼の視線の先に気づく。

 西臼が振り返ると、その少年は丁度――倒れた。

「あー!!」


 それから、暫くしてのこと。

 自宅で目を覚ました百日は、林道の姿を見るなり状況を把握したようで、申し訳なさそうにお辞儀を繰り返した。

 そして、その背後に居る人物と視線が合う。


「あ――」

「どうもー」

 西臼はにこにこと手を振った。

「お久しぶりです、百日さん」

 切り込むように、林道は口を開いた林道に百日は、少し気恥ずかしそうに微笑む。

 

「林道さん。本当にお久しぶりですね。……ところで、そちらの方は?」

 百日にとっての本題は、林道の背後の青年だった。

 

「この方は、西臼雪さん。貴方を紹介してほしい、とのことで……」

「はじめまして、百日さん。噂はかねがね……っていうか、林道さんから聞いてるよ」

「あぁ……そうなんですね。改めて、百日鈴、です」

 丁寧にお辞儀をする百日に対し、西臼は――不機嫌そうに。

 そして値踏みをするように、呟く。

 

「へぇ……君が、あの名画家の遺産か……」

「え、えっと……?」

 困惑の表情を見せる百日に対しても、西臼は笑顔だった。

「こっちの話。気にしないで」

「は、はぁ……なるほど……?」

 説明を求めるように林道に視線を送るも、何も分からない様子で小さく首を振る。

 林道も予想していなかったのだ。

 ――このあとの言葉を。


「日向で過ごすのは、楽しいかい?」

「な、なにを――」

「僕は、海堂先生から君を託された者だ。『弟子の面倒を見てほしい』ってね」

(それは、さいごの会話――そこで、海堂さんが僕に話した人物……って)

 林道の思考はぐるぐると回り続ける。

 ああ、紛れもなく――本物の悪意だ、西臼は。

 西臼が、向けているものは。


「機会を見て君の下へ会いに来ようとは思っていたんだ、本当だよ?」

「は、はい。でも、その……洛さ、師匠が託した……というのは?」

「繕わなくて良いよ。お互い、そういうまどろっこしいのは無しだ」

「……」

 困惑した様子を浮かべる百日を見て、林道は口を開いた。

「そこまでです、西臼さん」

「……なんですか、林道さん」

「失礼。少し、西臼さんと話してきますので」

「あ、はい。ゆっくり、していってください……?」

 西臼の手を引くと、部屋をあとにする。

 一人残された百日は、まだ状況が飲み込めていなかった。


「西臼さん」

「……はい」

 気まずそうに視線を逸らした西臼に、林道は想定外の言葉をかける。

「貴方、だったのですか?」

「……へ? 待って、本当になんの――」

「海堂さんが最期に会ったもう一人って」

「な……なん、ですか。かいど――あの画家先生が、なにか?」

 取り繕った笑みは、林道には効果がない。

 そんなこと、分かりきっていた。


 けれど――素の自分を見せ続ける選択が、出来なかった。

 海堂の話、となっては。


「僕は、海堂さんの最期……といっても貴方の前に、彼に会っています」

「……それで? なんです、あの名画家が僕の話でもしていたー、とでも?」

「はい」

「まさか。有り得ませんよ、そんなこと」

 明らかに機嫌が悪い西臼の笑みは、意地だった。

 ここで折れてたまるか、と。

 ただ、それだけの意地。


「僕と会ったあと、『もう一人、会いたい子がいる』と言っていたんです」

「それが、何故僕だと?」

「一つは海堂さんがその人物に弟子――つまりは、百日さんを託す話をしていたからです」

「……他には?」

「ええ、もう一つ。貴方にとっては、良いことかもしれませんが――百日さんは、海堂さんの最期に会っていないんですよ」

 西臼は、その言葉は聞き流せなかった。


 笑って、聞き流して。

 そして、適当な言葉ではぐらかして、全て終わらせようと思っていたのに、そうはいかなかった。


「じゃあ、もしかして……知らないんです? 海堂先生、あの名画家がした選択を」

「ええ。彼は今でも探しています。どこかで生きている、と」

 その言葉を聞いて、西臼は思わず――笑った。


 やはり、そうだったのだ、と。

 

「っは、はは。滑稽、と言う他ありませんね」

「西臼さん」

「愚か、とでも言い変えましょうか? ああ、それとも貴方が虚言を?」

 

 ああ、あの人は、やっぱり。

 弟子として相応しかったのは、やっぱり。

 

「貴方――」

「ああいえ、結構。僕は日陰側の人間なので。日向の彼が気に入らないだけです」

 僕だったのだ、と。

「……話は、以上です。僕は百日さんの様子を見に戻りますので、お好きにしたら良い」

「ええ、そうさせていただきます」

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