参章 一節 夏は日陰と共に
真夏日が続く中、青空を睨むように、青年は呟いた。
「夏って、太陽の主張が激しすぎますよねぇ」
淡い空色の髪は、日陰に座り込む。
林道は、その隣で頷いた。
「ええ、これだけの真夏日ですから、体調を崩す方も多くいるでしょう」
「……そう、ですね」
あれからのこと。
林道は、青年――西臼雪の目の前で倒れた事により、即座に病院へ運ばれた。
それから、検査をしても異常がない、と比較的早く退院することになり、現在はホテルに居る。
元々、通過地点にはあった街だ。
時期を見て移動しよう、と考えたのだ。
林道に声をかけたあの人物については、西臼によると「なにかから逃げてたことは分かるんですが、何も居なかったんですよ」とのことだ。
あの人物について、心当たりは一つしかなかった。
(あれは――松笠の家のものだろう)
そう、松笠家。
林道はずっと、松笠家に追われていた。
その現実は変わらないのだ。
(そして、きっと。恐らく――僕の、名前に触れようとした。あの人物は)
「林道さん? また悩み事ですか?」
西臼は問いかける。
あれから、西臼には面倒を見てもらうことが多く、何故か彼は見舞いにも来てくれていたのだ。
「ああ……いえ、大したことでは」
「そう言って怖い顔するの、もう何回目です? ずっと何かに囚われてません?」
「……」
返答に迷い、頷くことも出来なかった。
図星――という言葉では、簡単すぎるだろう。
もっと、もっと……触れられたくない、深いところを、あの人物に土足で踏み込まれたのだ。
なにも、言えるわけがない。
「まあいいや、今日はちゃんと林道さんに用があったんです」
「はぁ……珍しい、ですね?」
「あ、ひどい。いつも用もないのに来てると思ってますー?」
「いえ、そういうわけでは……」
どうにもペースが乱される。
それでも、この西臼という青年を追い出さないのは――彼が蛇の目を持っているからだ。
一度、見てしまった。
空を睨む彼の瞳孔が、蛇のように鋭かった瞬間を。
勿論、西臼にはそんな話はできていない。
だからこそ、彼がなんの蛇の目を持っているのか、林道はまだ判断できていないのだ。
「で、用って言うのはですね――」
西臼は一枚のチラシを取り出した。
「じゃじゃーん! うちの大学、在校生で展覧会やるんです。良ければ、林道さんも見に来てくださいませんか?」
勿論、そのチラシには西臼雪の名前もあった。
「僕の絵もあるので、ね? 来てくれません?」
「なるほど……では、時間を見て、お邪魔させていただきましょうか」
「あぇ、ホントです? ダメ元だったのに」
呆気にとられる西臼対し、林道は平然と返した。
「ここ最近、様々な絵を見る機会が多くて」
「ははーん、僕の画力を図ってやろうってことですー?」
「まさか。僕はただの写真化です、そんなことは出来ませんよ」
「ふーん……ねぇ、林道さん」
西臼は少し前に乗り出すと、林道に問いかける。
「その人達って、どんな人でした?」
「それ、興味あるんですか? 西臼さんが。本当に?」
「人に興味ない人間みたいな言い方しないでくださいよー。色んな人のことを知って、絵の参考にしたいんです」
「まあ、そういうことなら……協力は惜しみませんが……」
林道は一人ずつ、振り返るように語っていく。
一人は漫画家、幼馴染と共に生きた一人の記録者。
一人は風景画家、弟子を愛し、歪んだ愛情の果に自らが溺れてしまった。
そして、最後の一人はその弟子の少年画家。
「彼は――」
彼は、懸命に生きている穢れを知らない少年。
今でも、一人絵を描き続けているだろう。
――誰も知らない、美しい世界を。きっと。
「あぁ……」
西臼は、不機嫌そうな声を漏らしたあと、顔を上げた。
その目は、鋭く。
けれど、真っ直ぐと見つめていて――チグハグだ。
「えっと、西臼さん?」
「会いたい、んです。その子、その少年画家とやらに」
「はい?」
「だって、僕は、会わなきゃ――会わなきゃ、いけないから」
その目は何を見ていたのか、林道には分からない。
けれど、西臼が必死に言葉を紡ぐ――否、繕う姿を……見ていられなくなった。
「ほら、少年で画家って凄いじゃないですか。弟子……ってことは、まだ勉強中でしょう?」
「西臼さん」
「そういう、粗削りの状態でしか得られないものって……あるじゃ、ないですか――」
「落ち着いてください、西臼さん。それなら、僕が彼の居る町まで案内しましょう」
そこで会って、何を収穫とするかは――分からないが。
なにか、理由があることは察していた。
「え、え?」
「彼には、僕から紹介しますから。会いたいのでしょう?」
「……いいん、ですか?」
「彼にも良い刺激になると思いまして」
そんな建前を並べるが、西臼は納得しようと数回頷く。
そうして、覚悟が決まったように、改めて林道の顔を見た。
「会わなきゃいけないんです。お願いします、林道さん」
「ええ、仲良くしてくださいね。お互い、創作者なのですから」
そう林道は微笑んだ。
少し、下を向いた西臼の表情は、前髪で隠された。
そんな中、西臼は呟いた。
「……海堂先生、漸く、貴方に――」
「西臼さん?」
「あ、いえ。太陽が……眩しくて」
――本日も、例外なく真夏日だった。




