十四節 幕引き
三日の時間が幼馴染には与えられていた。
そう、俺と春花だ。
三日――三日、やり過ごせば命の危機はなくなる、と。
これは言い伝えでもなんでもない。
俺自身が交渉で勝ち取った猶予だ。
――つまり三日後、俺は……君谷影は死を迎える。
そういう、取引だったのだ。
希望を与えているようで、その実死の宣告をしているに過ぎない。
それが松笠のやり方なのか、蛇目家の考えなのかは分からない。
当然、知る機会もないだろう。
二日前、春花は個人サイトを動かした。
「幼馴染のことを、聞いてほしい」
そんな、切り出しで。
書いているのは俺とのなんてことのなかった日常。
学生時代の思い出とか、構想を相談して担当編集よりボロクソに言われた……だとか。
「俺の評判、落とさないでくれよ」
なんてから笑いもこぼれながら、最後の一文に目を通す。
「たかが三日、されど三日。この三日で、俺は幼馴染に別れも言えないまま――永遠の別れを迎える」
そこで、スクロールを止めた。
「俺が死ぬわけじゃない、ただ……こんな幼馴染がいたことを、どうか忘れないで」
「春花……」
なにも、言えなかった。
なんの言葉も、出てきてくれやしなかった。
いつもなら何でも言えたのだ、状況が一つ異なるだけで俺は、人間は――簡単に力を失う。
言葉、という最も強い力を。
寝て起きて、個人サイトが動いた事実でまあまあ……程々にネットが盛り上がっているのを観測し、昨夜見た記事が現実と知る。
実感する。
アイツは、身の危険より大切な誰かが一秒でも長くこの世の歴史に残ることを選んだ。
――きっと、俺にはできない。
相手が春花であっても、あんな大胆な行動は取れないだろう。
ならば、俺には何ができる?
そんな、答えの出ない思考の迷宮に片足踏み入れたとき、通知音が響く。
「ご飯、何食べたい?」
それだけ。ただ、それだけ。
それ以上の言葉も、以下の言葉もない。
日常のような、嘘のような、真実の言葉。
悩む必要などなかった。
返事は、簡単だったのだ。
「肉じゃが」
それだけ。ただ、それだけを送る。
それ以上の言葉も、以下の言葉もない。
日常のような、真実のような、嘘の言葉。
「……普段自炊しないで、俺ンとこ来んのに、立派になって」
少し感慨深く形態の液晶を眺めた。
この短い会話が、さいごになろうとも――愛おしかったのだ。
「春花、いつも俺に肉じゃが作らせてたもんな。仕返しだ、仕返し」
独り言で強がりながら、画面を閉じる。
視線の先には、店のドアに貼り付けた『臨時休業』の張り紙。
「――剥がすか。もう、必要ないだろう」
ああ、もう十分だ。
猶予はもらった、その時間を有効活用することが……きっと出来たのだろう。
満足、だったのだ。
これ以上何もいらないほど。
これ以上なんて無いと思えるほど、心は満たされていたから――だから、もう十分だ。
――幕引きは、翌日あっけなく訪れた。
営業中の札を出し、本の整理をしていた。
それは、来客のように当然に。
そして、終わりのように残酷に。
……ここへ訪れた。
「…………いらっしゃ――」
その先、言葉を紡ぐことは出来なかった。
口からこぼれたのは、言葉じゃなく血であった。
簡単で単純に、腹を刺された。
それだけ。
それだけで――俺は終わる。
強く刺し込まれ、抉るように引き抜かれた時、力は既に抜け、地面に伏していた。
カーペットのように広がる自身の身体から溢れた、血の中で溺れるかのように。
けれど、思考は単純だった。
シンプルで、純粋で、真っすぐで――簡単なこと。
澄んだ思考で一つだけ、ずっと伝えられなかった後悔を抱えた。
一度くらい、正直に伝えてやりゃあ良かったな。
「お前の書く話、面白いよ」




