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壱章 一節 秋は想いと共に

 レンズ越しに視た景色は、こんなにも歪で――こんなにも美しい。


 空が赤く染まり、寂しさを運ぶ風が頬を撫でる。夕陽色の木々はその風に吹かれ、ひらりと葉を落とした。

 その光景をたった一人、林道玲は写真に収めた。

 写真家として旅をしている林道の目は少々特殊だった。

 ガラス玉のような目でその世界を眺める。レンズを通し見た世界と、林道の見る世界の歪さに苦い顔をする。

「いつか視たままの世界が撮れたら良いのですが」

 ぽつりと呟いた言葉には、虚しさがこもっていた。

「そろそろ帰りましょう。体が冷えてしまいます」

 カメラを仕舞い、荷物を抱え直すと林道は公園から立ち去ろうとしていた。

 夕暮れのチャイムが鳴ると、林道と同じようにたった数人の子供が去っていく。

 

 そんな中、一人帰ろうとせずただ夕日を眺めている人物がいた。

 恐らく学校帰りであろう制服を着たまま、夕日を眺め、時折俯くも帰る様子は無い。


「こんにちは。いえ、こんばんはでしょうか。何か悩み事ですか?」

「えっと、貴方は……」

「ああ、これは失礼しました、僕は林道玲(りんどう れい)。最近この辺に引っ越してきた者です」

「林道、玲……。あ、えっと、僕は百日鈴(ひゃくにち りん)です。悩み事、というか……」

 百日鈴と名乗った人物は夕日を指差す。

「ほら、あの夕日。この時期が一番綺麗なんですよ。だから、目に焼き付けておいでって……か、家族から」

 その言葉を受け、林道も夕日に目をやる。

「ええ、この町の夕日はとても美しいと僕も思います。しかし、あまり長居をすると体が冷え切ってしまいますよ」

 微笑みかける林道に百日は一瞬苦い顔をした。


 ただ、林道はそれを見逃さなかった。


「百日さん?」

「ああ……いえ。そうですね、そろそろ帰ります」

「良ければ送っていきますよ。日が沈み切ったら真っ暗になっちゃいますから」

 と、笑いかけ「その点は百日さんの方がお詳しいかと」と付け加えた。

「そう、ですね。この辺は灯りも少ないですし……。最近越してきたのであれば、林道さんの方が危ないかと」

「僕には写真がありますから。この辺りはきっと月明かりも美しいでしょう。それに――」

「それに?」

「大人として、学生の君を送るのは当然でしょう?」


 なんだかんだ丸め込まれ、百日は「これは断れない」と諦め、林道に送られることを選んだ。


「ここで大丈夫です。ありがとうございました」

 

 百日はとある日本家屋の前でお辞儀をした。

 表札には『海堂』と書いてある。

 百日、と名乗った少年が『海堂』と書かれた表札の元で、別れようとしたことに、林道は少々違和感を覚えた。

(触れて根深いことに巻き込まれるのは、御免だ)

 事情があるのだろう、と咄嗟に判断した林道は表情一つ変えず、言葉を返した。

 

「いえ、僕も見たことのない景色ばかりで楽しかったです。それに、予想通り月明かりが美しく見える町ですね」

「まあ、田舎なので……」

「鈴、おかえり。遅かったじゃないか……ってお友達かい?」

 髪を結った着物の男は親しげに百日に声をかけた。

「あ、(らく)さん……えっと、お友達じゃなくて、偶然会った人。林道玲さん」

 その言葉に洛と呼ばれた着物の男は表情を明るくし、林道の前へと歩みを進めた。

「貴方が林道玲さんなんですか? 私は海堂洛(かいどう らく)という者で、しがない画家なのですが、林道さんに会えるだなんて……今日は良い日だ」

「僕をご存知なんですか?」

「ええ、風景画を描いている者で貴方を知らない人はいないと思いますよ。旅する写真家さん。貴方の写真は私の周りではとても評判なんです。『真実と理想が同時に存在するほど美しい』と」

「僕はそんな大した写真を撮っているわけでは……」

「ご謙遜を」

 と海堂が笑いかけた時、林道はぽつりと言葉を零すが、風が連れ去り消えていった。


「洛さん、盛り上がるのも良いけど、結構冷えてきたよ」

「ああ、そうだね鈴。林道さんが良ければ上がっていきませんか? 夕食ご馳走しますよ」

「えっ」

 その声は百日のものか、林道のものか、または二人のものか。

 動揺の声が漏れる。

「そんなにお世話になるわけには……」

「貴方とお話がしたくて。ご迷惑は承知ですが、如何でしょう?」


(海堂洛、か……)

 林道は考える素振りを見せたあと、そっと笑った。

「では、お言葉に甘えても?」

「もちろん。良いよね、鈴?」

「まあ……洛さんと林道さんが良いなら……?」

「ふふ。じゃあ、今日の夕食はいつも以上に気合を入れなくちゃいけないね」

 そういって海堂は林道を迎え上げた。

 その際、そっと百日に耳打ちする。

「しかし、いつもはこんなに遅くならないじゃないか。何かあったのかい?」

「……その話は、あとでしっかりするよ。遅くなってごめんなさい」

「私は怒っているわけでは……」

 少し視線をそらしたあと、百日の背を押し、家へと入れる。

「まあ、何事もなかったのならそれで良いさ。さぁ、十分温まるんだよ」


 居間に林道と百日二人残され、海堂は台所へと向かう。

 偶然にも対面上に座ることとなった二人に気まずい空気が流れる中、話を切り出したのは百日だった。

「……林道さんって、そんな凄い人だったんですね」

「別にそんなことありませんよ。どこにでもいる写真家にすぎません」

「あんなテンション高い洛さん、そうそう見られないから……少なくとも洛さんが言っていたことは本当だと思います。洛さんの周りでは評判っていう……」

「ああ、『真実と理想』の話でしょうか? 僕は視たままの景色を撮ることはできない未熟者です。ですが、嬉しい評価ではありましたね」

 自身のカメラを弄り、数枚の写真を百日に見せる。

 すると、百日は納得するかのように頷いた。

「……この写真、僕も見たことがあります。その時にも洛さんは『真実と理想』の話をしていました」

 それから、百日は林道の方へと向き直すと、話を切り出した。

「確かに、洛さんが話していた評価通りの美しさです。だからこそお聞きしたい」

「……なんでしょう?」

「この写真を見た時、洛さんはとある人の話をしていました。確か――」

伽藍朔(からん さく)、でしょうか」

「え、あ、はい。『伽藍朔、という友人が描く景色はこの写真みたいだ』、と」

「それは僕にとって光栄な評価ですね」

「……林道さんは、伽藍さんのこと――」

 口にしようとした言葉は、息と共に飲み込んだ。

 その時の林道の目はまるで――

「蛇……」

「蛇?」

「いえ、何でもないです。えっと……」

 百日が言葉を探している間に林道が話を切り出した。

「蛇、といえば百日さんは『蛇目(じゃのめ)』という名字を持つ人物は知っていますか?」

「蛇目、ですか……? 僕は特に思い当たらないですね……」

「そうですか。なら良いんです。ああ、そうだ。海堂さんを待っている間、少し写真家として学んだ花の話をしましょうか」

 林道はレンズを覗き、百日に向けながら、くすりと笑う。

「花、ですか?」

 林道は百日の背後にある絵画に視線をやる。

「あの花の絵、描かれたのは恐らく百日さん、でしょう?」

「あ……はい。僕です。あの時は洛さんに頼まれて……ジニアを描いてほしいって」

「ジニアの和名は百日草、と言うんです」

「百日草……」

「海堂さんはきっと、それを知っていて貴方に頼んだのでしょうね」

(触れないようにしていたけれど、海堂洛と百日鈴。……どちらも本名だな。探る必要が出てきたが――)

 そう思考する林道はどこか冷たい目をしていた。

「洛さんは、この花が好きだって……そう言ってました」

「私の話?」

 料理をお盆に載せ、運びにやってきた海堂は不思議そうに首を傾げる。

「な、何でもないです! それより洛さん手伝いますよ」

「いつも手伝ってもらってるんだから、ゆっくりしていていいよ。それより、お二人はどんな話をしていたんですか?」

「ああ、あちらの花の絵の話を――」

「大した話はしてないです! 今日は気合入れたんでしょう? 量も多いでしょうし、やっぱり僕手伝いますから!」

「ああ、鈴――行っちゃった。ごめんなさい、鈴って結構照れ屋なんですよ。あの絵を飾るときも、結構私の方がゴネたんですよ?」

「へぇ、それは意外ですね。ああ、僕も手伝いますよ」

「流石に半ば無理やり招いた身なので、お客様に手伝わせるわけにはいきませんよ」

 海堂は柔らかく笑った。

「誰が照れ屋ですか、誰が」

 と台所から戻ってきた百日はツンとしていた。

「ごめんね、鈴。からかったわけじゃないんだよ? 私としてはそんな鈴も愛らしいという話で――」

「絶対からかってるじゃないですか。ほら、早く運びますよ! 林道さんはゆっくり待っていてください」

「はーい。ふふ」

 楽しげに笑う海堂に不満そうな目線を送りながら、百日は台所へと戻る。

 

 暖かく、穏やかな時間とともに運ばれてくる料理を眺め、林道は一人、考え事をしていた。

(海堂洛、彼とは少し話をする必要がありそうですね)

 カメラを弄る振りをして、その鋭い視線を隠していた。

 レンズ越しに、二人を覗きながら。

(百日鈴の方は――自覚がないのはたちが悪い)

 

 軽口を叩きながらも和気藹々とした二人を見ていたその目はまるで――

「林道さん? どうかしましたか?」

 海堂は林道を覗き込み、不安そうな目線を送っていた。不快にさせてしまったのではないか、と。

「ああ、いえ。なんでもないです。少し目が疲れていたようで」

 林道は誤魔化し笑う。

 その姿に海堂は深く聞かないことにした。


 きっと、自分たちのようになにか理由があるのだ。

 そう、自分たち(私と鈴)のように。

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