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ととのうサウナ道~全身がフワ~ッて軽くなって幸せになり、ととのい堕ちするお話~  作者: 塩野さち


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第9話 王女様、ご来店。そして【ととのい】の虜に

 その日は、朝からどこか村の空気がざわついていた。


 普段は泥だらけで走り回っている子どもたちが、なぜか小綺麗な服を着てそわそわと落ち着かない。通りを行き交う村人たちも、どこかよそ行きの顔をしている。俺が不思議に思ってギンジに尋ねると、「今日は年に一度、【あのお方】が村の視察に来る日なんだよ」と、彼にしては珍しく神妙な顔で教えてくれた。


(【あのお方】? 視察?)


 俺の頭にはてなマークが浮かぶばかりだったが、やがてその意味は、静寂を切り裂く蹄の音と共に明らかになる。

 湯屋の前に、豪華な装飾の施された馬車が止まった。村人たちが一斉に道を開け、深々と頭を下げる。馬車から降りてきたのは、三人の人物。両脇を固めるのは、白銀の鎧に身を包んだ、いかにも精鋭といった雰囲気の騎士たち。そして、その中央に立つのは、陽の光を浴びて輝くような、気品に満ちた一人の少女だった。


 丁寧に編み上げられたブロンドの巻き髪。流行の最先端であろう、上品な紫のドレス。そして、何よりも目を引くのは、その背筋の伸びた凛とした姿勢だった。その圧倒的な存在感に、俺も、隣にいたリーナとルナも、思わず息をのんで動きを止める。


 少女はこちらへ真っ直ぐ歩み寄ってくると、鈴を転がすような声で言った。


「あなたが、この湯屋の主の方ですね。わたくし、この村の湯屋がたいそう評判だと聞きまして……もしよろしければ、入浴を体験させていただけませんか?」


 それは、驚くほど丁寧で、謙虚な【お願い】の口調だった。背後に控える騎士たちの鋭い視線が突き刺さる中、俺はすぐに状況を察した。


(間違いなく、この子はとんでもなく偉い人だ……)


 貴族か、あるいは王族か。だが、どんな肩書きを持っていようと、のれんをくぐれば客は客だ。俺は覚悟を決め、胸を張って言った。


「もちろんです、歓迎します。さあ、こちらへどうぞ」



 まずは軽く湯で体を温めてもらった後、いよいよサウナへとご案内する。貸し切り状態の女湯には、リーナとルナが付き添い、俺は仕切りの向こうからサウナの入り方を説明した。


 少女は初めて体験する乾いた熱気に少し驚いたようだったが、すぐに落ち着きを取り戻し、俺の説明通りに静かにベンチへ腰を下ろす。


「ふう……これは、確かに……体の芯から温まりますのね。汗が、こんなに……」


 最初は戸惑いの色を浮かべていた彼女だが、数分もすればじっと目を閉じ、サウナがもたらす静かな集中の時間、【ととのい】へと没入していくのがわかった。


「それでは、ロウリュを一度。熱い蒸気が降りますので、ご注意を」


 俺が声をかけ、リーナが柄杓でストーンにアロマ水をかける。ジュワーッという音と共に熱波が広がる中で、少女の唇から、ふっと吐息と共に笑みがこぼれた。


「これが……異国の湯浴みの文化。なんと、心地よいのでしょう……」


 サウナから出た後は、護衛の騎士が「姫様、そのような冷水に!」と慌てて止めようとするのを、少女自らが「よいのです。これも、作法なのでしょう?」と制し、水風呂へ。


「っ……! これは……! まるで、意識が……洗い流されるような……」


 そして最後は、外気浴用のベンチに、ふかふかのバスタオルをまとって腰を下ろす。

 心地よい風が火照った頬をなで、鳥の声が遠くに聞こえる。温まった体が、自然の空気と一体になっていく。その瞬間、彼女の表情は、張り詰めた糸が切れたかのように、ふっと柔らかく一変した。


「……なんて、素晴らしいのでしょう……」


 その横顔は、まさしく身も心も解放された【ととのった】者のものだった。



 湯上がり、すっかりリラックスした様子で、リーナが用意した特製の冷たいミント水を飲み干した少女は、ぽつりと呟いた。


「わたくし、こんなに穏やかな気持ちになったのは……本当に、何年ぶりかしら」


「それは、湯屋冥利に尽きます」


「ふふ……あなたのような方がこの村にいるのなら、もっと早く、お忍びで訪れるべきでしたわね」


 少女は可憐に微笑むと、軽くスカートの裾を持ち上げて一礼し、こう名乗った。


「……わたくしは、レティシア=ヴァレンティナ。このヴァレンティナ王国の、第一王女にございます」


「はいぃ!?」


 俺とリーナとルナ、三人そろって見事に裏返った声が出た。やっぱり王族! しかも第一王女様!


「ご安心くださいませ。今日はあくまで【個人】として参りました。この件、誰かに告げ口されても、わたくしは一切気にしませんので」


 悪戯っぽくそう笑って帰っていく王女の背中に、俺たちはただただ深々と頭を下げることしかできなかった。


 その夜。

 湯屋の片付けをしながらも、三人の興奮は一向に収まらなかった。


「ど、どうしましょう、タカミチさん! 第一王女様がいらっしゃったんですよ!?」

「ねえ、私たちの接客、失礼はなかったかな!? もっといいタオルをお出しすればよかった!」


 リーナとルナが交互に慌てふためき、俺は俺で、「……第一王女が【ととのった】って、何それどういうシチュエーションだよ!?」と、現実離れした一日に頭を抱えながら、とても寝つけそうにない夜を過ごしたのだった。

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