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第8話 猫耳盗賊団、まさかのご来店!?

 昼下がりの湯屋に、穏やかな風が吹き抜ける。

 サウナから出てきたギンジとその仲間たちは、今日も見事に【ととのい】をキメて、上機嫌で帰っていった。彼らの間では、すっかり「湯屋サイコー」が合言葉になりつつあるらしい。すっかり常連客だ。


「今日も平和でよかったな」


 俺がそう呟いて縁側で気持ちよく伸びをした、まさにそのときだった。村の方角から、普段とは違うただならぬ空気が流れてきたのは。


「……おい、あれ見てみろよ。のれんの前に……動物か?」


 湯屋の隅で休憩していたルナの声に釣られて入口に目を向けると、そこには……猫耳とふさふさの尻尾を揺らしながら、堂々と湯屋の前に立ち尽くす五人組の姿があった。日に焼けた肌に、揃いの軽装。腰には抜き身ではないが、明らかに使い込まれた剣。どう見てもカタギではないオーラを放つ一団……いや、これ、明らかに盗賊じゃねえか!


「猫耳!? え、盗賊!? ていうか、なんでうちの湯屋の前に集合してるんだ!?」


「落ち着いてください、タカミチさん! でも、確かに……あれは噂に聞く【猫耳盗賊団】かもしれません……!」


 受付から顔を出したリーナが、青い顔で囁いた。ルナが告げたその名に、俺は耳を疑った。

 猫人族【ビーストマン】だけで構成された、東の街道沿いを縄張りとするならず者集団。その戦闘能力は非常に高く、過去には村一つを丸ごと脅して悠々と立ち去ったとかいう、まったく洒落にならない連中だ。


(ヤバい……! こんなときに限って、ギンジたちは帰った後。エンネ様は「午睡の時間だ」とか言って、奥で昼寝中……!)


 緊張が走る中、猫耳盗賊団の中心にいた、一際目立つ青年が一歩前に出た。しなやかな体つきに、シャツの胸元をはだけたワイルドな着こなし。他のメンバーとは違う、鋭く理知的な金の瞳。そして何より……ピンと立った大きな猫耳と、感情を表すように揺れる、ふわふわの尻尾。


「……ここの湯屋、すごいって噂を聞いてな。今日はちょっと、俺たちも入らせてもらうぜ」


 青年はにやりと、獰猛な肉食獣のように笑いながら、のれんの上に掲げられた看板を見上げた。


「もちろん、金は払う。盗賊だって、たまには風呂ぐらい入りたいんだよ。なあ、お前ら」


「「「うっす!」」」


 俺とリーナ、ルナは顔を見合わせる。俺は覚悟を決め、こくりと頷いた。


「い、いらっしゃいませ……! どうぞ、ごゆっくり……!」


 こうして、世にも珍しい猫耳の盗賊団が、俺の異世界スーパー銭湯にご来店したのだった。



「な、なんだこの……石の箱は? 息苦しいほど熱い風が……!」

「おいおい、兄貴。【サウナ】ってのはこうやって座って汗をかく場所だって、さっきの兄ちゃんが言ってたぜ」

「信じられるかよ、こんな苦行! だが……お、汗が……おい、これ、ちょっと気持ちいいかもしれねえ……」


 サウナ室に入った猫耳たちは、最初こそ警戒心むき出しだったが、じわじわと体を芯から温める熱と、ロウリュによる蒸気の心地よさに、少しずつその表情を緩めていく。猫耳が熱さでへにゃりと垂れているのが、なんとも言えずシュールだった。


 そして。


「お、おい……こっちの川の水、冷たすぎやしねえか!?」

「バカ、サウナの後はこれで体を締めるんだってよ! いくぞ、せーのっ……ぐああああああっ!」

「ぎゃーっ! 心臓止まるかと思ったにゃー!」


 湯屋名物、清流かけ流しの水風呂で、揃いも揃って見事な悲鳴を上げる猫耳盗賊団。


 最後は、外気浴用のベンチで、五人全員が完全に脱力しきって、青い空をぼんやりと見上げていた。


「……すげえ。なんか……今なら、人に優しくできそうだ……」

「もう……盗賊とか……どうでもいいかな……」

「兄貴、それさっきから三回目っすよ」


 猫耳たちは、すっかり骨抜きにされていた。

 俺の湯屋の魔力、恐るべしである。



 その日の夕暮れ。

 猫耳盗賊団のリーダー、レオと名乗った男が、風呂上がりの火照った顔で俺の前に立った。


「明日も、来てもいいか?」


「ああ、もちろん。いつでも歓迎するよ」


「ありがとな。……なんていうか、心の垢まで、ごっそり落ちた気がしたぜ」


 そう言って、レオはふわりと笑った。さっきまでの獰猛さが嘘のような、無防備で、どこか少年のような笑顔。その破壊力に、俺の心臓が一瞬、妙な音を立てた。

 たぶん、隣で見ていたリーナもルナも、ぽっと頬を染めていたから、同じだったに違いない。


(猫耳のイケメン盗賊まで、ととのっちまった……!)


 俺は思った。

 この湯屋は、一体どこまで人の心を癒せるんだろうか?

 いや、これはもう、ただの【癒し】じゃない。


 これは、魂の【浄化】だ。


 湯気と笑顔、そして時々の悲鳴が満ちるこの場所が、知らず知らずのうちに、誰かの救いになっていく。

 そんな温かい希望が、夕焼けに染まる湯屋を静かに包み込んでいた。

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