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第6話 村のヤンキー、湯屋でととのう

「よっしゃあ! ついにサウナが完成したぞ!」


 ある晴れた日の朝。俺、タカミチは湯屋の奥に新設されたサウナ小屋の前で、達成感に満ちた声を上げた。ヒノキの良い香りが立ち込める小屋の中は、完璧な仕上がりだ。温度計は、俺こだわりの九十度を指している。ルナが特注でこしらえてくれた薪ストーブの上には、熱を蓄えるためのサウナストーンが山と積まれていた。


「へえ、これがタカミチの言ってた『サウナ』かい。ただの蒸し風呂とは違うんだね」


 腕を組みながら感心したように言うルナに、俺はドヤ顔で頷いた。


「ああ。そして、このサウナの真価を発揮させるのが……これだ!」


 俺が柄杓でストーンに水をかけると、ジュワアアアッ! という心地よい音と共に、熱い蒸気が一気に立ち上った。


「うわっ、すごい熱気!」


「これが『ロウリュ』だ。この蒸気を浴びることで、汗が一気に噴き出して、体の芯から温まるんだよ」


 俺の熱弁に、リーナも目を輝かせている。このサウナが、村人たちに新しい癒しを提供してくれることは間違いない。そう確信していた矢先だった。


「……おい、なんだか知らねえが、新しい小屋ができたって聞いたぞ。面白いことやってんじゃねえか」


 ぞろぞろと湯屋の敷地に入ってきたのは、村の若者たちの中でも特に素行が悪いと噂の、不良グループだった。先頭に立つのは、染めたのか地毛なのか、白に近い金髪を逆立てた男。鋭い目つきに、ニヒルな笑みを浮かべている。村ではギンジと呼ばれている、このグループのリーダー格だ。


「おい、アンタがここの主人か? この『サウナ』ってやつ、本当に入っていいんだろうな?」


 ギンジが、値踏みするように俺たちを見回す。後ろの仲間たちも、腕を組んで威嚇するように立っていた。


「ええ、どうぞ。ご自由にご利用ください」


 リーナが一歩前に出て、にこやかな笑顔で応じる。その毅然とした態度に、ギンジは少しだけ面食らったようだった。


「ふん、まあいい。試させてもらうぜ。おい、お前ら、行くぞ」


 ギンジたちは、どこか偉そうな態度で男湯ののれんをくぐっていった。


(……大丈夫かな)


 サウナ室の小さな窓からこっそり様子をうかがうと、彼らは案の定、暑さに悪態をついていた。


「あっつ! なんだここ、焼かれるみてえだ!」

「ギンジさん、これ本当に体にいいんすか?」

「知るかよ! でも、なんか……汗かくの、悪くねえな……」


 しばらくして、真っ赤な顔でサウナから出てきた彼らを、俺は待ち構えていたかのように、ある場所へ誘導した。


「さあ、次はこっちだ!」


 俺が指差したのは、すぐそばを流れる川の水を引いて作った、即席の水風呂だった。キンキンに冷えた清流が、常に注ぎ込まれている。


「はあ!? こんな冷てえ水に入れるかよ!」


 ギンジが顔をしかめるが、俺はにやりと笑った。


「いいから、騙されたと思って入ってみろ。三十秒でいい!」


 しぶしぶ水風呂に足を入れたギンジは、次の瞬間、面白いほどの悲鳴を上げた。


「つめてええええええええっ!」


 だが、俺の言う通り三十秒耐えると、彼は仲間たちと共に水風呂から這い出し、外気浴のために用意したベンチにどさりと腰を下ろした。


 そして……静寂が訪れる。


 心臓がドクン、ドクンと大きく波打ち、全身の血が猛スピードで駆け巡る感覚。熱かった体の表面が、冷たい水で一気に引き締められ、その内側から、じわじわと温かさが蘇ってくる。


「な……なんだ、これ……」


 ギンジが、呆然と空を見上げた。


「なんか……頭が、すげえスッキリする……。いつもイライラしてたのが、嘘みたいだ……」


 風が木々を揺らす音。鳥のさえずり。遠くで聞こえるリーナの笑い声。今まで気にも留めなかった世界のすべてが、やけに鮮やかに感じられる。彼の荒んでいた心が、穏やかに整っていくのが、俺にはわかった。


(……ととのったな)


 わけのわからない言葉かもしれないが、身体と精神が調和し、究極のリラックス状態に至ったのだ。


 一時間後。すっかり生まれ変わったような顔つきで、ギンジが俺の前に立った。


「……悪くなかった。いや、正直……ハンパじゃなかったぜ。体の調子が、今までと全然違う」


 ぶっきらぼうだが、その目には確かな感謝の色が浮かんでいた。


「また明日も来させてもらう。……いいよな?」


「ああ、もちろんだ。いつでも歓迎する」


 仲間たちも「あざした!」「最高っした!」と、来た時とは別人のように爽やかな挨拶を残して帰っていった。


 その背中を見送りながら、リーナが感心したように呟く。


「すごい……。湯屋は、人の心まで変えてしまうのですね」


「ああ。湯屋は、ヤンキーをも、ととのわせるんだ」


 俺が得意げに頷いていると、いつの間にか現れたエンネ様が、ふふっと優雅に微笑んだ。


「人の魂は、湯によって清められるもの。それは、どのような者であろうと例外ではないということよ」


 その言葉に、俺はこの湯屋の持つ無限の可能性を、改めて感じていた。この場所は、ただの癒しの空間じゃない。人と人、そして心と心をつなぐ、特別な場所になる。そんな確かな手応えが、胸の中に広がっていた。

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