第4話 女神エンネ様、再来! そして『混浴問題』勃発
ついに、その日はやってきた。
雲一つない青空の下、森の入り口に建てられた湯屋の軒先には、ミルダさん特製の立派なのれんが風に揺れている。手描きの看板に「本日無料!」とでかでかと書かれた文字が、村人たちの期待を煽っていた。村中がどこかそわそわと浮き足立つ中、俺は真新しいのれんをくぐり、深呼吸した。
「よし……行くぞ! 異世界スーパー銭湯、いよいよ開店だ!」
隣では、リーナとルナが準備を手伝いながら、興奮気味に笑ってくれる。
「タカミチさん、きっとたくさんの人が来てくれますよ!」
「ふん、ま、あたしが道具を作ってやったんだ。当然でしょ」
やがて、一番風呂を狙っていたのであろう村人たちが、続々とやってきた。幼い兄弟に手を引かれたおじいちゃん、腰をさすりながらおそるおそる入ってくる農夫たち、好奇心に目を輝かせる子供たち……。あっという間に、湯屋は人々の賑わいと心地よい湯気で満たされていった。
俺は男湯側で、湯温をこまめに調整したり、外気浴スペースの椅子を並べたりと大忙しだった。だが、その忙しさが心地良い。
(……いい感じだ! みんな、ちゃんと【ととのって】くれてる!)
湯船で「おお……腰の痛みが和らぐようだ……」と呻く老人や、初めて入るサウナに「あちちっ! でもなんだかスッキリする!」と驚く若者。その光景に、俺は一人で満足感に浸っていた。まさに、そのときだった。
「ふふ、盛況のようだな、人の子よ」
ふわりと、湯気の向こうから聞き覚えのある声が響いてきた。
「うおっ!? 女神様!?」
見れば、男湯の湯船に、全裸のまま涼しい顔でエンネ様が浸かっているではないか。月明かりの下で出会った、あの癒しの女神が。ついこの前、忽然と姿を消したはずなのに、今ここに……しかも堂々と、男湯のど真ん中に!
「え、いや、待って、ちょっと!? ここ男湯ですよ!? っていうか、今は営業時間中なんですけど!」
「構わぬ。そなたが作り出した、この心地よい湯の気に引かれてな。礼を言いに訪れたのだ」
「いや、礼はめちゃくちゃ嬉しいですけど、他のお客さんの目が……!」
俺が慌てて周囲を見回すが、隣で湯に浸かる農夫たちは、エンネ様の存在に全く気づいていない。どうやら、一般の男たちには見えていないらしい。
と、その時だった。
「た、タカミチさーん!!」
仕切りの向こう、女湯側からリーナの悲鳴にも似た声が聞こえてきた。バタバタと慌ただしい足音。そして、のれんを勢いよくめくり、乱れ飛ぶ湯気と共に二人の少女が飛び込んできた。
「なっ、何やってるのよアンタあああああっ!」
「は? え、いや、なにが!?」
鬼の形相で詰め寄ってくるリーナとルナに、俺は完全に虚を突かれた。
「男湯の湯船に……知らない女の人がいるじゃない! とんでもなく綺麗な、銀色の髪の人が!」
「アレ、どう見ても妖艶な美人でしょ!? なに!? どこの誰を連れ込んでるのよ! どうして開業初日に混浴なんてしてんの!」
(……うそだろ!? こいつらには、見えてるのか!)
俺は、恐る恐るエンネ様のほうを見た。彼女は、楽しそうにくすっと笑うと、俺に向かって悪戯っぽくウィンクを飛ばした。そして、ふわりと湯の中から立ち上がる。
「……っっっ!」
その瞬間、俺だけでなく、リーナとルナの目の前にも、湯気をまとった銀髪の女神が立ち塞がる。
……もちろん全裸で。湯気越しに、完璧すぎるシルエットを見せつけるかのように。
「ま、待ってくれ! これは違う! この方は、その……癒しの女神様で……!」
「女神様ですって!? 苦し紛れの言い訳にもほどがあるわよ!」
「そんな嘘で、私たちを騙せると思ってるの!」
「だから違うんだって! 本当なんだ! 神様なんだってば!」
「言い訳は見苦しいぞ、この変態!」
「変態じゃねえええええええ!」
グワシッ!
俺の絶叫は、見事な同時炸裂音にかき消された。世界が一瞬、スローモーションになる。
右頬にはリーナの、左頬にはルナの、綺麗なフォームから繰り出された平手打ち。異世界に来てから、もっとも鮮やかで、もっとも理不尽な左右対称の衝撃だった。
「うふふ……。面白いな、人の子よ」
「笑ってる場合じゃないですからあああああっ!」
俺の最後の叫びは、開業初日の賑やかな湯屋の湯気の中へと、虚しく吸い込まれていった……。
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