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第3話 開業準備とツッコミ系おばちゃん登場

 それから数日、森の奥は村人たちの熱気で満ちていた。男衆の威勢のいい掛け声が響き、子供たちの笑い声が飛び交う。俺たちのスーパー銭湯建設は、想像以上の速さで進んでいた。


 平らに整地された土地には、石で組まれた立派な湯船の基礎が姿を現している。隣ではサウナ小屋の骨組みもほぼ完成し、あとは内部に薪ストーブとベンチを設置するだけだ。この順調すぎる進捗は、何よりルナの有能さによるところが大きかった。


「その石は熱をよく蓄えるから、サウナの床下に敷き詰めるといいよ。たぶん、湿気にも強いはずだ」


「うん、助かる! ルナがいなかったら、どうにもならなかったよ!」


「ふふん。もっと褒めてもいいんだよ?」


 肩まで土埃にまみれながらも、彼女は誇らしげに胸を張る。なんだかんだ言って、この状況を誰よりも楽しんでいるようだった。


 リーナも、洗い場となるスペースに大きな木の桶を並べたり、村の女性たちと協力して脱衣所の仕切り布を縫ったりと、かいがいしく働いてくれている。俺はというと、スキル『湯屋創造』のおかげで頭に浮かぶ完璧な設計図を元に、全体の監督を務めていた。


(これ、マジでいけるかもしれない……)


 日に日に形になっていく夢の施設を眺めていると、不思議と心が躍る。俺は確かに、訳もわからず異世界に来てしまった。だけど、だからこそ、この世界の人々に『癒し』を届けられる。そんな確かな実感が、胸の奥から湧き上がってきていた。


 そして、事件は昼下がりの穏やかな空気の中で起きた。


「なあに!? このハレンチな建物は!」


 突如、建設現場に雷のような怒鳴り声が響き渡った。作業していた村人たちの動きが、ピタリと止まる。振り返ると、そこには白い割烹着姿の女性……いや、有無を言わさぬ迫力を放つ『おばちゃん』が、仁王立ちでこちらを睨んでいた。


「こ、この人は……!」


 リーナが、慌てたように小声で教えてくれる。


「村長の奥さんの、ミルダさんよ!」


「ほう……あんたが噂のよそ者ってわけかい」


 ずいっと詰め寄ってくるその勢いに、俺は思わず一歩後ずさった。小柄ながらも全身からあふれ出る威圧感。深く刻まれた皺に、カッと見開かれた鋭い目つき。腰に提げた籠からは、なぜか立派な大根が一本、顔をのぞかせている。その大根が、なぜか彼女の恐ろしさをさらに増幅させていた。


「温泉が出ただの、湯屋を作ってるだの聞いてみりゃ……こんなハレンチなもんを建ておって! この村の風紀を乱すつもりかい!」


「あ、いや、ちょっと待ってください! 男女別です! ちゃんと完全に分けてますから! のれんも鍵もつけます!」


「ほんとにぃ?」


 ミルダさんの疑いのまなざしに、俺は脱衣所の簡単な図面を慌てて地面に広げた。


「ほらっ! ここが男湯で、こっちが女湯! で、ここが外気浴スペース! 仕切りも壁も、完璧に作りますから!」


「ふむ……。なるほど、言ってることだけは真面目みたいだね」


 ミルダさんは図面をじろじろと検分したあと、ふいにくるりと踵を返した。


「じゃあ、あたしも手伝わせてもらうよ」


「え?」


 あまりに唐突な展開に、俺もリーナもルナも、ぽかんと口を開けて固まった。


「うちの亭主も、若い頃は隣町の湯治場によく通っててね。おかげで足腰の痛みがすっかり消えたって、いつも嬉しそうに話してたよ。あんたの話、最初は胡散臭いと思ってたけど……その目を見たらわかるさ。まっすぐで、嘘をついてる人間の目じゃない」


「お、おばちゃん……!」


「おばちゃん言うな!」


「は、はい! すみません、ミルダさん!」


「まあいいさ。それより、布のことならこのあたしに任せときな! 仕切りのれんも、手ぬぐいも、湯上がりのバスタオルも、全部あたしが最高のやつを縫い上げてやるから!」


 その日から、ミルダさんは自ら「タオル奉行」を名乗り、絶大なリーダーシップで女性陣をまとめ、全力で協力してくれることになった。


 銭湯建設は、いよいよ仕上げの段階へと突入する。ミルダさんの参加で、現場の空気はさらに活気づき、村人たちの表情にも笑顔が増えていた。


 夕暮れ時、リーナがそっと俺の隣にやってきた。


「タカミチさん、本当にありがとう。この村が、ちょっとずつ元気になっていくのが、わかります」


 彼女がそう言ってはにかむように微笑んでくれたとき、俺の心の中に、じんわりとした温かい『ととのい』が広がっていくのを感じた。


(……まだ完成もしてないけど、これはもう、とっくに始まってるんだな)


 俺は夕日に赤く染まる銭湯の骨組みを見上げながら、静かに拳を握った。

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