第26話 ととのう、サウナ道は永遠に!
俺がこの世界に来て、一年が過ぎた。
かつて辺境と呼ばれたリネバ村は、今や大陸中から癒しを求める人々が集う【聖地】として、その名を知られるようになっていた。そして今日、この場所で、第二回となる【ととのい祭】が開催される。
湯屋の入り口では、すっかり騎士の顔つきになったギンジが、楽しそうに焼き鳥を焼いている。その隣では、大商人として成功したレオが、猫耳を揺らしながら特製のハーブティーを振る舞っていた。鍛冶場からは、ボルガン師匠とルナが作り上げた、改良型の魔導ランタンの柔らかな光が祭りを照らし、湯守として板についたコウガが、湯船の温度を真剣な眼差しで確認している。
俺の湯屋は、もう俺一人のものじゃない。みんなの居場所になっていた。
やがて、祭りが最高潮を迎える頃、懐かしい顔ぶれが続々と集まってくる。
レティシア王女は、すっかり腰の痛みが消えて若返ったと噂の父王グラディス三世と、穏やかな好々爺となった祖父、前王グラディス二世を連れて、にこやかに手を振っていた。
騎士団長のブリギッテは、非番の部下たちと共に、心の鎧を脱ぎ捨てて談笑している。その人混みの片隅で、顔を隠した一人の女性が、幸せそうに花壇の花を眺めていた。その穏やかな横顔は、かつての暗殺者【無音】の面影を残してはいなかった。
そして、空が夕日に染まる頃、ひときわ強い光と共に、最後の主役が舞い降りる。
「ふふ、ずいぶんと賑やかになったじゃない、タカミチ。わたくしが与えた聖地を、よくぞここまで発展させたわね」
屋根の上に優雅に降り立った女神エンネ様は、満足げに微笑んで、祭りの喧騒を見下ろしていた。
その日の夕暮れ。俺は、特別な【感謝のロウリュ】を行うことにした。
サウナ室には、ギンジ、レオ、ヴォル、ボルガン、リリエル、コウガ……俺の運命を変えてくれた、かけがえのない仲間たちが集まっている。俺は一杯の水をサウナストーンにかけながら、一人ひとりの顔を見つめた。
ジュワアアアアアッ!
最高の音と共に、感謝の熱波が室内を満たす。
「みんな、聞いてくれ」
俺は、立ち昇る湯気の向こうで、静かに語り始めた。
「俺は、日本っていう別の世界で、ただの銭湯好きのフリーターだった。毎日、何となく生きてて、自分にしか興味がなかった。でも、この世界に来て、みんなと出会って……俺は、初めて自分の居場所を見つけられたんだ」
熱波を浴びながら、仲間たちが黙って俺の言葉を聞いている。
「最高の湯を掘り当てて、最高のサウナを作って、たくさんの人を【ととのわせる】ことができた。それは、すげえ嬉しい。でも、俺、気づいたんだ。俺の本当の夢は、世界中の人を癒すことじゃない。この湯屋で……俺の大切な仲間たちが、毎日笑っていてくれること。ただ、それだけなんだって」
サウナ室から出て、外気浴スペースへ。そこでは、リーナが、ルナが、レティシアが、エンネ様が……大切な女性たちが、優しい眼差しで俺たちを迎えてくれた。
俺は、集まってくれた全員の顔を見渡して、続けた。
「だから、俺はここにいる。これからも、ずっと。この湯屋で、みんなと一緒に生きていく。それが、俺の選んだ道だ」
俺の言葉に、誰からともなく、温かい拍手が沸き起こった。リーナの目には涙が浮かび、ルナはそっぽを向きながらも、その口元は確かに綻んでいた。
「まったく、世話の焼ける人の子ね」
「ええ。ですが、それこそが、タカミチ様の魅力ですわ」
エンネ様とレティシア王女が、いつものように俺の両隣の席を陣取ろうと、火花を散らし始める。それを、リーナとルナが「ちょっと、二人とも!」と割って入る。いつもの、賑やかで、愛おしい日常。
空には満月が昇り、湯屋から立ち上る湯気が、まるで天の川のように夜空へと溶けていく。
最高の仲間たちに囲まれ、心地よい風に吹かれながら、俺は、これ以上ないほどの完璧な【ととのい】を感じていた。
(ああ、そうか。俺の異世界サウナ道は、始まったばかりとか、終わりとか、そういうんじゃないんだ。これが、俺の人生で、俺の日常そのものなんだ)
俺は満面の笑みを浮かべ、空に向かって高らかに叫んだ。
「さあ、みんな! 祭りの締めだ! もう一番、最高の湯に入ろうぜ!」
「「「おおーっ!!」」」
仲間たちの歓声が、聖地の夜空に、いつまでも、いつまでも響き渡っていた。
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