第21話 頑固ドワーフと魂の再鍛錬
その日、俺の湯屋に、地響きのような足音と共に、嵐がやって来た。
嵐の中心にいたのは、背は低いが、大地に根を張った大樹のような、頑健なドワーフの老人。編み込まれた立派な髭は、その半生を過ごしたであろう炉の煤で少し黒ずんでいる。その腕は丸太のように太く、その目は、どんな名剣よりも鋭い光を宿していた。
彼の名は、ボルガン・アイアンハンド。山の王国にその名を轟かせる、伝説の鍛冶職人である。
「師匠! ここです! ここが、わたしがお話しした湯屋です!」
ボルガンの隣で、ルナが興奮気味に、しかしどこか緊張した面持ちで案内している。どうやら、俺の設計した【サウナストーブ】の構造美に感動した彼女が、その師匠であるボルガンに「ぜひ一度見てほしい」と、山から半ば強引に引っ張ってきたらしい。
「ふん! こんな木の小屋が、湯屋だと? わしらの里の浴場は、一枚岩から削り出したもんだぞ。人間の仕事は、どうにも軟弱でいかんな!」
ボルガンは、着くやいなや、不機嫌そうに悪態をついた。彼にとって、【癒し】とは汗水流して槌を振るい、仕事の後に樽一杯の極上エールを呷ることでのみ得られる、神聖な報酬なのだ。風呂やサウナなど、軟弱な人間やひょろ長いエルフの道楽と、心の底から見下していた。
「まあまあ、師匠。とにかく、中を見てくださいって!」
「小娘に言われて、わざわざ山を降りてやったんだ。どれ、その自慢の【釜】とやらを、見せてもらおうか」
案内されたサウナ室の前で、ボルガンはついにその足を止めた。そして、俺が設計し、ルナが改良を加えた黒鉄のストーブの前に、無言で歩み寄る。彼は鑑定するように、そのごつごつとした指で、ストーブの表面をそっとなぞった。
「……む」
溶接の跡を指でたどり、空気を取り込む吸気口の構造を睨みつけ、煙突の角度を検分する。その表情から、次第に侮りの色が消えていく。
「……この構造、熱の対流を完璧に計算しとる。吸気と排気のバランスが見事じゃ。一切の無駄がなく、薪の熱量を最大限に引き出すための、合理性の塊……。小娘よ、これを本当に、そこの人間の若造が考えたのか?」
「は、はい! タカミチはすごいんです!」
「ふん……」
ボルガンは、俺の方をじろりと睨んだ。
「小僧。製作者の意図を理解せずには、正しい評価はできん。わしも、この【サウナ】とやらを、一度試させてもらう」
あくまでも【評価のため】。彼はそう言って、頑固な顔のままサウナ室へと入っていった。
灼熱のサウナ室。鍛冶場の炎に慣れたボルガンは、その熱さに微動だにしない。腕を組み、どっかりとベンチに座り、まるで値踏みするように壁の木材を眺めている。
「ふん、まあ、心地よい温かさではある。だが、これだけでは魂は震えんわ」
その時だった。俺が、熱されたサウナストーンに、アロマ水をかける。
ジュワアアアアアッ!
灼熱の蒸気が、魂に響くような音と共に、一気に室内を満たした。
「なっ……!?」
ボルガンの目が、驚愕に見開かれる。
「この熱波……ただ熱いだけではない! 魂に、直接打ちかかってくるような、凄まじい【気】がある! まるで、伝説の火竜【マグマワーム】の息吹のようじゃ……!」
次に水風呂。
「こんなもの、我が山の万年雪の雪解け水に比べれば、生ぬるい湯だわ!」
そう豪語して飛び込んだものの、その心臓を突き刺すような冷たさに、彼の立派な髭がぶるぶると震えた。「ぐ、ぬぅ……!」という、鋼のようなうめき声が漏れる。
そして、外気浴の【ととのい椅子】へ。
ここで、ついに頑固一徹の鍛冶神は、陥落した。
「(なんじゃ……この感覚は……)」
全身の力が抜け、体の芯からじわじわと蘇る、生命の脈動。
彼は、自らの腕を見た。二百年間、毎日槌を振るい続け、もはや体の一部と化していたはずの、頑なな疲労と古傷の痛みが……すうっと、消えていく。
「(長年の疲れが……魂の芯から溶けていくようじゃ……! これは……これは、癒しなどという生ぬるいものではない!)」
彼の脳裏に、炉の中で真っ赤に焼かれ、不純物を叩き出され、そして水で清められて、より強靭な鋼へと生まれ変わっていく、一振りの剣の姿が浮かんでいた。
「そうか……! これこそが、【魂の再鍛錬】じゃったのか!」
完全に【ととのった】ボルガンは、目を爛々と輝かせ、俺の元へと突進してきた。
「タカミチよ! お主は天才じゃ! じゃが、まだまだ甘い! このストーブは、まだその真価を発揮しておらん! この水風呂は、真の冷却【クエンチング】には程遠い!」
彼は、湯屋のテーブルを拳でドンと叩くと、高らかに宣言した。
「こんなもんじゃ足りん! このわしが、お主のために【究極のサウナストーブ】と、【至高の水風呂】を、一から作り上げてやるわい!」
こうして、伝説のドワーフは、俺の湯屋の専属【設備アップグレード担当】となった。
その日から、村には昼夜を問わず、ボルガンの振るう伝説の槌の音が、心地よく響き渡ることになる。俺たちの湯屋は、これから神の領域へと、さらに進化を遂げるのだ。
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