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第14話 女神様の帰還と、湯けむり結婚式計画

 ……女神様は、拗ねて家出した。


 俺がレティシア王女と共に王都へと旅立ったあの日、エンネ様は「人間の王女と仲良くなさいな!」と捨て台詞を残し、光の粒子となって空へ消えていった。あれから十日あまり。アウトランク・バロンという謎の爵位と、王女の婚約者というこれまた謎の肩書きを引っ提げて村へ帰還した俺を待っていたのは、ある種の壮絶な修羅場だった。


「お、おかえりなさいませ、タカミチさん……。その、王都での公務、お疲れ様でした」


 リーナが、健気にも笑顔で出迎えてくれる。だが、その瞳は不安げに揺れ、無理をしているのが痛いほど伝わってきた。その背後では、ルナが腕を組み、氷のような視線で俺……いや、俺の隣に立つ人物を睨みつけていた。


「ほぉん? ずいぶんとご立派になられて。どこの【王女様】をエスコートしてのご帰還ですかぁ?」


「は、ははは、まぁ……そのぉ、色々と事情がありまして……」


 俺がしどろもどろになっている横で、豪奢な馬車からふわりと降り立ったレティシア王女は、少しも臆することなく、堂々とした淑女の笑みを浮かべていた。


「皆さま、ご紹介が遅れました。わたくし、タカミチ様の婚約を賜りました、レティシアと申しますわ。これより、この村でお世話になります。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 完璧なカーテシーと共に放たれた【婚約者】宣言。村に、凍てつくような空気が流れた。

 遠くで見ていたギンジが「おいおい……こりゃ、湯屋が戦場になるぞ……」とぽつりと呟くのが聞こえる。


 そんな空気を切り裂くように、空がまばゆい光を放ち、金色の羽根がひらりはらりと舞い落ちた。


「ふぅん。やれやれ、天上界の湯もぬるくて飽きたわ。やっぱり、ここの灼熱のサウナが一番ね」


 天から響く、優雅だがどこか棘のある声。降臨してきたのは――もちろん、家出中だったはずの女神エンネ様だった。


「お、お帰りなさい、エンネ様……!」


「ぷいっ」としたはずの女神は、何事もなかったかのように平然と湯屋の屋根に降り立つと、にっこりと、しかし目の笑っていない笑顔をレティシアに向けた。


「で? わたしが留守の間に、人間の王女とどこまで進んだのかしら、タカミチ?」


 修羅場、第二波が、よりにもよって神の降臨と共にやって来た。


 その日の夕方。サウナ室の隣に作った囲炉裏の間で、なぜか俺は、絶世の美女二人に挟まれて正座させられていた。


「つまり、婚約が既成事実となってしまったのであれば……いっそ、この【聖域】で神聖な結婚の儀を執り行うのが、最もあなたらしいのではないかしら?」


 先手を取ったのはエンネ様だった。


「わたくしも異存はありませんわ。この地こそ、タカミチ様の【癒し】の原点。式を挙げるのに、これ以上ふさわしい場所はないでしょう!」


 レティシア王女も、即座に同意する。


「いや、だからちょっと待って!? なんで俺の意思を完全に無視して、【結婚式 in サウナ】みたいな話になってるの!?」


 湯けむりに包まれる囲炉裏端で、神と王女による恐るべきマウント合戦に挟まれながら、俺の胃は限界を迎えつつあった。

 そんな大騒動の最中、一人の男が村に姿を現した。


「ふむ、ここが噂の【癒しの聖者】が営むというサウナ村か……。これは、金の匂いがするわい」


 名を、ドラン・ロッソ。王国中にその名を知られた、稀代の豪商だ。恰幅のいい体に、鋭い商人の目を光らせている。


「ご挨拶にあがりましたぞ、タカミチ男爵閣下。ぜひとも、その【ととのい】とやらを、このわたくしめにも体験させていただきたく……」


 ドランは、ギンギンに熱せられたサウナストーンに水が打たれ、灼熱の蒸気が立ち込める中、興奮気味に息を弾ませた。そして水風呂と外気浴を経て……彼は、完璧に【ととのった】。


「こ、これは……っ! なんという……なんという脳がとろけるような開放感ッ!! これだ! この感覚こそ、現代人……いや、全異世界人類に必要な究極のソリューション! 取引ですぞ、聖者殿! この【ととのい】の技術を、我が商会と共に世に広めましょう!」


 ドランとの話を受けつつ、俺はふと考えた。


(……湯上がりのあの独特の気だるさと渇き。あれ、異世界でも何か対策できないか?)


 そうだ。サウナ後の最高の飲み物。スポーツドリンクだ!

 この世界にあるもので代用できないか、俺は頭をフル回転させる。


「ギンジ! 大至急、鍋と新鮮な湧き水! それと、村の特産品の【塩の花】と、甘酸っぱい【蜜の果実】を持ってきてくれ!」


 俺は、サウナ裏の休憩小屋で、異世界版スポーツドリンクの試作を開始した。

 まず鍋に湧き水を張り、火にかける。そこへ、ミネラル豊富な岩塩をひとつまみ。蜜の果実を力いっぱい搾り、天然の甘味料である樹液を慎重に混ぜ合わせる。そして、味見。


「……うん、いける! これ、ポ○リス○ットの味に近い! いや、それ以上かも!」


 即座に完成した試作品を、湯上がりのドランに試飲させると――。


「ッッッ!!! う、うまい……! うますぎる! 渇いた体の隅々にまで、命の水が染み渡っていくようだッ!」


 ドランは、感動のあまり涙を流していた。


「これを【癒しの聖水】として商品化いたしましょう! いや、もっと親しみやすく……【ととのい水】! これですぞ!」


 こうして、俺の現代知識と異世界の素材が融合し、奇跡の飲料【ととのい水】が誕生した。

 この一件で、村には再び新たな活気が戻った。【ととのい】を求める者、【聖者】の噂に導かれる者、そして今度は【ととのい水】のビジネスチャンスに惹かれる者。癒しを求める全ての者が、サウナとスポーツドリンクと、いがみ合う女神様と王女様に包まれたこの村へ、集まり始めていた。


「……俺、ほんとにただのサウナ好きのフリーターだったはずなんだけどなぁ……」


(次回、ととのい水、王都を席巻!?)

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