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第12話 湯の道

【第12話 湯の道】


 司教領主であり、特任男爵候補。

 そんな、自分でもよく分からない肩書きを二つも背負い込むことになった俺は、あれから数日後、大きな決断を下した。


「……とりあえず、王都へ行ってみる」


 神様と王女様による壮絶な【取り合い】の末、結局「まずは王都で国王陛下に謁見し、話を進める」という、極めてまっとうな結論に落ち着いたのだ。俺の意思は、そこにもほとんど介在していない。


 出発の朝。湯屋の前には、村のみんなが集まってくれていた。


「タカミチさん、どうかお気をつけて……」

「さっさと用事済ませて、とっとと帰ってきなさいよね!」


 リーナは寂しそうに、ルナは素っ気ないふりをして、俺の旅立ちを見送ってくれる。


「タカミチの兄貴! この湯屋は俺たちがしっかり守っとくんで、安心してくだせえ!」

「ああ。あんたが作ったこの場所は、もう俺たちの居場所でもあるからな」


 ギンジとレオも、いつもの調子で力強く頷いてくれた。いつの間にか、俺の周りにはこんなにも温かい仲間がいたんだな、と胸が熱くなる。


 ただ一人、女神エンネ様だけは、ぷいとそっぽを向いていた。


「……ふん。人間の王女と二人きりで、楽しい旅にでもなさいな。わたくしは、しばらく天上で羽を伸ばさせてもらうわ」


「え、ちょっと、エンネ様!?」


 俺が呼び止める間もなく、彼女の体はきらきらと光の粒子となって、空へと消えていった。……完全に、拗ねている。


「うふふ、女神様は焼きもちを妬いていらっしゃるのかしら。さあ、タカミチ様、参りましょう」


 隣では、なぜかウキウキとした王女レティシアが、俺の手を引いて豪華な王家の馬車へと促す。こうして、女神様に家出(?)され、美しき王女様と二人きりという、傍から見れば羨ましいのかもしれないが、俺にとっては胃が痛くなるような状況で、王都への旅が始まったのだった。


 街道をゆく馬車の中は、驚くほど快適だった。レティシアは、王都での暮らしや、政務に追われる父王の苦労話などを、少し寂しそうに語ってくれた。俺も、日本の【温泉文化】や【銭湯】について話をした。身分も立場も関係なく、裸で湯に浸かれば誰もが平等に癒される。そんな場所の素晴らしさを熱弁すると、彼女は目を輝かせて聞いていた。


「素晴らしいですわ、タカミチ様。その【癒しの平等】こそ、今のわが国に必要なものかもしれません……」


 そんな会話を交わしながら、馬車に揺られること二日目。

 ふと、街道から外れた荒野の向こうに、俺の目にだけ見える【あの光】が瞬いた。弱々しいが、確かにそこにある、温泉の気配。


「ちょっと待ってくれ! 馬車を止めてほしい!」


 俺の突然の叫びに、馬車は急停止し、護衛の騎士たちが何事かと駆け寄ってくる。


「どうかなさいましたか、タカミチ殿!」

「いや、あっちの方角に、ちょっと気になるものがあってな……」


 俺が指差した先には、寂れた小さな集落が見えた。家はボロボロで、畑は干上がり、活気というものが全く感じられない。


「あそこは……確か、数年前から原因不明の病が流行り、井戸も枯れてしまった見捨てられた村のはず。危険です、近づくべきではございません」


 騎士の言葉に、俺は確信した。


「いや、行く。レティシア様、少しだけ、俺に時間をくれませんか?」


「……ええ、もちろんですわ。タカミチ様のなさることですもの、信じております」


 王女の鶴の一声で、俺たちはその寂れた村へと向かった。村人たちは、突然現れた王家の馬車と俺たちを見て、怯えたように遠巻きに見ているだけだ。俺は、一人の村人に声をかけ、震える彼から錆びたスコップを一本借り受けた。


 そして、光が最も強く感じられる、村の中央の乾いた広場へ。


「あ、あの、タカミチさま、いったい何を……」


 レティシアが心配そうに見守る中、俺は無言でスコップを地面に突き立てた。


「いいから、いいから、見とけって。おっ、そろそろくるぞ。キタキタキタ、キターっ!」


 ザシュッ、ザシュッ! 夢中で土を掘り返す。硬い岩盤にぶつかった瞬間、俺は確かな手応えを感じ、最後の力を込めてスコップを叩きつけた。


 その瞬間だった。


 ブシューッ!


 乾いた大地を突き破り、温かい湯が勢いよく噴き出したのだ。


「あっちちちっ! こりゃ、極上のいい湯だな!」


 泥だらけになりながら、俺は満面の笑みを浮かべた。村人たちが、信じられないものを見る目で、湧き上がる湯柱に釘付けになっている。やがて、一番年寄りのおじいさんが、おそるおそるその湯に指を浸した。


「……あたたかい。なんと、あたたかい湯じゃ……」


 その一言を皮切りに、村人たちは次々と湯だまりへと駆け寄り、その奇跡のような温もりに触れた。病でやつれていた子供の顔に、血の気が戻る。何年も笑顔を忘れていた老婆の目から、涙がこぼれ落ちた。


「神よ……! 我らの村に、恵みの湯を……!」


 俺は即席の湯船を作り、村人たちに入浴を勧めた。湯に浸かった人々から、次々と安堵のため息が漏れる。それは、俺がずっと見てきた、【ととのい】の光景そのものだった。


 その後、王都へ向かうまでの間に、俺はさらに二か所で同じように温泉を掘り当てた。その度に、寂れた村や宿場町に笑顔と活気が戻っていった。俺が何かを言う前に、噂は風に乗って王都へと伝わっていく。

 【癒し手】タカミチ。【奇跡の湯を湧かす聖者】。そんな、自分でも気恥ずかしくなるような噂と共に。


 そして、旅の最終日。

 壮大な王都の城門が見えてきた。だが、その門の前には、ありえない光景が広がっていた。


「……え?」


 きらびやかな衣装をまとった貴族たちがずらりと並び、王国騎士団が完璧な整列で俺たちの馬車を待ち構えている。そして、その周りには、数えきれないほどの民衆が集まり、熱狂的な歓声を上げていたのだ。


「タカミチ様だ!」「聖者様がご到着なされたぞ!」


「お待ちしておりました、タカミチ男爵閣下! 道中の村々でのご活躍、その奇跡の御業の噂は、すでに王国中に広まっておりますぞ!」


 出迎えた宰相らしき老人が、深々と頭を下げる。

 その光景に、俺はただただ呆然と呟くことしかできなかった。


「あれっ、俺、なんかやっちゃいました!?」

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