第11話 神と王、まさかのダブル推薦!? 俺が司教領主に!?
湯屋の朝は、いつものように穏やかに始まった。
小鳥のさえずりと、薪ストーブにくべられた薪がぱちぱちとはぜる音。昨日の【ととのい祭り】の熱気がまだ村のあちこちに残っていて、縁側ではギンジやレオたちが気持ちよさそうに寝そべっている。
「いやあ、いい祭りだったな……。まあ、俺はこれからもここで湯屋の主人として、みんなが【ととのう】顔を見ていければ、それでいいんだけどな」
そんなふうに伸びをしていた俺の耳に、ふわりと銀の鈴が鳴るような声が届いた。
「……ええ、よかったわね、タカミチ。人の輪は確かに広がったわ。だから、次はあなた自身が変わる番よ」
「……え?」
いつの間にか、エンネ様が俺の隣にすっと腰かけていた。その横顔は、いつになく真剣な光を宿している。
「この湯屋は、ただの癒しの場ではないの。ここは、わたしが人の世に定めたささやかな【聖域】。だから、タカミチ……あなたには、その聖域を司る、正式な【神の代弁者】になってもらうわ」
「え? 神の代弁者って、それってつまり……」
「そう。今日この時をもって、あなたをこの地の【司教領主】に任命します。わたしの神託により、この癒しの地を守り、人々を導く【高位聖職者】となるのよ!」
「……えぇええええええぇ!?」
俺の絶叫が、のどかな朝の空気を切り裂いた。司教!? 領主!? 俺、昨日までサウナの温度計とにらめっこしてただけの、ただの日本人なんですけど!?
俺の混乱をよそに、エンネ様は満足げに頷いている。だが、俺の受難はまだ始まったばかりだった。
その日の午後、村の入り口から荘厳な馬車の蹄音が再び響き渡った。やってきたのはもちろん――
「ごきげんよう、タカミチ様。またお会いできて嬉しいですわ」
「レティシア王女!? ど、どうしてまた、こんなに早く……」
「ふふっ。先日のお礼と……ご報告がありまして。わたくし、お父様……国王陛下に、お願いしてしまいましたの」
「ま、まさか……」
レティシア王女は悪戯っぽく微笑むと、供の騎士から豪奢な装飾の施された羊皮紙を受け取り、俺の目の前に広げて見せた。
「はい! タカミチ様を我がヴァレンティナ王国の【癒し】を司る特任男爵として叙爵したく、陛下に強くご推薦申し上げる、正式な推薦状ですわ!」
「…………ちょっと待って、何この怒涛の展開!?」
神の使いになったかと思えば、今度は王国の貴族!? 俺の頭が完全にキャパオーバーを起こした、その時だった。
「あらあら。それは聞き捨てなりませんわね、人間の王女」
湯屋の奥から、すうっとエンネ様が現れる。その目は、明らかにレティシア王女を捉えていた。
「彼はわたしの神託を受け、この地を治める【司教領主】ですけど? 人の子の法で、神の代理人を縛るなど、不敬ではありませんこと?」
エンネ様の言葉に、レティシア王女も一歩も引かない。
「いいえ、女神様。神の恩寵もまた、王国の安寧があってこそ輝くもの。彼には王国の法の下でその素晴らしい力を発揮していただくのが、民のため、国のため……ひいては、神の御心にかなうことかと存じますわ」
女神と王女。二人の絶世の美女が、俺を挟んで、にこやかな笑顔のままバチバチと火花を散らしている。その尋常じゃない光景に、周りで見ていた野次馬たちもざわつき始めた。
「なあ、あれって……もしかして、伝説に聞く【修羅場】ってやつか?」
ギンジが、興奮気味に隣のレオに囁く。
「いや……癒しの聖域で、なんで神様と王女様が火花を散らしてるんだよ……」
レオは心底呆れた顔で天を仰いだ。
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺、昨日までただのサウナの店主だったんですけど!? 何なんですか、この出世ラッシュは!? 俺、なんかやっちゃいました!?」
俺の悲鳴も、二人の耳には届いていない。
「司教として、まずは周辺地域の巡回から始めましょうか」
「男爵として、王宮へのご挨拶も必要ですわね」
こうして俺は……
本人の意思とは全く無関係に、神の意思によって【司教領主】に、そして王国の推薦によって【貴族】になるという、この世界の歴史上、前代未聞であろう【ダブル身分昇格イベント】の渦中に、叩き込まれることになったのだった。
……一体どうなるんだ、俺の異世界サウナ道!?
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