第10話 湯屋祭り、開幕! 癒しの火花、飛び散る
サウナで【ととのった】者は、変わる。
荒んでいたヤンキーは笑顔で焼き鳥を焼き、孤独だった盗賊は静かに茶を飲み、気高き王女すらもその魅力の虜にする癒しの力。そんな光景が日常となった湯屋で、俺――タカミチは、ふとこんなことを思いついてしまった。
「……この輪、もっと広げてみるか。よし、祭りだ! 祭りをやろう!」
◆
こうして、湯屋ができてから初めてのビッグイベント、『第一回ととのい祭』が開催されることになった。
当日は朝から村中がお祭り騒ぎだ。湯屋へと続く道には手作りの提灯が飾られ、敷地には即席の露店が所狭しと立ち並ぶ。入口の横では、ギンジ率いる元ヤンキーたちが、なぜか妙に似合っている白い割烹着姿で炭火焼き鳥の屋台を開店していた。
「へい、らっしゃい! 焼きたていくよー! 秘伝のタレも極上の塩もあるぜ!」
煙をもうもうと上げながら、ギンジは威勢よく客を呼び込んでいる。その商売センスに、俺は思わず感心してしまった。
一方、奥の木陰では、レオ率いる猫耳盗賊団が、森で集めた薬草や手作りのアクセサリーを売るおしゃれな店を出していた。こちらはどうやら、本格的に盗賊から足を洗い、商人への転身を考えているらしい。
「お客さん、こっちの香草茶はサウナ後に飲むと最高だよ! リラックス効果も抜群さ」
リーダーのレオは相変わらずのイケメンぶりで、彼の周りには常に村の娘たちが集まり、まるで湯気のようにとろけていた。
俺は汗を拭きながら、活気に満ちたその光景を満足げに見守っていた。
「……いい光景だな。ヤンキーも盗賊も村人も、みんなサウナで【ととのって】、こうして笑い合ってる」
「それもこれも、タカミチさんの作ったこの湯屋があったからこそ、ですね」
隣でリーナが心から嬉しそうに微笑み、ルナも「ま、まあ……悪くないんじゃないの」と照れくさそうに頷く。
そのときだった。
「……まあ、ずいぶんとにぎやかにやっているのね」
その声は、祭りの喧騒の中でも、風のようにすっと俺の耳に届いた。
振り返ると、そこにいたのは――やはり、というべきか、女神エンネ様。
ゆるやかに波打つ銀髪に、すべてを見通すような蒼い瞳。いつもの神秘的な雰囲気そのままに、今日も今日とて現界しているらしい。だが、その表情はどこか……面白くなさそうに尖っていた。
「女神様、どうも! 今日はお祭りなんです! 楽しんでいってください!」
「ええ、見れば分かるわ。でも……ふふ、あの人間【ヒト】の王女が、また来ているようね」
エンネ様の視線の先、豪華な馬車が再び湯屋の前に静かに止まり、第一王女レティシアが護衛を連れてにこやかに降り立つところだった。
「タカミチ様、また参りましたわ。今日は、この素晴らしい癒しの時間を、民と分かち合うために」
気品たっぷりに微笑むレティシア。それに対し、エンネ様は腕を組んで、わざとらしく咳払いをした。
「……こほん。この聖域の秩序が乱れていないか、主催者たる神として見届けに来ただけよ。別に、誰かに対抗しているわけではないわ」
(いや、めちゃくちゃ対抗心むき出しじゃないですか……!)
その後、祭りのメインイベントである【スペシャルロウリュタイム】が始まると、二人の火花は文字通りサウナ室で飛び散った。
「ロウリュとは、神聖な儀式。この聖域の主である、わたくしが司りましょう」
「いいえ、民に寄り添う王族として、この熱波はわたくしが届けますわ!」
エンネ様が神の力で絶妙な蒸気を発生させれば、レティシア様は優雅にタオルを振るって華麗な熱波を送る【アウフグース】を披露する。その女神と王女の美しすぎる共演に、サウナ室にいたギンジやレオたちは、「お、おお……これが天国……」「俺はもう……ダメかもしれねえ……」と、かつてないほどの【ととのい】の境地へと誘われ、完全に昇天しかけていた。
そんなカオスな状況の中でも、祭りは大盛況のうちに続き、夜にはみんなで外気浴ベンチに腰を下ろし、満点の星空を見上げていた。
「来年も、また開催したいですね、タカミチさん」
リーナの言葉に、みんなが頷く。そんな和やかな空気の中、ぽつりと、エンネ様が言った。
「来年……? あら、タカミチ。あなたの旅は、まだ続くのでしょう?」
「えっ……?」
その予期せぬ言葉に、俺の胸に小さな疑問の種が蒔かれた。
(……旅? どういうことだ? この湯屋が、俺のゴールじゃないのか?)
エンネ様は、意味深に微笑むだけ。
湯気の向こうで、俺の知らない物語が、確かに動き出している。そんな予感が、祭りの後の静かな夜空に、静かに溶けていった。
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