6 望外
「う〜ん、今日は薬草探しとか、地図作りといったEランクの依頼はありませんね〜。」
仕事の有無を確認した際のギルドスタッフからの回答はいつもと同じで、僕は落胆した。
研修期間が終わった僕は、しばらくはパーティーに加入せず、個人でできるEランクの仕事だけを受任して生活しようと思ったが、実際にはそんな簡単な仕事などほとんど存在しなかった。
「これから生活どうしよう。」
僕はギルドの受付の前でうなだれ、途方に暮れるしかなかった。
「あれ?まだパーティー決まってないの?」
唐突にかけられた言葉に反射的に振り向くとそこには、ソフィアさんの顔があった。
なんだか懐かしい気がする。でも、僕にはもう合わせる顔もない・・・。
思わず目をそらしてしまった。
「どこのパーティーにも入れてもらえなくてボッチの冒険者なんて正直恥ずかしいけどさ、わたしに対して恥じる必要はないよ。」
またソフィアさんは勝手な解釈をした。そして、相変わらずこの世界にはデリカシーという概念はないようだ。
「ソフィアさん、先日はすみませんでした。それでは・・・。」
僕は目をそらしながら立ち去ろうとした。
「あっ、待ってよ。実は、うちのパーティー、ちょうど盾役と、剣士と、それから料理番がいないんだよね・・・。君がもしよければ・・・どうかな?」
僕は思わず顔を上げてソフィアさんの目を見た。
ソフィアさんは少しはにかんでいるようにも見える。
「えっ?でもリチャードを採用したんじゃないんですか?」
「いや、結局採用しなかったよ。パーティーはさ、何より仲間との信頼関係が一番なんだよ。見張りとか、目につかない地味な仕事で手を抜いたり、まして責任を仲間に押し付けたりするようなやつはどんなに腕がよくても信用できないからね。その点、君は見張りも手を抜かずにやってたし、何よりあの場面で自分の責任になるかもしれないのにリチャードを売らなかったでしょ。ああいう姿勢なら仲間として信頼できるって、ナディアもサンドラも言ってたよ。」
「わかってたんですね・・・。」
僕がため息をつくと、ソフィアさんはニヤリと笑った。
「そうだよ。何のために何度も夜中に起き出して見張りしてるところを見に行ってたと思ってるのよ。君はいつ行ってもちゃんと見張りをしていたけど、リチャードは寝ていることもしばしばだった。だから、あの日もリチャードが寝ていて気付かなかったんだろうって、すぐにわかったよ。」
そっか、ソフィアさんが見張りの時に話しに来てくれたのって、別に僕と話したかったからってわけじゃなかったんだ・・・。なんか、がっくし・・・。
「どうしたの?急に落ち込んで。もしかして、うちのパーティーに入るのは気が進まないとか?」
「いえ、はい!喜んで加入させていただきます!やったね!ありがとうソフィアさん!」
僕は慌てて喜んだフリをした。
「よかった!じゃあ、ギルドの受付に行って加入登録手続をしてくるといいわ。あとこれから私たちは仲間なんだから、ソフィアさんじゃなくてソフィアと呼びなさいね。」
「はい、ソフィア。あっ、あとあの湖に遊びに行く約束、いつにします?」
「湖に遊びに行く約束?」
ソフィアが怪訝そうな顔をした。
「ほら、見張りの時に言ったじゃないですか。一人前になったら一緒にお弁当を持って湖に遊びに行ってくれるって話・・・。」
そう言うと、ソフィアは急に顔が険しくなった。
「こらっ!パーティーに加入することは認めたけど、まだ君を一人前と認めたわけじゃないよ!!盾の扱い方も、剣技もまだまだだし、そんなこと言うのは百年早い!!」
「すみませんでした~。」
「わかったら、まずはさっさとパーティー加入登録をしてきなさい!!明日から早速クエストに出て、実戦でガンガン鍛えるわよ!」
「はい!」
そう言って受付に向かうためにソフィアに背を向けた僕は気づいていなかった。ソフィアがこんな震えるようなつぶやきをしていたことを。
「いつまでも待てないからね。早く一人前になってくれないと。だから特に厳しく鍛えあげるわよ・・・。」
★★
「コージローさん、どうされました?急にぼんやりして。」
「ああ、ごめんごめん。」
新人冒険者研修でのアスカの話を聞いて、思いのほか長く回想してしまった。
そろそろ本題に入らないと。
「盾はね、体格だけじゃなくて技術が大事なんだって、昔、僕の恩師が教えてくれたんだ。」
「技術・・・ですか・・・?」
アスカはきょとんとしている。
「まあ、百聞は一見に如かず。お手本を見せるから付いてきなよ。」
そう言ってナディアのところへ行き、盾の実技を見せるために相手を選んで欲しいと伝えた。
「おいおい、あの子にいいところ見せて今夜一発決めようってか?そこまでやるなら貸しイチくらいじゃ済まないぞ・・・。」
そう言いながらもナディアは、一番体が大きくて、屈強そうな新人冒険者を選び、実技を見せることを許可してくれた。
「じゃあ、僕が鍋を構えたら突撃してきてくれ。」
「うっす!えっ、鍋・・・?」
「鍋・・・・?」
愛用の大鍋を構える僕に対し、周囲の新人冒険者の頭にクエスチョンマークが浮かんでいる様子が見える。しかし、選ばれた新人冒険者は割り切ったのか、全力で僕の方に突進してきた。
「ホイッ!!」
僕は大鍋を操り、足を払い、僕よりも二回りは大きい新人冒険者を宙に舞わせた。
「ドリャ~!」
すぐに立ち上がってその新人冒険者は突進してきた。今度は重心をかなり低くしている。
「ベチャッ。」
今度は大鍋に体重をかけて新人冒険者を押しつぶした。
その後も突進してくる新人冒険者を鍋であしらった。
「すげ~・・・・。」
「なに、あの技術。」
周りの新人冒険者から感嘆の声が漏れる。
「あれくらい当たり前だ。大鍋使いのコージローと言えば、一時はギルドでも評判になってたくらいだぞ。まあ、よんどころない理由で今はリタイア状態なんだけど、腕は衰えていないようだな。」
ナディアがすかさず補足してくれた。
「どうかな?盾は体格よりも技術だってわかってもらえたかな?」
「すごい!すごいです、コージローさん!あんな大きな人をバッタバッタと!本当にすごいです!!」
アスカがキラキラした瞳で熱いまなざしを送ってくる。そのまぶしさに目をそらすと、ナディアに肩を掴まれた。
「よかったな・・・。じゃあ、ソフィアにばらされたくなかったら、これからも研修を手伝えよ・・・。」
ニヤニヤ笑いながら突き付けられた法外な要求に対し、僕に抗う術はなかった。
★★
「よし、なんとか焼鳥の串打ちは終わったし、タレもできた。副菜は出来合いだけどサラダがあるし、後はソフィアが帰って来てから焼けばいいか・・・。」
お昼にあった新人冒険者への研修指導を終えて急いで帰宅し、夕飯の準備も終わった。後はソフィアが帰るのを待つばかりだ。
「ただいま・・・。」
ちょうどその時、玄関の扉が開いてソフィアが帰って来た。
僕はソフィアの杖とローブを受け取って笑顔で迎え入れた。
「お腹空いてる?リクエスト通り焼鳥を用意してあるよ。」
僕が笑顔で話しかけるが、ソフィアの反応は薄い。
「それより・・・わたしに話しておくべきことはありませんか?」
まるで地獄の底から聞こえてくるように、ソフィアの声が低く響いた。
「えっ、いや・・・あっそうだ。ごめんナディアに頼まれて次の研修も手伝うことになって・・・・。」
そこまで言って、僕はソフィアの睨みつけるような視線に気づいた。
「わたしは知ってるのよ。君が今日の研修で、新人冒険者の女の子を茂みに連れ込んで口説いて、しかもその後で盾使いの実技でいいところを見せてメロメロにしたって・・・。今日はずいぶんお楽しみだったようね・・・。」
「えっ?うそ?ナディアから聞いたの?」
「付き添いの職員さんから聞いたんだけど、でもそういう言い訳をするってことはやっぱり・・・。」
ソフィアの目に浮かんだ疑惑はますます深くなり、背後には真っ黒なオーラが見える(ような気がする)。
「ちがう、誤解なんだ!」
「誤解で茂みに連れ込むかな~?」
ああ、まずい!話を聞いてもらえない。こうなったら最後の手段だ。
僕はソフィアをガバッと抱きしめた。さりげなく手のひらは服に覆われていない二の腕のあたりに置くのがポイント。
「誤解しているのはソフィアだよ。僕が愛しているのはソフィアだけ。その子には盾の技術指導をしただけで何もやましいことはないよ。」
そう耳元でささやいた。これであとしばらくこの体勢をキープできれば・・・。
「やめて!!」
僕はドンっと、突き放された。
「君、わたしの体に魔力を流し込もうとしたでしょ!!それでメロメロにしてごまかそうったってそうはいかないわよ。せっかく資格を取って魔力を使えるようになったのに、変なことにしか使わないんだから!!」
チッ、ばれたか。
「でも、本当にやましいことは何もないんだって・・・。」
「じゃあ、その言い訳はゆっくり聞かせてもらいましょうか!ベッドの中で!」
そう言ってソフィアは僕を奥の寝室へ引っ張った。
「いや、でも焼鳥を焼かないと。」
「それはあとでいいでしょ!!あんな中途半端に魔力を流し込まれてこのまま終われるわけないでしょ!」
ソフィアは僕の尻をたたきながら、寝室の方へ引っ張って行った。
「もう一人前なんだから、ちゃんと行動の責任は取りなさいよね!!」
状況は厳しかったが、研修生のころからずっと切望していたソフィアの「一人前」という言葉に思わずニンマリしてしまった。
近々、さらに後日の話を投稿できればと思っています。