4 勇気を出してデートの誘い
研修生になってから1か月経ち、これで研修期間の3分の1が過ぎたことになる。
このあたりからそろそろ長期のクエストが増えてきた。長期のクエストでは、1週間から10日以上泊まり込みになる。
料理番の僕にとっては食材の調達も献立を考えるのも一苦労だが、それ以上に大変なのは野営地での夜の見張りである。
「魔導士と僧侶は魔力を回復するために睡眠をたっぷりとる必要がある。だから、野営地の夜の見張りは、リチャードとコージローで分担して行うように!」
ソフィアさんからそう指示された。
リチャードは最初、見張りをすべて僕に押し付けようとしたが、さすがに強く抗議したところ、結局、半分ずつに時間を区切って見張りと睡眠を交替で行うことになった。
ただ、懸念していたとおり、リチャードはやっぱりズルをした。
最初のうちは、決めた時間よりも早めに僕を起こしに来て見張りを交替させた。
逆に僕が先に見張番のときは寝たふりをしてなかなか起きなかった。
しかし、しばらくすると、リチャードが先に見張番をする時には、時間になっても僕を起こしに来なくなった。リチャードもこれまでの行いを反省して多めに引き受けてくれているのかな、と思ったが、不安になって様子を見に行くとリチャードは見張りをしながら眠りこけていた。
そこで、僕は時々起きてリチャードを起こしに行くようにしたが、そのせいで自分の休憩時間にもなかなか安眠できず疲労が蓄積した。
ただ、そんな辛い見張番にも楽しみがあった。たまに、「よく眠れないから」と言ってソフィアさんが起き出してきて、僕の話し相手になってくれたのだ。
ソフィアさんは色々な話をしてくれた。
王都での魔導士大学の学生だった頃の話、卒業して宮廷魔導士になったが堅苦しい職場に馴染めずに2年ともたずに辞めて民間の魔導士の資格を取って冒険者になったこと、その後、冒険者として経験した様々なクエスト・・・。
ソフィアさんの話はどれも興味深かったが、それ以上にソフィアさんと二人きりで話せていることが嬉しかった。
「今夜も見張りご苦労さま。」
この日も見張りをしていると、ソフィアさんがやって来て横に座ってくれた。
「はい。ソフィアさん、お疲れ様です。」
僕は、周囲への警戒を怠らないためソフィアさんの方を見ることはできなかったが、近くからソフィアさんの匂いがしてドキドキした。
「今日作ってくれたヤキトリ・・・だっけ?初めて食べたけどおいしかったわよ。」
「ありがとうございます!タレに秘密があるんですよ。でも、クエスト用に火を通した鶏肉を持ってきて焦げ目をつけただけですので、本格的な焼鳥に比べるとまだまだでしたね。」
「へ~!あれよりさらにおいしくなるんだ~!!しかし、君が来てくれたおかげで、うちのパーティーの食事事情が大幅に改善したよ。ありがとう。」
せっかくのソフィアさんのお褒めの言葉なのに、その顔を見ることができないのが惜しい。
「ありがとうございます。盾役や剣士としても同じくらい貢献できたらよかったんですけど・・・。」
「ああ、それはそうだね。まだまだ盾の据え方も不安定だし、モンスターも仕留められてないし、もっと頑張らないと使い物にならないわね。」
謙遜したつもりなのにあっさり実力不足を認められてしまい悲しい・・・。
「そういえば、君は研修が終わったらどうするの?どこかのパーティーに属してクエストするの?それともソロで依頼を受けるつもりなの?」
ソフィアさんから聞かれたことは、僕がずっと考えていることでもある。本当はソフィアさんともっと一緒に冒険していっぱい学びたい。できればソフィアさんに実力を認めてもらってこのパーティーに入りたい。でも、現在のパーティーでの立ち位置を考えると、とてもそんなおこがましいことは言い出せない。
「まだ決めてないんです。でも、一刻も早く一人前の冒険者になりたいと思っています。だから、残りの研修期間もソフィアさんからたくさん学びたいです。」
「そうか・・・。」
そう言ってソフィアさんは黙ってしまった。
見張り中でソフィアさんの方を見ることができないため、ソフィアさんがどんな表情をしているのかわからない・・・。
もしかしてこれはチャンスじゃないか・・・勇気を出すんだ、コージロー!
「あの・・・もしよければですけど、僕が一人前の冒険者になれたら、休みの日に一緒に遊びに行ってもらえないでしょうか?」
緊張で声が震えそうになるのを必死で抑えながらそう伝えると、ソフィアさんの方からフッと息を吐くような音が聞こえた。
「遊びに行くって、どこに行くのよ?」
「あの・・・そうですね・・・、例えば集落の東の湖にお弁当を持って遊びに行くというのはどうでしょうか?」
僕がそう言うとソフィアさんは鼻で笑った。
「ハッ!それだったらクエストに行くのと変わらないじゃないの。休みの日もクエストに行くって、どんだけ仕事好きなのよ!」
「いえ、違うんです。ソフィアさんと二人で一緒に遊びに行くってところが僕にとって特別で、仕事とは全然違うんです・・・。」
「・・・・・。」
ソフィアさんはまた黙りこんでしまった。どうしよう、機嫌を損ねちゃったかな?ソフィアさんの表情を見て確認したかったが、見張りの役割を放棄するわけにはいかない。僕は必死で我慢した。
「・・・・・いいよ。」
「ほんとですか!」
ソフィアさんがポツリと言った時、僕は我慢しきれず思わず振り返ってしまった。
「ほら!目を離さない!」
「あ、すみません。」
慌てて僕は視線を戻した。
「あの、すごく嬉しいです!」
僕が前を向いたまま伝えると、ソフィアさんは手のひらで僕の背中にそっと触れてくれた。
「あくまで一人前になったらよ!頑張って精進しなさいね。じゃあ、わたしは寝るから、引き続き見張りをよろしくね。」
僕は心の中でぐっと拳を握った。ソフィアさんが触れてくれた背中を通じて僕の心が熱くなり、まだまだ頑張れる気がした。