3 ソフィアに意識させたい!
「じゃあ、研修生の歓迎と、最初のクエストを終えたことを祝して、かんぱ~い!」
「かんぱ~い!!」
僕にとって最初のクエストである東の洞窟への探索を終えて集落に戻った僕たちは、ギルド近くの酒場で歓迎会兼打ち上げを行っていた。
ナディアさん、サンドラさん、リチャードは大ジョッキのビールを一気に飲んでいるが、僕はあまり飲めないので、ソフィアさんのボトルからワインを少し分けてもらってチビチビと飲んでいる。
「いや~、しかしリチャードは優秀だな。いきなりファイヤーリザードを仕留めるなんてなかなかないぞ!!」
「いや~、あの時は苦戦しましたけど、無我夢中でいったら何とかなりました。」
もう死にかけのファイアーリザードに剣を刺しただけなのに、ソフィアさんのお褒めの言葉に何の衒いもなく、ぬけぬけと答えるリチャードを横目で見ながら、僕は黙ってチーズをかじった。
「コージローも期待しているぞ!次は何を作ってくれるんだ?」
ソフィアさんは僕の方にも声をかけてくれたが、気持ちは晴れない。
「ああ、はい・・・。じゃあ次は飯盒で米を炊きますので、カレーなんか・・・。」
「カレー?なんだそれ?初めて聞く料理だぞ?」
「ああ、僕がいた国ではポピュラーな料理で、肉と野菜をスパイスで煮込んでご飯と一緒に食べるんです。栄養バランスもいいですし・・・。」
「そうか!じゃあ、楽しみにしてるぞ!!」
ソフィアさんが楽しみにしてくれるなら、それでいいかな・・・そう思い始めた時だった。
「しかし、コージローは盾役としては細すぎるんじゃないか?もっと食べて体重を増やさないと・・・そもそも何で盾役と剣士で登録してるんだ?」
ナディアさんがビールの泡で口の周りを白くしながら話に入って来た。
「いや・・・攻撃魔法や回復魔法が使えるわけではありませんし・・・、他に登録できるジョブがなかったので・・・。」
あまりに後ろ向きな理由しかなく、僕は下を向くしかなかった。
「ああ、魔導士とか僧侶は資格がいるもんね・・・。そうだ!じゃあ、魔導士とか僧侶に適性があるか見てあげようか?手を出して。」
そう言ってソフィアさんはテーブルに両の腕の肘を置くと、僕にも同じように肘をつかせ、僕の手を両手で握った。
僕は手を握られ、しかもソフィアさんの顔が近くにあってドキドキしてしまった。ソフィアさんの手はひんやりとして、すべすべしている。
「じゃあ、まずはわたしから君に魔力を流し込んでみるからそれを感じ取ってみて。」
その直後、それまで冷たかったソフィアさんの手が熱くなり、僕の腕の中に直接熱い血潮が流れ込んできたように感じた。
「アチッ!アチチッ!!」
「おっ、ちゃんと炎の魔力を感じられたようだね。じゃあ今度は逆に君からわたしに魔力を流し込んでみて」
「う~!う~!!」
力んでみたが、僕の体から魔力は出なかったようだ。
「ハハッ!力んだってクソぐらいしか出ねえぞ!」
「ソフィア、無理だって。いきなり素人にできないよ。」
サンドラさんがあきれ顔で口を挟んできた。
「う~ん、そうかな?君の血管と、わたしの血管がこの手でつながっていて君の血をわたしの体に流し込むみたいなイメージでやってごらん。」
僕はそう言われて想像した。
今握られているこの手を通じて二人がつながっていて、僕の血潮がソフィアさんの体に流れ込むように。その時だった。
「おっ、きた、ん?フワッ・・・ヒャンッ!!ちょっと、アアッ、これなに?・・・アッ、やめて!!」
ソフィアが一瞬恍惚とした表情となると、すぐに下を向いて震え出してしまったため、僕はあわてて手を離した。
「どうしたんだよ、ソフィア?」
「なんか・・・来たなって・・・思ったら、すぐにフワッて・・・それで・・・なんか一気に・・・もってかれて・・・。」
ソフィアはまだ肩で息をしている。
「あ~、それはきっと回復系の魔力だな。濃度が濃すぎると麻酔というか、麻薬に近い効果が出ることがあるから・・・。過去に中毒者が出たこともあって、今では資格者以外が取扱うことは法律で禁止されてるし、もう二度とやっちゃだめだぞ!!」
僧侶のサンドラさんに怒られた。
「ち、ちょっとわたし・・・トイレに行ってくる・・・。」
ソフィアさんはフラフラと立ち上がると、トイレにこもってしまった。
「すみませんでした・・・。」
僕がしょげかえると、サンドラは大笑いしながら僕の肩を叩いてきた。
「ガハハッ!!すごいじゃないか!!初めて見たぞ!手を握っただけでメス堕ちさせちゃうような魔力放出なんて!お金がたまったら僧侶の学校に行ってもいいかもな!」
「いや~、あのソフィアのメス顔!!もうちょっと握ってたら、そのままいっちゃったんじゃないか!すげえな!!」
ナディアさんも大笑いしながら下品なことを言ってくる。
「あの・・・すみませんでした・・・。もしかしてソフィアさんって結婚されてます?そうだったら旦那さんに申し訳ないなって・・・。」
僕がそう言った瞬間、ナディアさん、サンドラさん、リチャードがピタリと止まった。
「なに言ってんだよ、庶民がそんな貴族みたいなことするわけないだろ!それとも、ソフィアがお貴族様にでも見えたのか?」
サンドラがゲラゲラ笑って、ビールをあおった。
ナディアとリチャードも腹を抱えて笑っている。
「そんな・・・じゃあ、好き合った人とかはどうしているんですか?」
「えっ?そらまあ、お互いの家を通い合ったり、一緒に暮らしたり・・・それで飽きたら別れるってのが普通だけど・・・、もしかしてコージローがいた国はそうじゃなかったのか?」
サンドラが驚いたような顔をしている。
「僕がいた国では、庶民も好き合った人とは結婚して、一生添い遂げるってのが普通でしたけど・・・。」
「なんだそりゃ、地獄だな~。相手に飽きても一生縛られ続けるってことだろ?俺はごめんだな~。」
リチャードは口の端をゆがめて、苦いものを飲んだような顔をしている。
「そうなんですね・・・。じゃあ、ソフィアさんには恋人というか、そういう人はいるんですか?」
何気ない僕の一言に、また3人が固まった。
「はっ?どういうことだよそれ?なに?おまえ、ソフィアに気があるの?」
急にナディアが興味津々といった表情になり、顔を近づけてきた。
「そういうわけじゃなくて・・・、あんなに美人なんだから当然いるかなって思っただけで・・・。」
僕はどぎまきしながら答えたが、その答えに3人は爆笑した。
「ソフィアが美人だって?なんだそれ、おもしろいな!どんな男が、あんなハイオークみたいな武闘派の暴力女を好きになるんだよ!目医者いけよ!リチャード、お前はどう思うよ?」
「ハハハッ、ハハッ、いや、ソフィアさんが美人かはともかく、僕だったらギルドスタッフのナミとかの方が全然いいですね~。」
リチャードは笑い過ぎて、涙を流している。
ナミさんのことは僕も知っている。
小柄でかわいらしくて、上目遣いが小動物みたいで保護欲をそそりそうなタイプだ。この世界ではそういったタイプの方が男性人気があるのだろうか。
「ちょっと・・・盛り上がり過ぎじゃないの?どうしたのよ?」
そこにソフィアさんがちょうど帰って来た。少し顔色は良くなったようで安心した。
「あのさ、ソフィア、コージローがおまえのこと好きなんだって!」
ナディアさんがいきなりぶっこんできた。やはりこの世界にはデリカシーという概念はないらしい。
スパ~ンッ!
その瞬間、ソフィアさんは平手で頭をはたいた。ナディアさんではなく、僕の頭を。
「半人前が生意気な口を聞くんじゃないの!そういう話は一人前になってから!!」
「ハハッ!じゃあ、こいつが一人前になったら可能性があるってことかよ!」
そう言って、サンドラさんとナディアさんとリチャードはまた爆笑していたが、僕は見逃さなかった。その瞬間、ソフィアが目をそらして頬を紅潮させたことを・・・・。