1 ソフィアとの出会い
異世界で専業主夫になりたい~家庭に入ってバリキャリ魔導士を支えたい~で、バリキャリ魔導士ソフィアを支える専業主夫として家庭に入った「僕」ことコージロー。彼が、どうやってソフィアの心を射止め、家庭に入ることになったのか。その前日譚をお送りします。
「じゃあ、クエストに行ってくるから!晩御飯は力が出るガツンとしたもの頼むよ!!」
ハイオークとの戦いで負傷し、自宅療養していた女性魔導士ソフィアは、リハビリを経て無事に冒険者業に復職し、今ではすっかり前と同じようにバリバリ働いている。
おかげで、家計を支えるために一時的に冒険者に復職していた僕も、元の専業主夫に戻ることができ、僕たちの生活はすっかり以前のとおりに戻った。少しの変化を除いて。
「あっ、すみません。昨夜もお伝えしましたけど、今日はギルドから頼まれて新人冒険者の研修を手伝うことになってるんです。だから夕飯は外で済ませてもらえるとありがたいんですけど。」
「え~!!それ、断れなかったの?」
ソフィアは不満そうな表情を隠そうとすらしない。
「すみません。ソフィアが療養中にギルドには無理を聞いてもらったので・・・。まあ、簡単なものだったら用意できますよ。」
「しょうがないな~!!あっ!じゃあ、前に作ってくれた、ヤキトリだっけ!あれがいい!あれなら鶏肉を焼くだけでしょ!!よろしくね!じゃあ行ってくるから・・・。」
そう言ってソフィアは玄関の扉をバタンと閉めて出て行った。
いや、焼き鳥って串をうったり、タレを作ったり結構準備が大変なんだけど・・・副菜も用意しないとだし・・・とは思ったが僕も約束の時間が迫っていたので、急いで食卓を片付け、簡単に掃除してから身支度をした。
★★
「よ~しっ!じゃあ、これから盾の使い方実践編だ!二人一組になって、交替で攻撃と防御をやってみろ!!!はじめ!!」
集落外の広場において、研修担当主任である女性魔導士のナディアが、盾を持って整列している新人冒険者の前に立ち、大声で号令をかけた。
ガスッ!ドスッ!!ドカッ!!
攻撃役が盾に向かって突進して体当たりし、防御役が盾を支えてそれを防ぐ。あちこちで体と盾がぶつかり合う音が聞こえてくる。
僕はアシスタントの一人として、新人冒険者を見て回っている。
そんな中、ひときわ小柄で華奢な女の子の姿が目についた。攻撃役の時は、盾にべちゃっとぶつかるだけで微動だにさせることができず、防御役の時は攻撃役に吹っ飛ばされて派手に宙に舞っていた。
「えっ、大丈夫なの?」
僕は思わず駆け寄って声をかけると、その女の子は地面に大の字に寝ころびながら顔を上げて僕の方を見た。その顔はまだあどけなく、10代そこそこくらいだろうか。
「め、面目ありません・・・。次はもうちょっと踏ん張ってみますわ・・・。」
その女の子は慌てて立ち上がった。その背中は泥だらけだ。
気になってしばらく見ていたが、相変わらずその子は攻撃役の時は防御役の盾をびくともさせることができず、防御役の時は一瞬で吹っ飛ばされていた。
ペアになっている屈強な新人冒険者と比べるとだいぶ体重差があるようだ。下手したら半分以下だろう。
このまま続けると危険だなと思い、僕はその女の子を連れ出した。
「ナディア、ちょっと個別講義していいかな?盾の使い方を改めて教えた方がいいと思うから。」
ナディアにそう伝えると、ナディアは僕とその女の子を交互に見てニヤリと笑った。
「いいよ~、フフッ。しっかし、相変わらず女に手が早いな~。そこの茂みなんかちょうどいいんじゃないかな?ソフィアには内緒にしといてやるから貸しイチだな!」
この世界にはセクハラという概念はない。
だからとって僕がセクハラなんかしようとするわけがない。
それでも疑いを受けないよう、二人で広場からよく見える場所に腰を下ろし、少し話すことにした。
「僕はコージロー、剣士兼治癒師をやってる。君の名前は?」
「アスカと申します。申し訳ありません。わたくしが至らないばかりに・・・。」
目の前の女の子は恐縮でさらに小さくなっている。
「ところで、なんで剣士・盾役の研修を受けてるの?いや、それ以前になんで冒険者登録したの?」
「・・・はい。親元から独立し、生活のためにお金を稼ぐ必要がありまして、でも冒険者以外にお金が稼げそうな仕事が思い当たりませんで・・・しかも魔導士や僧侶は資格が必要なようですので剣士か盾役として登録するしかありませんでしたの。わたくしが迷惑をかけているのは自覚しております。だから研修期間が終わったら薬草探しとか迷子探しとか、そういった仕事だけ引き受けようと心に決めております・・・。」
アスカの思いつめた顔や似たような境遇から、自分のことが懐かしく思い出された。
僕がこの世界に転生し、生活のために冒険者登録して、研修でソフィアに出会った日のことが・・・。
★★
「グエッ!!」
「まだまだ!もう少し押し込んでくれないと練習にならないだろ!!男のくせに情けないな!このヒョロガリ!」
広場での盾役研修中、僕は防御役のリチャードに全力でぶつかったが、あっさり組み止められてしまった。
「よ~し!じゃあ、今度は俺が攻撃役やるから、少しは粘ってくれよ!それっ!」
「どわ~っ・・・。」
「あ〜あ、もう練習になんね〜よ。誰か替わってくれよ!!」
僕はリチャードにあっさりと吹っ飛ばされて尻もちをついた。もう何度目だろう。
リチャードは、僕より頭一つ大きく、おそらく体重も30㎏以上重いはずだ。移動エネルギーは重さに比例するはずだから、僕が組み止めることなど物理法則上不可能だ。
「どうしたの?あきらめちゃうの?」
その時、しりもちをついた僕の頭上から澄んだ声が落ちてきた。
見上げるとローブを着た女性が立っていた。
「いえ、まだまだ頑張れ、いたっ!!」
僕はすぐに立ち上がろうとしたが、右足首に痛みを感じた。先ほどしりもちをついた際に軽くひねったらしい。
「ちょっとこっちに来なさい。軽い回復魔法ぐらいなら、わたしでもかけられるから。」
そう言うとその女性は、僕を広場の隅の芝生の方に連れて行き、回復魔法をかけてくれた。
「ありがとうございます・・・。えっと・・・。」
「ああ、わたしはソフィア。魔導士をしてるわ。」
「ありがとうございます。ソフィアさん・・・僕はコージローです。」
僕が思わず目をそらしてしまったのは、ソフィアさんのあまりの美貌を正視できなかったからだ。
キラキラ光るエメラルドの瞳、透き通るような肌、艶があってまっすぐな黄金の髪。
この世界で出会う女性がすべて美形ばかりで驚いていたが、ソフィアさんはその中でも抜きん出ていた。
「ああ、さっきのこと・・・。確かに君はひょろひょろだし、虫けらのように吹っ飛ばされて地面に這いつくばって、男のくせに力もなくて情けないやつだと思ったけど、それをわたしに対して恥ずかしがる必要はないわよ。」
ソフィアさんは僕が目をそらした理由を勝手に解釈したようだ。しかし、この世界にはデリカシーとかそういう概念もないのだろうか・・・。
「体格差がありますし、仕方ないですよね。」
僕が何気なくそう言うと、ソフィアさんの顔が急に険しくなった。
「なに言ってるの?たしかに体格は一つの要素だけど、あなたの問題は技術よ。ちょっと立ちなさい!!!」
ソフィアさんは僕を立たせると僕の盾を持って構えた。
「よしっ!じゃあ、ぶつかってきなさい!!」
ソフィアさんは構えたが、僕はためらった。僕も体が大きい方ではないが、それでもソフィアさんより一回りは大きい。体重も僕の方がだいぶ重いだろう。本気でぶつかったら、それこそ吹っ飛ばしてしまう。僕はおそるおそる体当たりした。
「ちょっと!!女だからってなめないでよ!思い切って来い!」
ソフィアさんの声が一段と厳しくなったため、思い切ってぶつかった、あ~あ、吹っ飛ばしちゃっ・・・、と思った瞬間、宙に舞っていたのは僕の方だった。
「????」
「わかった?これが技術よ!」
地面に這いつくばった僕を、ソフィアさんが仁王立ちで見下ろしていた。
それからソフィアさんは丁寧に技術を教えてくれた。力を受け止めるのではなく、ぶつかる瞬間に打点をずらして、力を受け流すための技術を。
「いい?そもそもほとんどのモンスターは人間よりも大きくて力が強いのよ。だから力で受け止めようとしちゃだめ。相手の力の流れを変えてやるだけでいいのよ。上達すれば、受け流すだけでなく、突進力を利用して投げ飛ばすこともできるようになるから工夫してみなさい。」
そう言ってソフィアさんは颯爽と去って行った。
その後、リチャードと盾役の練習を再開した。
いきなりソフィアさんに教わった通りできたわけではないが、それでも先ほどまでみたいに一気に吹っ飛ばされることはなくなった。