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王様を泊める

作者: 後谷戸隆

 上司に呼ばれて耳打ちされる。


「ちょっときみんところに「王様」を泊めてやってもらえないかい」


「なんかの比喩ですか?」


「だったらよかったんだけど、本物の王様だよ」


 聞くと、会社の取引先の王様がやってきたのだけれども、趣味で庶民の家を体験したいのだというのだ。


「そういうわけだからくれぐれもそそうの無いように頼んだよ」と肩を叩かれて、振り返ると王様が突っ立っていて、ニカッと微笑みかけてくるではないか。


 なにやら着ているものもキラキラしており、たしかに王様といった風情である。その上、姿勢がきれい。


「ま、マイネームイズ……」


「日本語できます。ご苦労を掛けますが、よろしくお願いします」と頭を下げる王様、意外と腰が低いらしかった。


 上司の命令とあっては仕方がない。おれは王様を連れて自分のアパートに帰ることにする。


「王様、ご飯どうしますか」


「ご飯、コンビニ弁当を食べます」


「王様もうちょっといいもん食ったほうがいいですよ」


 それでもコンビニ弁当が食べたいというので「チキン南蛮弁当」を買って帰った。


「本当にもっといいもん食ったほうがいいですよ」


「いいのです。「郷に入っては郷に入れ」ということわざもあるではありませんか」


 そんなことわざはない。


 弁当の入ったコンビニ袋をぶら下げて我が家に着いた。


「ここが我が家です」


「おお、狭いながらも楽しい我が家ですね」


 足の踏み場もないので床に落ちているゴミを片付けて王様を招き入れ、それから他人が座るための椅子なんてもんはないから仕方なしにおれの給料袋のようにぺらぺらの座布団を用意してそれに座るように言う。


「座布団でございます」


「ザブトン。知っています。布団の小さくなったやつ」


 王様はなんだか楽しそうに座布団に座るのだった。


 しかし相手が王様だろうとなんだろうとお互いをよく知りもしない成人男性二人がこんな狭い空間に押し寿司みたいにみっちりと座っていたって息が詰まるばかりである。


「王様、ゲームでもしましょう。花札です」


「わお。賭け事、大好きです。あなたのお金をふんだくってやります」


「いける口ですね」


 それで王様の財産をぶんどってやろうと花札を始めたのだけれども、王様はギャンブルのセンスがあるのか全然勝てなくて、おれのお小遣いがどんどん目減りしていくばかりなのだ。


「ほい、猪鹿蝶」


「やってたでしょ、王様、花札」


「断じてはじめてです」


 それでもなんとか巻き返して最終的にはちょっとだけおれが買った。油田でももらえるのかなと思ったけれども王様は渋い顔をして、


「油田はだめです」と言った。そりゃそうだ。


 ご飯を食べることにして、電子レンジで王様のチキン南蛮弁当を温める。


「チキン南蛮弁当、美しさがあります」


 と蓋を取った弁当の中の、蛍光灯の光を跳ね返す真っ白なタルタルソースの美しさを見ながら王様。


「まさに「掃き溜めにゴミ」ですね!」


 それではなんのことかわからない。


「ツルです、王様」


「あなたは掃き溜めのツルですよ」と王様がおれの方を見ながら言うのでなんだか照れてしまう。こういう人たちは誰かが喜ぶであろう言葉をためらいもなく言えるのだなあという気がした。


 夜も更けてきた。布団を縦に並べて寝ると、おれの部屋は交差点のそばに位置しているものだから、窓の外から青信号の光が射し込んできて、部屋の中が幻想的な緑色になった。


「美しいナイトランプです」と王様。


「でもカーテンがほしいところ」とまぶしそうに目を細める。


 我が家にはカーテンなどという文化的なものはないのだ。「慣れれば寝れますよ」と促すと、


「うーん、やはりカーテンがほしいです、持ってこさせます」と王様が言い、どこかに電話をするとSPみたいな人がカーテンを持ってきてくれた。


「花札の賭け金です。プレゼント、フォーユー」


「どうも……」


 その、なにやら複雑な刺繍の施された高そうなカーテンをフックに取り付けていると、カーテンからおれの知らない匂いがして、ああこれは王様の母国の匂いなのかなと思った。


 カーテンを閉めると部屋の中は真っ暗になった。闇の中に、カーテンの匂いが少しずつ、部屋の隅々にまで染み渡っていくのだった。


 


 翌朝、目を覚ますと王様はもういなくなっていた。


 置き手紙に、母国で事件があって、王様は急いで帰らなくてはならなくなったという事情が書いてあった。「急に泊めてもらって感謝します」、とたどたどしい日本語で書いてあったのだった。


 以来、友達を我が家に呼ぶたびに、


「そのワンルームのアパートにあるまじきペルシャ絨毯みたいなカーテンはなんなんだよ」と突っ込まれるけれども、本当のことを言ったってきっとわかってはもらえないだろうなと思いながらも、


「王様からもらったんだよ」と答えていた。


「匂いを嗅いでみ」と言って、カーテンに残っている王様の母国の匂いを嗅いでもらっている。


 けれども、それも徐々に薄くなっていって、そのうち王様に会ったことも、チキン南蛮を食べたこともみんな、夢だったんだろうなと思う日が来るのだろう。


 元気にしてるかな。王様。

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― 新着の感想 ―
えっ、どうしよう…この王様、なんか好きです…諺があと一歩というちょっと惜しいところも可愛いし、なんか善良そうでほんのり愉快なところも好きです。 相手が取引先の王様でも気負わずに接してアパートに連れ帰っ…
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