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第一章 ◆七頁◆


「今からいくつか質問するけれど、答えたくなかったら答えなくて良いからな、零六式。」


『式でいいです………』


「ん?」


『呼び方、式って呼んでほしいです。』


「そうか、わかった。式のその姿は何歳の時の姿だ?」


『十五歳、私が死んだ当時の年齢です。中学卒業直後の出来事だったので………』


「じゃあ、俺の歳とは一つか二つ違いだな。でも、時代によっては式の方が年上になるのかな?」


『私の時間はもう止まっていますから、永遠の十五歳ですよ。だから、近馬さんの方が年上ですね。』


くすくすと小さく笑いながら式は自虐気味に言った。

だんだんと心を開きつつあるのだろう。


「この廃墟って当時は何が建っていたんだ?結構な広さはあるし、待ち合わせにも選べるような場所なんだろ?」


『図書館、私立図書館です。私がよく通っていた場所でしたから、ここを選んでくれたんだと思います。』


「図書館か。本が好きなのか?」


『はい、特に小説は大好きです。自分の頭の中で、読んでいる場面を想像するんです。』


その当時を思い出しながら喋っているのだろう。

表情が懐かしさに浸っている。


『ファンタジーはわくわくしますし、ホラーはぞくぞくします。そして―――私が一番好きだったのは恋愛小説………どきどきするんです。恋愛経験なんて少なかったですし、デート経験も無かったです。告白なんて夢にも思わなかった………』


「………式?」


近馬が式の顔を覗き込むと、涙を浮かべていた。

決して流れることの無い涙を。

幽霊は表情はあっても、涙や汗を流すことは出来ない。

思いの塊、想いの塊、念いの塊、つまり記憶の塊だからだ。


『涙を流せないのに泣くなんて変ですよね………こういう時に幽霊だってことを実感できます。』


「式は泣けるんだから良いじゃないか。"心が在る"って証拠なんだ。それが、たとえ記憶の中の心でもな。」


『近馬さんは優しいですね。私なんかの為に勿体ないですよ………』


「質問の続きは泣き止んでからな。」


近馬は式の頭に自分の手を乗せた。

もちろん、幽霊に実態は無いのだから乗せる真似事だ。


「良いですね、あれ。」


離れたところに宵太と一緒に座っている、というか単にサボっている冷が呟いた。


「自分もやりたいですよ。御柳先輩相手にやっても良いですか?」


「断固拒否だ。それよりも冷や麦、近馬を見ていてくれ。僕は周りを探索してくるから。」


「了解です。何か探し物ですか?」


「まあ、ちょっとね。」


曖昧の返事をして宵太は外に出ていった。

冷は宵太に言われた通り、近馬から目を反らすまいとじっと見つめた。

これは憑依されないようにする為でもある。

極めて稀にだが有り得ることなのだ。

それは、幽霊側が無意識に起こす場合もある。

だが、基本的に離れたところから見なくても良いので、単にサボっているのと同じである。


『もう大丈夫です、泣き止みましたから。次の質問はなんですか?』


「式はどうしてこの廃墟に留まり続けているんだ?"相手を待っている"と言ったが、本当の理由はなんだ?」


『え………?それは、どういう………』


「先程、式は泣いたよな?それは悲しかったからだ。でもそれは、"待っても来なかったから"じゃないのか?」


『それは………』


「ああ、ごめんな。答えたくなかったら答えなくて良いからな。質問を変えようか?」


『確かに、近馬さんの言う通りです。相手の人は閉館時間間際になっても来てくれませんでした………私は裏切られた、そう思うと自然に身体が動き、自殺してしまったんです………』


事故でも事件でもなく、自殺。

式はいわゆる地縛霊というもの。

その地に縛られ動けぬ霊。

自ら成仏することはなく、負の溜まり場の原因にもなり易い。

だから七士の仕事なのだ。


「もし、俺がその相手の代わりをした場合は式はどう思う?真似事みたいなものだから、やっぱり怒るか?」


『そんなことされたら………泣いてしまいます………』


「泣く?」


『はい………嬉しくて、泣いてしまいます………』


既に涙を浮かべ、しかし、それでも嬉しそうに笑っていた。

とても儚げで、純粋で、無垢で、それでも普通の少女と変わらない笑顔だった。


「では、俺と一緒にここから出よう。この―――図書館から。」


『はい………』


式と共に、近馬は先程通った出入口に向かう。

式が地縛霊から解放されていれば、出ることが出来るからだ。


『………手を握っても良いですか?』


「もちろんだ。」


『暖かい………』


もちろん、握る真似事だが、それでも式は嬉しそうだった。


「ほら、出口だぞ。」


『私、今とても幸せな気分です。』


「そうか、良かったな。俺は式が悪霊にならなくて良かったぞ。」


「近馬、ご苦労だったな。後は俺様の仕事だ。ほら、早く出てこいよ。」


近馬は外に出ると同時に、七士に引っ張り出されて転んだ。

続いて七士は式のことも引っ張り出した。

真似事でなく、まるで実体が在るかのような扱いで。


『え?き、きゃあ!』


「どうやら地縛霊からは解放されたみたいだな。んんん?ほぅ、なるほどねぇ。近馬よう、てめぇは本当にお人好しだなあ。このお嬢さんがてめぇに、ねぇ。」


くくく、と嫌な笑い声を出しながら七士が近馬に言い放った。

近馬は疑問符を浮かべた表情で式の方を見た。

式は目のやり場に困っている感じだった。


「まったく、面倒だな。地縛霊からは解放されたらしいが、近馬に"取り憑いている"ぜ。まあ、憑依とは違うから問題は特に無いがな。近馬、てめぇが責任持って面倒見ろよな。」


「そんな、捨て犬を飼うように言うなよ、緋鳥ん。面倒見るって何をするんだ?」


「何ってそりゃあ………悪霊にならないようにだよ。後は出来るだけ早く成仏させてやれよ。じゃあ、またな。」


それだけを言って七士は帰ってしまった。

自分勝手、身勝手、手前勝手、どれも意味は同じだが全部当てはまる、それが緋鳥七士だ。

それでも、やるべき事はやるのだが。


『近馬さん、ごめんなさい。本来なら成仏すべきなのに………』


「そんなこと気にしなくていいぞ。」


『近馬さん、優しいですね。私、少し積極的になろうと思います。』


「し、式?」


唇を重ねる真似事をしながら式はこう言った。


『どうやら私、近馬さんに惚れてしまいました………』

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