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第一章 ◆五頁◆


「妹ちゃん、儂にもちゅーしてくれぬかのぅ?弟くんだけずるいんじゃよ。」


「よみに追いつけたら良いよー。」


居間の中でとたとたと走り回る黄泉と夜凪。

宵太はそんな二人を見て、いつも通りの変わらない光景に溜息を吐いた。


「僕は部屋に行っているからな。」


聞こえているかは定かでは無かったが、それだけ伝えて宵太は自分の部屋に向かった。

ちなみに、二階の一番奥の部屋だ。


「御柳宵太、キミはどうやら充実した一日を送れているようだね。キミの顔が教えてくれているよ。」


宵太が部屋に入ると、開け放した窓の外の大きな木の枝に腰掛ける女性―――東雲斗乃(しののめ との)がニッコリと笑いながら話しかけてきた。

灰色のような長い銀髪をなびかせてはいるが、どこか中性的な雰囲気がある女性だ。


「斗乃さん、それって不法侵入とかになりませんか?」


「ここは誰の所有地でもないからね、心配ないさ。そこら辺は浮浪者のボクだからこそ弁えているのさ。」


手を延ばしては手頃な枝を結び遊びながら、斗乃は言葉を続ける。


「あくまでボクの予想だが、御柳宵太、キミの充実の要因は下の階で走り回っているお茶目な姉妹のおかげなのかな?それとも、学校の友達のおかげなのかな?」


「どちらとも、もしくはどちらでもないと言えますね。充実というよりは疲れた感じですし。」


「そんなことを言ってはだめだな。キミはどうして、否定的、被害的、悲愴的になるのさ?ボクから見れば、御柳宵太、キミの姿は幸せにしか見えないよ。」


ニッコリと話す斗乃。

優しい笑顔と、優しい言葉で、優しく接する彼女は、先程自分でも言っていたが浮浪者だ。

定住しない旅人、自由奔放な常識人、それが東雲斗乃。

二十歳近い女性の生き方としてはかなり珍しいだろう。

いや、人の生き方に珍しいも何も無いのだけれど。


「ところで、斗乃さん。今日は僕に何かご用でもありましたか?」


「用って程じゃあないさ。ただね、御柳宵太、キミと将棋を指したくなっただけさ。ボクの相手をしてくれるかな?」


「もちろん、お願いします。」


では、と言って斗乃は着ているコートから折り畳み式の将棋盤と駒を取り出した。

ちなみに、何故か男性用コートだ。

理由は『性別という固定概念は嫌い、服装くらいボク好みでいいじゃないか。』というもの。


「対局、よろしくね。」


「僕の方こそ、よろしくお願いします。」


窓際のスペースに置き、窓の内と外で指し合うという妙な光景だ。

しかし、斗乃は決して家へは上がろうとはしない。

浮浪者とはいえ身なりは綺麗なのだが、頑なに拒否し続けるのだ。


「ところで、」


第二局目を開始したところで斗乃が口を開いた。

対局といっても遊びのようなものだ、問題はないだろう。

ちなみに、第一局目は斗乃の勝利だった。


「木薙芙和、彼女とはどうなのかな?」


「芙和とは仲良く過ごしていますよ。今日なんて、おっさんのおかげで可愛らしい芙和を見れましたよ。」


「そうか、聞く必要も無かったな。キミの顔が教えてくれているからね。」


パチン、と小気味良い音を立てて駒を指していく。


「斗乃さんは何かありますか?日常の変化とか。」


「ボクには何も無いさ。良くも悪くも、ね。キミたちみたいに日常を過ごしてはいないからさ。だからボクには、何も無い。」


「そうですか。」


その後はお互いに無言で駒を指し続けた。

第三局目を終えた時点で、斗乃の三連勝。


「またボクの勝ちだね。御柳宵太、キミとまた対局できる日を楽しみに待っているさ。」


「僕の方こそ楽しみにしています。僕が斗乃さんに勝つまでは違う場所に行かないで下さいね。」


「ボクは気ままな浮浪者さ。不確かな約束は出来ないけれど、キミたちのことは気に入っているのさ。だから、とりあえずは了解と言っておくさ。」


斗乃はニッコリと笑いながらそう言って、コートに将棋盤を仕舞うと木から飛び降り、どこかへ去っていった。


「宵兄、助けてー!」


「待つんじゃ、妹ちゃん!」


部屋の扉を勢いよく開きながら、下の階で追いかけっこをしていたはずの姉妹が入ってきた。

黄泉はそのままの勢いで、宵太に抱き着きベッドに倒れ、その上から夜凪が抱き着いた。


「な…何?僕に何か用か?」


「夜凪ちゃんが襲い掛かってきたんだもん。だから宵兄助けてー。」


「ほらほら、妹ちゃん。捕まえたのじゃからちゅーするのじゃ!」


「うぅ………宵兄ー………」


「してやればいいじゃないか。僕には平気でするんだから、夜凪にも出来るだろ?」


二人に乗られながらも、普通に会話する宵太。

言ってしまえば、これですらいつも通りだ。


「もう…しょうがないなー。」


ちゅう。


黄泉は振り返って夜凪の頬に唇を付けた。


「………って、ほっぺかい!儂には口にしてくれぬのか?」


「しないよー。」


「そんな無邪気な笑顔で答えられると、何も言えぬのぅ………」


「それよりも僕の上から早く降りてくれ!」


仲が良すぎる程、仲の良い兄弟姉妹だ。

特に夜凪と黄泉は異常な程だ。

それが宵太としては悩みの種でもあるのだが。


「あ、そういえばね宵兄にお客さんが来てるのー。」


「こんな時間に誰だ?」


「芙和ちゃんじゃったぞ。」


「なんだと!」


宵太はすぐさま玄関に走って行った。


「あ………嘘じゃったのに。」


もちろん夜凪の声が宵太に聞こえるわけが無かった。


「お、御柳先輩、夕食時かもしれないと思いましたが、杞憂でしたか?」


玄関に居たのは、一つ下の後輩、比名麦冷だった。


「あれ?冷や麦?芙和じゃないのか?」


「そんな………自分より木薙先輩の方が嬉しいだろうけれど、あからさまにがっかりされると傷つきますよ。」


「弟くん、さっきのは嘘じゃからな。」


「もう、宵兄慌てすぎだよー。」


階段を下りてくる二人を見て、どうやら状況を理解した宵太。

とりあえず姉妹には頬を引っ張り制裁を加えた宵太。


「宵兄、放してよー。よみは嘘言ってないのにー。」


「無駄じゃよ、妹ちゃん。弟くんは儂らが手を組んどるのを御見通しなのじゃ。」


「宵兄は超能力者だったのかー。レベル7なのかなー?」


「そうじゃとしても、『絶対可憐』にはなれないじゃろうな。」


「宵兄は男の子だもんねー。」


頬を引っ張られながらも反省の様子が見られない姉妹だ。

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