第五章 ◇六頁◇
「いやー、木薙先輩の巫女服姿は良かったな。写真を撮りたかったけれど、御柳先輩に怒られてしまうもんな」
冷は一人で家に向かいながら、独り言を言っていた。
軽くスキップをしながら歩いていると、見覚えのある銀髪の女性を見つけた。冷は手を振りながら、その人の名前を呼ぶ。
「お久しぶりです、斗乃さん」
「キミは……ああ、比名麦冷か。御柳宵太たちの後輩だよね?こんなところで何をしているのかな?」
「家に帰る途中ですよ。先程までは御柳先輩たちと一緒にいたんです」
「そうか。キミとボクが出会ったのは少ないのに、ボクのことを覚えていてくれて嬉しいよ。しかし残念だ。ボクは近々この辺りから姿を消す予定なんだ」
「どうしてですか?」
「そうだなあ……詳しくは話せないけれど、最近の通り魔事件に関係することで、ね」
「通り魔事件ですか……」
冷は少し考えて、また口を開く。
「先日、僕たちが通う高校のオーナーが、殺されてしまったんです。それも通り魔の仕業なんでしょうか?」
「確かなことは言えないけれど、可能性は有るかもね。ボクは探偵でも警察でもないから、捜査をするわけではないけれど――ボクが居なくなれば、その事件は解決したも同然さ」
「それは、どういう意味ですか?」
「言葉通りの意味だよ。それ以上の意味は含んでいない。それと、これは忠告なんだけれど、キミたちの日常を壊したくないとするのなら、下手に首を突っ込まない方が良い。好奇心や正義心で動いていると、身を滅ぼしてしまうからね。キミたちは、まだギリギリのところで日常の中に居るんだ。それ故に危険なんだけれど、決して非日常や奇異日常の中に足を踏み入れてはだめだ」
冷の頭にぽん、と手を置いて斗乃は言う。優しさが篭っている言葉だが、同時に強い言葉だった。
「ボクはこれで失礼する。もう、会わないかもしれないけれど、出来ればキミたちにはボクという存在を忘れないでいてほしいと思う。じゃあね、比名麦冷」
そう言うと、斗乃はバイクに跨がって走り去っていった。すぐに姿が見えなくなり、そこには排気の匂いだけが残っていた。
「不思議な人だ」
冷は静かに呟いて、家へと歩き出した。
冷が帰ると、エプロンを着た七士が迎えてくれた。
「今日は俺様のオリジナル料理シリーズだ。その名も、カレースープチャーハンピザ風味だ」
「結局、何の味なんですか?」
「んなもん知らねぇよ。てめぇで食って、てめぇで判断しろよ」
「わかりました。それでは、いただきます」
冷が目の前の物体をスプーンですくい、口の中に入れた。ゆっくりと咀嚼をして、味を確かめる。
「不思議な味だ。名前のどれにも当て嵌まらない。この味は……あれだ。ビビンバの味がする」
「で、美味いのか?」
「まあ、おいしいですよ」
「そうか。それなら良かった。これで俺様も食えるってわけだ」
「僕は毒味役ですか?」
「当たり前だ」
ここに御柳先輩が居れば、ツッコミまくりなんだろうな。
冷はそう思いながら、七士の言動を無視して、そそくさと食事を終わらせた。そして、部屋に戻ろうとしたところで、七士に声をかけられた。
「おい、冷。今夜は美恵留のところに泊めてもらえ。天さんに迷惑をかけんなよ」
「わかりました。緋鳥先生は何処かに出掛けるんですか?」
「うるせぇ。早く行けよ」
「わかりましたよ。でも、帰って来たら教えてくださいね」
「あー、わかったわかった。わかったから早く行け」
言われるがままに、冷は部屋に戻っていった。七士は「まずい」と言いながら自分の作った料理を口に運んだ。
「美恵留はまだ起きているのかな?」
いろいろと事を済ませて、時刻は深夜二時過ぎ。部屋の明かりは点いていなかったが、窓は開いていたので構わず跳び移った。
「美恵留?起きてる?」
暗闇に呼び掛けながら、次第に目が慣れるのを待った。
しかし、目が慣れるより先に、冷は押し倒された。焦りながらも、冷は抜け出そうとする。が、しっかりと押さえ込まれている為に、身動きすら出来なかった。
「なーんちゃって。びっくりしたかい?」
その存在は冷から離れると、部屋の電気を点けた。急に明るくなった部屋に瞳の明暗順応が追い付かず、目を細める冷。なんとか、その人物を確かめながら、呆れたように呼びかけた。
「いきなり何をするんだ?美恵留」
その人物、天里美恵留を見ながら、先程のことを問う。それに対して美恵留は、楽しそうに笑いながら答えた。
「あんたを押し倒したらどういう反応をするのか見たくてねぇ。まあ、予想していた通り、何もおもしろくなかったけれどさ」
「美恵留じゃなかったらちゃんと興奮していたよ」
「襲われそうなのにかい?」
「当たり前だ。僕は相手が殺人鬼だろうが、絶世の美女だろうが、奇跡のロリ少女だろうが、狂ったゲイだろうが、僕の許容範囲であれば興奮するのさ」
「あたしは当て嵌まらないのかい?」
「美恵留はそういう対象から外れているからな。企画外だし」
「あたしも女の子として見てほしいもんだねぇ、まったく」
「何を言っているんだ?美恵留はちゃんと女の子だよ。胸も大きいし、腰も括れているし、お尻だって良い形をしているじゃないか。まあ、それが日々のトレーニングの賜物だとしてもさ。中身さえらしくすれば、美恵留は女の子らしい女の子になるよ」
「セクハラだよ」
「僕は正直に言っただけだよ」
「だから、冷自体がセクハラなんだよ」
「僕の存在を全否定する気か!」
「まったく、あたし以外の女の子だったら、ドン引きしているよ。あたしだから平気なんだからねぇ」
「美恵留にツンデレは似合わないよ」
「それもそうだねぇ。ツンデレは木薙ちゃんが一番良いねぇ」
「その木薙先輩の巫女服姿を、見てきたよ。すごく良かった!思わず鼻血を吹いてしまった」
「あんた、自重しないと捕まるよ?」
「それで捕まるのなら本望だ」
いつもと変わらない会話をしながら、二人はいつの間にか眠りに落ちていった。
宵太と芙和も既に寝ていて、依奈と近馬はそれよりも早く寝ていた。
そして、夜明けに近付く時刻に、別の場所で人知れずに事は起きた。
それは、夜と朝の境、東の空が明るくなる明け方、あけぼの――そして、東雲と呼ばれる時間帯だった。