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第五章 ◇二頁◇


「暑い……です」


 休校が決まった翌日、依奈はそう呟きながら、ゆかりと喫茶店ホーリーに向かっていた。本来なら休校中は自宅待機なのだが、何もしないのは性に合わないということで、真人にお願いしてバイトをすることにした。しかし、自宅待機とされているのに、バイトを許可するのは些か問題になりそうなので、ある提案をしてきた。


「どうかな?休校中は泊まり込みでバイトっていうのは?もちろん、働き詰めってわけじゃないから安心して。それと、依奈ちゃんが泊まり込みになると、ゆかりさんが一人になっちゃうから、良かったら一緒においでよ」


 それを電話越しに聞いた依奈の反応は凄まじかった。真人が目の前にいたら抱き着いていただろう。

 そして、今に至るわけだ。


「依奈さん、大丈夫ですか?まだ家を出て間もないのですが」


 ゆかりが大きめの白い帽子を被り直しながら、心配そうに聞く。依奈は荷物を重そうに抱えながら、ふらふらと歩く。


「うちは暑いのが苦手ですもん」


「冬になれば寒いのが苦手というじゃないですか」


「そうですけど……暑さで背が縮んじゃいます」


「それでは、夏が終わる頃には小人サイズですね。また、宵太さんにからかわれてしまいますね」


「ゆかりちゃん、なんだか楽しそうですね。どうしてです?」


 依奈が聞くと、あからさまに動揺しながら、ゆかりは首をぶんぶんと横に振った。その勢いで帽子がずれ、また被り直す。


「単に久々のお泊りだからですよ」


 それだけです、と言うと顔を背けてしまった。依奈はそれ以上は何も聞かず、暑さに耐えながら歩みを進めた。

 しばらく歩き、信号待ちをしていると、ゆかりが反対側に立つ人を見つけた。その人は夏になるというのに、厚手のコートを着ていた。


「依奈さん?あのコートを着ているのって、近馬さんじゃないですか?」


「え?」


 確かに、遠目からなのでよくは見えないが、近馬にそっくりだった。しかし、いくら近馬が変人といえど、この暑い中コートを着るなんてことはしないだろう。しかし、一応すれ違う時に声を掛けることにした。


「柊くんですか?」


「あん?」


 その男はぎろりと依奈を睨み返してきた。ゆかりは反射的に依奈を自分の背中に隠しながら、その男に向かって言葉を放つ。


「な、なんですか?人違いをしてしまったことは謝りますが、いきなり人を睨むなんてどういうことでしょうか?」


「別に俺は睨んだつもりはない。もし、そのような風に思ったなら謝る。すまなかった。生まれた時からの癖なんだ。嘘だけど。ところで、俺を誰と見間違えた?」


 その男は睨んだように見ながら質問してきた。まるで、獲物を見ているかのような、攻撃的な視線だった。依奈はゆかりの後ろで震えたままなので、代わりにゆかりが答えた。


「近馬さんといって、この子の恋人です。といっても、似ているのは容姿だけで、雰囲気も言葉遣いも全然違いますが」


「くっくっくっ、人違いをしたばかりだというのに、言うねー。お姉さんに惚れてしまいそうだ。嘘だけど。ん?柊……近馬……んー?」


「知っているのですか?」


 ゆかりが聞くと、ぎろりと睨みながら唸り、考える素振りを見せた。そして、わざとらしく手の平をぽんと叩き、


「うん、知らない」


それだけ言うと、背中を向けて去って行った。歩行者信号が点滅を始めたので、ゆかりも依奈を連れて横断歩道を渡った。

 男はゆかりたちを振り返りにやりと口元を緩ませた。


「嘘だけど」


その言葉はゆかりたちに聞こえるはずもなく、しかし、確かにそれは二人に向けた言葉だった。

 喫茶店に着く頃には依奈もいつも通りの調子を取り戻していた。


「店長さん、ふつつか者ですが、よろしくお願いします」


「まるで、依奈ちゃんがお嫁に来たみたいだね」


「おおお、お嫁さん!そ、そんな急に結婚だなんて」


「言っていないですから。真人さん、うちまでお呼び下さり、ありがとうございます。お家のお手伝いはもちろん、お店のお手伝いも喜んで協力致します」


「いや、そんなつもりで呼んだわけじゃないから、ゆっくりしていてよ」


「いえ、うちも遊びに来ているつもりではないですから。お手伝いさせてください。それとも、ご迷惑になりますか?」


「そういうわけじゃないけれど……困ったなあ」


 真人が頭をぽりぽりと掻きながら、どうしようか考えていると、自分の世界に入っていた依奈を連れ戻し終えた近馬が口を開いた。


「手伝ってもらえば良いじゃないか。ゆかりんがそれで納得しているんだから、真人が拒否し続けるのは失礼だぞ?」


「うーん、じゃあ、お願いするよ」


「はい、わかりました。近馬さん、よろしくお願いしますね」


「こちらこそ、よろしく」


 ゆかりはぺこりと頭を下げると、近馬をじっと見つめた。


――やっぱり似ている。


「ん?どうした?」


 それに驚いた近馬が聞くと、ゆかりは少し考えた後、先程のことを話すことにした。

 話し終えると、近馬の表情は曇っていた。相変わらず、依奈の頭を撫でてはいるが、心此処に在らず、といった感じだった。


「その男は、確かに俺に似ていたんだな?」


 近馬はもう一度確認するように、ゆかりに聞く。


「はい。ですが、先程も説明した通り、似ているのは容姿だけ。雰囲気も言葉遣いも全然違いますよ。何より、依奈さんが怯えていたので」


「見た目は近馬くんなのに、別人です。近馬くんにもあんな風に見られたらって考えると、怖いです」


 近馬は大丈夫だ、と言わんばかりに依奈の頭をひと撫ですると、ふぅと溜息を一つ吐いた。


柊遠馬(とおま)


 何の前触れも無しに、近馬が口にした名前に二人は、当然首を傾げた。


「それがそいつの名前だよ。たぶんな」


「近馬さんのお知り合いですか?」


 そのゆかりの質問に答えるように、一枚の写真を取り出した。

 そこに写っていたのは、幼い頃の近馬が二人。正確には片方は近馬本人だが、もう片方は近馬そっくりの子供。見分けがつかない程そっくりで、無邪気に笑っている写真。


「わあ、小さい頃の柊くんかわいいですね!」


「依奈さん、注目するのはそこじゃないですよ。近馬さん、つまりこれって?」


「まあ、説明するまでもないが、柊遠馬は俺の兄弟だ。俺の双子の兄だな。そして、二年前に両親を殺した容疑者でもある」

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