第四章 ◇十頁◇
そして、膠着状態は解かれた――不協和音のチャイムと共に流れた、機械を通して流れる声によって。
『それまで!今日の鬼ごっこは終わりですので、各自、生徒及び教師はご帰宅ください。尚、チャイム後に捕まった方は無効となり、まだ逃げる権利はありますのでご安心ください。では、また明日もやりますのでゆっくり休んでくださいね。以上、天上院家唯が独占、天上院唯がお伝え致しました』
「ちっ、今日は終わりだとよ。また明日な、美恵留とその他」
「出来ればあんたには会いたくないけれどねぇ」
「つーか、僕たちの存在がその他で片付けられた件についてどう思いますか、芙和?」
「私たちは何もしていないから妥当じゃないかな」
「……だよねぇ」
「なんだか、今回の天上院先輩の立ち位置っておいしいですよね。傍観者というか、全てを掌握している魔王的な存在みたいですし」
「お嬢様ちゃんとしては、今の冷の表現じゃ不本意だろうねぇ。まあ、そんなことはどうでも良いとして、早く帰ろうじゃないか」
「帰るとしても部室に荷物を取りに行かないとな。あと、近馬と依奈を探さないといけないし」
「それなら大丈夫みたいだよ、宵太。ほら、あそこ」
芙和の指差す方向、廊下の向こうから二人は歩いてきた。いや、正しくは近馬が依奈をおんぶしながら歩いてきたのだが。
「おー、みんなも捕まっていないんだな。お疲れお疲れー。俺も綾杉も無事だぞ」
「近馬、今までどこにいたんだ?僕たちは必死に戦っていたんだぞ」
「宵太、嘘はだめだよ。頑張っていたのは天里さんで、私たち見ていただけ」
「捏造失敗。で、近馬たちはどこに?」
「俺たちは中庭でのんびりしていた」
「てことは、柊。あたしが緋鳥とバトル漫画並に派手にやっていた時に、あんたは綾杉ちゃんとのんびりしていたと言うのかい?」
ずい、と前に出てきた美恵留に怯みながらも、近馬は頷きながら答えた。
「まあ、そうだな。鬼である教師たちが何度か通ったが、スルーしていった。唯一反応を見せたのがおっちゃんだったが、何かぶつぶつと呟いて去って行ったんだ」
「そうか、先輩たちはまだ知らないですよね。この鬼ごっこは鬼もペアで、狙う生徒もグループ分けされているんですよ。ちなみに、僕たちを担当する鬼は緋鳥先生と天さんです。黒服の二人はフリーなので気をつけてください」
「そんな情報があったのか。あ、そうだ。美恵留んに聞きたいんだが、おっちゃんが『美恵留ちゃんと敵対なんてしたくなかったのに……』って、言っていたんだが、何かあったのか?」
「別に何も無いけどねぇ。天が個人的に悩んでいるだけだよ。帰ったらフォローをしておいてあげるさ」
手をひらひらさせながら言うと、美恵留は部室に向かっていった。冷が何か言おうとしていたが、結局何も言わずについていった。
荷物を取りに行き、それぞれ帰路についた。やはり、いつもと同じく冷と美恵留、近馬と依奈、宵太と芙和の組み合わせだ。依奈は結局眠ったままだったので、近馬がそのまま連れて帰った。今日もまたお泊りなのだろうか。
他のメンバーと別れた後、美恵留は何か言いたそうにしている冷に聞いてみた。
「冷、言いたいことがあるんだろう?あたし以外に誰もいないんだ、早く言いなよ」
「よく気がついたな。別に先輩たちがいる前でも僕は良かったけれど、美恵留はプライド高いからさ」
「勿体振っていないで早く言いなって」
軽くいらいらしながら聞くと、冷は真剣な眼差しで美恵留を見ながら言った。
「美恵留、怪我したでしょ?緋鳥先生とやり合った時に、左腕を捻挫したよね?ほら、身を低くして避けた時に左手首を傷めて、最後の攻撃の時には緋鳥先生の反撃が当たっていたし」
「よく見ているじゃないか。どうして気がついたんだい?」
「変に左側を庇いながら先輩たちと話していたし、左手を使わないようにしていたのを見れば簡単だよ」
「あんた以外にバレていないなら良いさ。あたしが怪我したのは自分の責任だし、何より軽い怪我だからみんなに心配させないように黙っていただけ。あんたも気にしなくて良いからね」
平気だよ、と言わんばかりに手をひらひらさせながら言うと、その後は互いに無言のまま家に帰った。といっても、隣同士なのだが。
夜になり冷が自室に戻ると、窓越しにある美恵留の部屋の明かりが点いていたので、メールで連絡をしてみた。
「《今から行っても良い?》と。これで送信」
すぐに返信されたメールには《もちろんだよ。おいでよ、冷ちゃん!》と書いてあった。
「……テンション高いな」
呟きつつも冷は、窓から窓に跳び移って美恵留の部屋に入った。
「おじゃましま――なっ!」
「いらっしゃい、冷ちゃん!あたし、ミエルンがあなたを癒してあげる☆」
そこには、フリフリフワフワの衣装を着た美恵留がいた。いや、美恵留とは判断しにくいのだが、それでも確かに美恵留だった。既にキャラは変わって、読点が☆になっていた。
「あたしの魔法が効かないのかにゃ?それなら、直接抱きしめちゃうんだもん☆」
ぎゅーっ、と言いながら冷を抱きしめる美恵留。
「……なあ、美恵留?どうしてこんな衣装を着ているんだ?」
「……なんだよ、つまらないねぇ。せっかく、あたしが芸能界に勤めていた時のキャラを再現してあげたというのに。マニアには激レアなのにねぇ」
素に戻った美恵留がいつも通りの口調で、つまらなそうに溜息を吐きながら言った。それでも、抱きしめた体勢のままなのだが。
「僕はマニアじゃないから、美恵留の頭がおかしくなったようにしか見えないよ」
「学校には知られていない事情だから、あんたぐらいにしか見せる相手がいないんだよ」
「あれ?美恵留はこのキャラが嫌いだったはずだろう?」
「久々にやってみると楽しいものなのさ。冷もやってみるかにゃ?」
再びアイドルモードになって聞く美恵留に、冷は全く違う言葉を返した。
「何か悩んでいるのか?いつもと様子が違う、っていうか見た目からおかしいけれど、何をそんなに必死に隠そうとしている?僕にも話せないことなのか?」
美恵留からの返事はない。
「それと、どうして抱きしめたままなんだ?」
「……んだよ」
「え?」
美恵留の声は震えていた。
「あたし、自分が情けないんだよ……」