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第四章 ◇八頁◇


「じゃあ、先輩たちが行きそうなところから探そうか。先ず思い当たるのは、保健室と屋上かな?」


「そうだねぇ、そこら辺が妥当だろうねぇ。ここはB棟一階の一年生教室だから、先に保健室に行こうか」


 近いからねぇ、と付け加えながら美恵留は立ち上がった。冷もそれに続くように後を追いかけた。


 場所は移り、A棟二階にある保健室。冷の予想の一つである保健室に、二人はいた。


「ねぇ、宵太……痛いよ……それに、きつい……」


「仕方ないって。僕もこういうのは初めてなんだから。それに、静かにしないと外に聞こえちゃうよ?」


「無理だよ……だって、あ……うぅ……痛ッ……宵太、もう、だ……だめ……」


「芙和、動いちゃだめだよ。う、うわ!」


 ガタン、と激しく音を立てながらロッカーの扉が開き、二人は出てきた。言うまでもなく、宵太と芙和だ。


「もう、ばか宵太!何でこんなところに隠れたの!狭かったでしょ!」


「慌てていたから、つい。でも、久々に芙和と触れ合えて嬉しかったよ」


「もう、ばか宵太」


 ぺちっ、と軽く宵太の頬を叩きながら照れる芙和。二人は部室から逃げた後、保健室に逃げ込み、ロッカーの中に隠れていたのだ。決して怪しいことをしていたわけではない。


「ねぇ、芙和さん」


「何かな?」


「抱きしめても良いかな?」


「だめです」


「どうして?」


「今はそれどころじゃないでしょう?逃げないといけないんだから」


「あ、そういえば。でも、僕たちはいつまで逃げれば良いのかな?制限時間ってあるのかな?」


「それは、わからないけれど。でも、一緒に逃げ切ろうね」


「その笑顔に僕はノックダウン!」


 バタッ、とベッドに倒れ込む宵太を無視して、芙和は今の状況を冷静に考えていた。鬼ごっこということは、鬼側から見れば終わりはあるが、逃げる側から見ると明確な終わりが無い。つまり、自分たちが勝つにはどうすれば良いのか、時間制限なのか、はたまた別のものなのか。


「何を一人で考えているのさ?僕を無視しないでよ」


 後ろから抱き着かれた芙和は「ひゃう!」と、可愛い悲鳴をあげたが、すぐに呆れたように溜息を吐いた。


「宵太はわかっているの?これは体育の成績に関わるんだよ?いつまで逃げれば良いのかもわからないのに」


「わかっているよ、それぐらいはね。でも、長丁場にはならないはずだよ」


「どうしてそう思うの?」


「去年の無人島サバイバルでも一週間程度だったからね。鬼ごっこだし、長くても三日ぐらいじゃないかな?」


「でも、無制限って言っていたよね?」


「そうだっけ?でも、本当に無制限ならつらいね。そうなると最後の一組までやるだろうからさ。近馬たちは楽々逃げ切りそうだし、美恵留たちは無理矢理突破しそうだもんな。何か他に条件があれば良いのに」


「そうだね――って、宵太!どこ触ってるの!」


「え?鎖骨だけど」


「や、やめ…て……鎖骨は……弱いの……」


「鎖骨は、って芙和は基本的にくすぐったがりじゃないか」


「わ、わかっているなら……や、やめてよ……」


「可愛くお願いしてくれたらやめるよ」


「お、お願い…だから……許してぇ」


「もっと可愛く」


「宵太……お願い…にゃあ」


「もっと、可愛く」


「お願い……あうぅ…お願いします、宵太様」


「もっと、可愛く!」


「宵太のばか…変態ぃ……」


「はい、許してあげる」


「……宵太って本当に変態なんだね」


「しみじみ言われると傷つくから!」


 この二人、というよりは宵太だけなのだが緊張感皆無だ。またしても、後ろから芙和を抱きしめた宵太は、先程の話の続きを始めた。芙和も、既に抱きしめられることには抵抗をやめて、宵太の言葉に耳を傾けていた。というよりは、それ自体は普通に受け入れている。


「時間無制限の無条件というものなら、お嬢様の単なる我が儘だよね」


「どういう意味?」


 芙和が聞くと、宵太は更に強く抱きしめながら答えた。いや、答える上ではまったく意味の無い動作なのだが。


「ほら、冷を優勝させる為に裏工作だろうが、裏取引だろうが裏技だろうが好きなだけ出来るだろ?それで、優勝賞品は《天上院唯ご利用権》みたいなものにすれば、お嬢様の我が儘が成立。で、他の生徒に不満が出ないように成績を調整してやれば、万事解決、一件落着っこと。抜き打ち体育祭を名目上に、冷とデートする為のものなのかもしれない」


「もし、それが本当なら、私たちはまるでピエロだね」


「だから僕はこうしてピエロはピエロなりに楽しもうとしているのさ」


 と、ぺろりと芙和の耳を舐めた。


「ん、や……な、何するの!」


「ピエロらしく道化を楽しもうかと思っていてね。それにしても、今の声をもう一度聞かせてほしいな」


「絶対に嫌だからね!もう、びっくりしたでしょ!」


 後ろにいる宵太にもわかるぐらいに、芙和の耳は赤く染まっていた。ベッドに座る二人は、いつの間にか普段と変わらずに談笑を始めていた。鬼ごっこ中であることを忘れて。


「俺様の聖域を汚すのは誰だ?万死に値するぜ。もし、それが御柳だったり宵太だっりする名前のやつなら即死決定だ。死んでも殺し続けてやるぜ」


「あ、七士さん。どうしたんですか?そんなに息を荒げて」


「やっぱり宵太か!即死決定だ、こら!」


 七士は勢いをつけて宵太に拳を振りかぶってきた。慌てて芙和を連れてそれを避けると、やっと鬼ごっこの最中だということを宵太は思い出した。


「あ、そういえば……忘れていたな。まあ、七士さん、落ち着きましょうよ。鬼ごっこであって、殺し合いでは無いですから」


「ぁあん?てめぇが俺様の保健室で芙和といかがわしいことをしていた事実はどうなんだ?」


「いや、誤解ですよ!いつもの遊びですから!」


「遊び……私とのことは遊びだったのね!」


「なんで、そこで芙和が乗るのさ?」


「なんか、言いたくなっちゃった。七士先生、私たちは何もしていませんから、安心してください」


「じゃあ、暴力はやめだ。だが、今は鬼ごっこの最中だよな?だから、宵太。てめぇを全身全霊全力の力を拳に込めてタッチしてやるよ!」


「えーっと……それも暴力とは言いませんか?」


「そんな言葉は俺様の辞書には載せねぇ!」


「理不尽ですよ!」


 宵太と芙和は保健室を飛び出していった。

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