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第四章 ◆七頁◆


 部室から逃げ出した冷と美恵留は、一気にA棟一階まで駆け降りて、今は呑気に廊下を歩いていた。時折、生徒の悲鳴にも似た声が聞こえるということは、嘘や冗談というわけではないようだ。それでも二人はいつも通り、緊張感皆無だ。


「なーんか、勢いで美恵留と逃げちゃったけれど、今からペアの交代って出来ないのかな?御柳先輩と逃げるんだったら楽しそうなのに」


「文句を言うんじゃないよ。恋人同士を引き離すなんて野暮なことは考えていないで、あたしたちが無事に逃げ切ることを冷の頭脳で考えなよ」


「それだよ、美恵留」


 冷の言葉に視線だけで問い掛ける美恵留。冷は人差し指を立てながら説明を始めた。


「二人だけになる状況を作っちゃったら、何が起きても不思議は無いんだよ?それこそ、愛を深めている可能性大じゃないか。むしろ、深めていてほしい!」


「あんたの妄想話はどうでもいいとしても、そうだねぇ。御柳と木薙ちゃん、柊と綾杉ちゃんってペアだから恋人同士仲良くしているかもねぇ」


「うはー!どんなことしているのかな?気になっちゃうな、気になっちゃうなあ!ねぇ、美恵留、先輩たちを探しに行こうよ」


「いや、だから、鬼ごっこ中なんだから逃げないと。あたしたちは逃げる側であって、追いかける側じゃないのをわかっているのかい?」


「わかっているよ、もちろん。でも、僕は自分の欲望には勝てないのさ」


「冷は本当にばか正直だねぇ。いや、ばかで正直なんだねぇ。とりあえず、安全かどうか、気にはなるから逃げながら探そうか」


「そんな余裕があるのかな?」


 背後から聞こえる声に振り向くと、そこには金髪短髪ジャージ姿の中年購買販売員、天里天が立っていた。


「美恵留ちゃんたちを捕まえるのは心苦しいけれど、それでも担当になってしまった以上手加減をする気は無いからね。ぼくも一応は欲のある人間だからね、賞品を提示されればそれの為に頑張ってしまうよ。ああ、ちなみに、キミたちを担当するのはぼくと七士くんだけだよ。このシステムはお嬢様の唯ちゃんが考えたもので、一つのグループに二人の教員を担当させるんだってさ。だからペア鬼ごっこなんだね。キミたち以外にもターゲットはいるけれど、そっちは七士くんが片付けるらしいから、ぼくはキミたちを優先しに来たってわけ。まあ、ぼくたちも頑張るからキミたちも――」


「冷、逃げるよ」


「――って、まだ台詞の途中なのに逃げないでよ、美恵留ちゃん」


「あたしたちはヒーロー戦隊もののキャラじゃないから律義に相手を待ったりはしないよ」


「そうか、それもそうだね」


と、納得して手の平をぽんと鳴らす天を無視して、美恵留は冷を引っ張っていった。

 向かった先はB棟二階にある、自分の教室だった。天の言う通り鬼には担当グループがあるようで、数人の教師とすれ違っても追われることはなかった。


「なあ、美恵留。どうして教室なんかに来たの?逃げるのには不利だと思うけれど。もしかして、帰巣本能ってやつ?獣は住み処に帰るって言うしな」


 冗談ではなく本当に思っている冷は笑いながら言っていたが、それに何の反応もしないまま美恵留は目的のものを探していた。生徒個人に与えられている自分のロッカーから取り出したそれを冷に向けてにんまりと笑った。


「武器を取りに来たんだよ。あたしの相棒をねぇ」


 それは赤いカラーバットだった。少し小振りなバットには達筆な文字で【悲しの天使ミカエル】と書かれていた。


「それってまだ持っていたんだ。てっきり捨てたのかと思っていたよ」


「天と住み始めてから、いや、天にあの言葉を言われてからは使っていないんだけどねぇ。でも、非常事態ってことで許して頂戴よ、冷」


「僕の許しなんていらないと思うけど、まあ、許すよ」


「じゃあ、逃げようかねぇ」


 美恵留が教室から出ようと出入口の方を向くと、黒服の一人である入が現れた。


「これはこれは、美恵留様と冷様ですね。あなたたちに出会うまでに二、三十人は捕まえました。あなたたちも捕まえさせていただきますよ」


「鬼にはそれぞれ対象となるグループがあるんじゃないんですか?僕たちには緋鳥先生と天さんだと聞きましたが?」


「冷、たぶん黒服の二人はそれに縛られないフリーの鬼だよ。ほら、開始直後に出の方が捕まえに来たからねぇ」


「鋭いですね、美恵留様。我々は遊撃部隊ということです。本来なら鬼の情報は秘密なのですが、おそらく担当であられる、饒舌多弁の天様が喋ってしまったのでしょう」


 溜息を吐きながらやれやれと肩を竦める入。しかし、呆れる素振りを見せながらも「まあ、構いませんけれどね」と言って話を続けた。出が無言の重圧なら、入はまるで有言の重圧だ。


「それでは、どう致しましょうか?出入口はこちら側にあります。避けて突破しますか?そのカラーバットで戦って突破しますか?」


 入は言うが、避けて通れるはずがない。まったく隙が見当たらないのだ。つまり、戦うのも無謀だろう。しかし、美恵留はにやりと笑ってその質問に答えた。


「そのどちらの誘いも断らせてもらうよ。あたしたちは隠れた答えを選ばせてもらうからねぇ」


 そう言って美恵留は、ベランダの手摺りを飛び越えて姿を消した。続いて冷も同じように手摺りを飛び越える。入が慌てて下を覗き込むと、既に二人の姿は無かった。どうやら、逃げられなくなるような怪我はしていないようだ。いくら二階といえども校舎という建物は、一つの階が高く造られている。つまり、怪我をする可能性が高く、更に死ぬ可能性だってあるのだ。だから、真似しちゃだめだからね!


「これは、やられましたね。面白くなってきましたよ」


 逃げられたのにも関わらず入は満足気に呟いて、他の生徒を捕まえる為に教室から出ていった。


「どうやら、逃げられたみたいだねぇ。冷にしては危ない策だったじゃないか」


「この学校って下の階のベランダに飛び降りることは出来る造りになっているんだよ。といっても、やる人なんていないから知られていないんだけれど」


 美恵留と冷は地面に向かって飛び降りたのではなく、一階のベランダに降りていた。教室にある誰ともわからない机に座って一息つきながら今後について話し始めた。


「とりあえず、みんなを探しに行くかい?携帯とかの荷物は全部部室に置いたままだから……地道に探すしか無いねぇ」

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