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第四章 ◇六頁◇


「えっとえっと……あうぅ……どうしよう……柊くん?起きてます?……やっぱり返事が無いです……」


 朝になり目覚めた依奈は驚いていた。自分の隣に近馬がいて、仰向けの身体の中央には赤黒く染まってしまっているナイフが刺さっていたのだ――


――なんてことはなく、単に近馬が隣に寝ていることに戸惑っているだけなのだ。昨晩、寝る前の記憶があやふやな上に、起きたら抱きしめられている状態。うろ覚えの記憶をどうにか辿って思い出そうとするのだが、集中しきれずに結局思い出せなかった。

 依奈は身動きが取れないので、そのまま抱きしめられたままでいた。本人としてもかなり嬉しい出来事ではあるので、幸せ満喫中と言えるだろう。その証拠に表情が幸せそのものだった。


「もう少しこのままでいたいです」


 自分からも身を寄せるようにして近馬に近づいた。これも近馬が寝ているが故に出来る行動だ。起きている時なんて恥ずかしくて出来るわけがない。そして、依奈は呟くようにもう一言だけ言った。


「柊くん、大好きですよ」


「はっきりと言われるのはこれで二度目かな?」


「ひゃう!」


 突然聞こえた近馬の声にびくっと思わず身体を震わせた。


「ひ、柊くん、起きていたんですか?」


「ああ、綾杉が何か喋っているのが聞こえて目が覚めた」


「寝起きなのに普通に喋れるんですね」


「まあな、俺って寝起きが良い方らしいから。それより、綾杉。話を逸らすな」


「あ、うぅ……」


「俺も綾杉のことが大好きだぞ」


「ひゃう!」


 突然の近馬らしからぬ発言に、依奈はまるで悲鳴のような声を出して驚いた。確かに、近馬は寝起きか良い方だ。しかし、寝起きのテンションがおかしいのだ。元々、おかしいと言えるがこの時はまるで別人。普段言うはずのない台詞を言ったり、いきなり妙な行動をしたりと、よくわからなくなる。

 そんなことを知らない依奈は、ものすごくドキドキしていた。


(どうしよう、どうしよう、どうしよう!柊くんにこんな風に言われるなんて思っていなかったです!これは、夢ですか?夢ですか!なんだか、幸せです!でもでも、心臓が爆発しそうなくらいドキドキです!うわあ、どうしたら良いかわからないです!)


「ぎゅ」


 言葉通り近馬が依奈のことを、更に抱き寄せた。他人が見ればいちゃついているようにしか見えないような光景だ。抱きしめられている依奈本人は、嬉しさと恥ずかしさで言葉も出ない状態。しかし、現状をしばらく満喫する依奈だった。


「――ってことが今朝あったんです」


 時間が流れてその日の放課後、依奈は嬉しそうにミス研のメンバーに朝の出来事を話した。六角形に並ぶ机の自分の席ではなく、近馬の膝の上に乗りそれを語る依奈は、まるで夢見心地のようだ。朝の変なテンションでそんなことをしてしまった近馬は、珍しく赤面して恥ずかしそうに俯いていた。

 すると、つまらなそうに聞いていた宵太が口を開いた。


「それって単に近馬のミスだろ?寝起きの近馬の近くにいる人間は被害者確定だからな。それをうっかり近馬が忘れたから、抱きしめたり変なことを言って依奈を浮かれさせただけの話だな」


「ちょっと、宵太。そんな言い方は無いでしょう?依奈が可哀相だよ」


「いや、寝起きの近馬がトラウマなだけ。確かに、言い方が悪かったけれど、僕は近馬にファーストキスを奪われているんだ」


「……え?それ本当なの?宵太」


「残念ながら、芙和ではないのですよ」


 宵太の突然の暴露に周りは静まり返った。先程まで幸せいっぱいだった依奈の表情も絶望色に染まっていた。芙和は少し引き攣りながら更に質問をした。


「それって、何歳の時?」


「確か……五歳の時だな。お泊り会をやった時にやられた」


「四歳だぞ、宵太ん」


「あれ?そうだっけ?じゃあ、四歳だ」


「そんなのはファーストキスとは言えません!」


 芙和は若干安心の色を見せながら宵太に言った。それを聞いた依奈も、安心して近馬に寄り掛かった。宵太はにやにやと笑みを浮かべながら、


「それなら、僕のファーストキスは芙和だね。良かった良かった」


と、言った。ただ単に芙和をからかっただけのようだ。

 赤面する芙和と戯れだした宵太を放っておいて、冷が話を戻した。


「依奈先輩、それで、どうなったんですか?ちゅーとかしちゃったんですか?良い雰囲気でしたもんね!つーか、ここでちゅーしちゃってくださいよ!」


「冷、テンションが上がりすぎだよ。これじゃあ、綾杉ちゃんが話しにくくなるじゃないか。で、どうなんだい?ちゅーしちゃったのかい?」


「し、してないですよ!てゆうか、しても言わないですもん!」


「あれ?しなかったのかい?そんな雰囲気にしても柊はちゅーをしなかったって言うのかい?へたれだねぇ」


「そんなにしているのを見たいのか?」


 近馬が言うと、依奈の顔が真っ赤に染まった。本当にされると思ったのだろう。


「綾杉ちゃんが真っ赤だねぇ。かわいらしいじゃないか。ほら、柊。やれるもんなら早くやりなよ」


「ひ、柊くん。本当にやるつもりです?は、恥ずかしいですよ」


「もちろん、冗談だ」


「つまらないねぇ」


 頬杖をしながら溜息を吐く美恵留。どうやら日常に退屈しているらしい。

 すると、その日常をぶち壊すように部室の扉が勢いよく開き、その人物は現れた。


「さあ、逃げ惑いなさい。最後まであなたたちは生き残れるかしら?制限時間は無制限、範囲は私立太刀守高校の敷地内。ルールは簡単。二人一組のペアになり、ただひたすら逃げなさい。二人で協力しながら、ただひたすらに逃げるだけ。そう、これは鬼ごっこ。今年の抜き打ち体育祭はペア鬼ごっこに決定したの。そして開始は間もなく。合図が鳴った瞬間に逃げ始めないと、早くも脱落しちゃうわよ?もちろん、これは体育の成績に関わるから、死ぬ気で逃げることね。ちなみに、鬼は先生教師方と、入と出が務めさせていただきます。優勝者及び、一番多く捕まえた鬼には賞品があるので、必死に追いかけてくると思いますので、気をつけてくださいね。それでは、スタート」


 現れた人物、天上院唯が合図をすると、唯の背後から出が飛び出してきた。しかしそれを、宵太と芙和、近馬と依奈、冷と美恵留という組み合わせで、軽く避けて鬼から逃げ始めた。

 と、いうことで抜き打ち体育祭が幕を開けた。

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