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第四章 ◆五頁◆


「やはり、風呂は良いな」


 ふぅ、と大きく息を吐きながらリラックスする近馬。先程の依奈の言葉に甘える形で、先に風呂に入る近馬は考えていた。


(ラブコメとかお色気漫画の場合は、ここで綾杉が入ってきたりするんだろうな。もしくは、俺が風呂から出た時に、何らかの理由で服を脱いでいる途中に鉢合わせ、『きゃあ☆ばかばか、えっちぃ!』みたいな展開になるだろうが、その心配は無いだろう。そんなの主旨が変わってくるもんな)


 そんな戯事を考えながら、ゆっくりと湯舟に浸かる。そんなことが起きたら、苺が百パーセントだったり初恋が限定だったり迷い猫がオーバーランしてしまう。

 律儀に百まで数えてから湯舟を出て、脱衣所で体を拭く。一通り拭き終わり、下から順に着替えていると――ガラッ!


「柊くん、ご飯の用意が――」


しばらくの沈黙。そして、近馬が口を開く。


「ん……と。きゃあ、ばかばか、えっち?」


「すすす、すみませんでした!」


 悲鳴にも似た言い方をしながら依奈は出ていった。近馬はたいして気にする素振りを見せずに、まだ濡れている髪の毛を拭き始めた。

 着替え終わった近馬が脱衣所を出ると、出たすぐ横に依奈が顔を真っ赤にしながらしゃがみ込んでいた。どうやら近馬が脱衣所から出て来るのを待っていたらしい。


「あの……柊くん。ごめんなさいです」


「ん、何がだ?」


「その、は、はだ……裸を見てしまって……です」


「ああ、別に。裸って言うけど上半身だけだし、問題無いさ。俺の方こそびっくりさせてごめんな」


「いえ、うちは大丈夫ですよ。えっとえっと……ご飯の用意が出来たみたいなので呼びに来たんです」


「そっか。でも、綾杉が風呂から出るまで待っているよ。ゆかりんにもそう伝えておくからな」


「わかりました。じゃあ、早く出るようにしますね」


「おう。まあ、ゆっくりで良いけどな」


 近馬は依奈の頭をひと撫ですると、とりあえずリビングに向かった。リビングにはゆかりの姿が見えなかったので、キッチンを覗くと食器を出している最中だった。


「ゆかりん、悪いんだが綾杉が風呂から出るまで待ってくれるか?無理を言ってすまないが」


「いえ、大丈夫ですよ」


 ゆかりは出し揃えた食器の上にクロスを掛けながら答えた。ゆかりはティーカップを取り出して、それに紅茶を注いで近馬に「どうぞ」と手渡す。


「ゆかりんはここで働き始めてどのくらいなんだ?」


「働き初めてだと十年になりますね。うちが高校生の頃から働かせてもらっていたので。ただ、この家にはもう二十年近くお世話になっております。母が働いている時に一緒に来ていたので」


「ということは、綾杉が産まれる前から来ていたのか。なるほど、通りで慕われているわけだ」


「依奈さんとは幼い頃より一緒にいたので。まるで、姉か母のように思われているんじゃないでしょうか。うちも妹のような感じで接していますから」


 ゆかりは自分の分の紅茶を飲み、嬉しそうに話した。すると、思い出したように近馬に問いかけた。


「そういえば、今日はどうして急にお泊りに?いえ、迷惑だとかそういうのではなく、明日も学校なので疑問に思ったんです」


「あー、えっと、真人から聞いた話なんだが、通り魔が出るっていう噂があるんだ。といっても、被害者はまだいないし大丈夫だとは思うんだが、そういう噂が流れているのに綾杉を一人で帰すわけにはいかないだろ?そこで家に泊まらないかって誘ったんだが、ゆかりんに悪いからと断られたんだ。じゃあ逆に、俺が泊まろうかと聞いたら、こういう流れになったんだ」


「そうですか。それにしても……通り魔。物騒な話ですね」


とても物騒ですね、とゆかりはもう一度繰り返した。

 その後は、依奈が風呂から出て来るまではしばらく雑談をして暇を潰した。依奈が戻ったところで、三人一緒に夕食を食べた。先に食べ終わったゆかりは自室に戻っていった。近馬と依奈も食べ終わり、二人は食後の紅茶を飲みながら話し始めた。


「柊くんはいつも何時に寝ているんです?」


「だいたい十二時前には寝ているかな。とりあえず日付が変わる前には寝るようにしている」


ちなみに現時刻は九時十一分。


「もっと遅くまで起きていると思っていました。うちと同じぐらいなんですね」


「早く寝るように真人にしつけられてきたからな。まあ、両親もそういう人だったしな」


「柊くんのご両親は厳しい人だったんですか?」


「いや、そうことはなかった。ただ、寝る時間にはうるさかったかな。真人も同じことを考えると、同じように育てられたんじゃないかな」


「店長さんが柊くんに厳しくしているのが想像出来ないです」


「真人も厳しい時はあるぞ。ただ、真人の場合は怒る時ですら静かだから、違う怖さだったよ」


 そんな風に話していると、十時を過ぎる頃には依奈がとうとうとし始めていた。


「綾杉、そろそろ寝るか?」


「柊くんと一緒にいるです……」


「じゃあ、俺も寝るよ」


「でもでも……柊くんはまだ眠くないですよね?いつもは……まだ寝る時間じゃ……ないですもん」


「気にしなくて良いから寝るぞ」


 うとうとしながら喋る依奈を、半ば無理矢理抱えて近馬は依奈の部屋に向かった。依奈をベッドに寝かせたところで近馬は気付いた。


「綾杉、俺はどこに寝れば良いんだ?空いている部屋を使えば良いのか?」


「ん……むぅ……」


 眠そうに瞼を擦りながら、少しずれて作ったスペースをぽんぽんと叩いた。要するに隣で寝て、ということだろう。


「……まあ、いいか」


 近馬は少し考えた後、特に気にせずに依奈の横に寝た。すると、依奈は自分の腕を近馬の腕に絡めるように抱き着いた。さすがの近馬もこれには驚いたらしく「あ、綾杉?」と、依奈の体を揺すり起こした。かろうじて目を開けた依奈は疑問符を浮かべて聞いた。


「どうしたんです?」


「いや、いきなり抱き着かれて驚いたんだ」


「……だめですか?」


「だめってわけじゃないが」


「じゃあ、このままが良いです」


 そう言うと依奈はいよいよ眠り始めてしまった。近馬も抵抗を諦めたのか、そのままの姿勢で寝ることにした。


「綾杉、おやすみ」


と、近馬は依奈の方を向いて、髪を結っていない状態の頭を撫でながら言った。

 やがて依奈を抱える姿勢へと変わり、近馬も眠りについた。

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