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第四章 ◇四頁◇


「ふぅ、美味しかったですよね、あのお菓子たち」


 宵太たちが帰り、客のいなくなった店内を掃除しながら、依奈は近馬に話しかけた。近馬は洗い物の最中だ。ちなみに、真人は売り上げをチェックする為、裏の家の方にいる。


「そうだな、真人の作るものはなんでも美味い。本人の前では言えないがな」


「なんでもと言いますが、柊くんは甘いものしか食べてなかったです。病気になっちゃいますよ?」


「でも、あの超天才探偵のLだって甘いものしか食べていないぞ?」


「あれは漫画だからです。実際なら糖尿病とかで苦しむことになりますよ」


「それなら、小説でも平気だな」


「どういうことです?」


「いや、なんでもない。それより、綾杉。帰る時は言ってくれ、送っていくからさ」


「いや、大丈夫ですよ。柊くんに悪いですから」


「俺のことなら気にするな。真人から聞いたんだけど、最近の夜道は危険らしいぞ。通り魔みたいのが出るらしい」


「そそそ、それなら柊くんも危ないじゃないですか!うちを送ったあとは一人で帰ることになりますよ?」


「だから、俺のことは気にするな」


 近馬がそう言うと、依奈は掃除の手を止めて、近馬が洗いものをするカウンターの中に入ってきた。


「柊くんがいなくなったりしたら……うち、悲しいです。生きていけないです」


「心配するなよ、綾杉。そういう噂があるだけで、実際に遭った人はいないんだから」


「でもでも、噂は何も無ければ出来ませんもん。もしかしたら柊くんが遭うかもしれないですよ?」


「心配しすぎだって。明日にはまた会えるから、な?」


「でもでも……」


 近馬は洗いものを終えて、依奈に向き直り目線を合わせ、優しく笑顔で一つ提案を出した。


「そんなに心配なら、泊まっていくか?」


「え?それは、その……嬉しいお誘いですが……でもでも……ゆかりちゃんに悪いし……泊まりたいですけど……うぅ……」


「そっか。それなら、俺が泊まりに行こうか?」


「え?でもでも、それだと朝のお手伝いが出来なくなりますよ?」


「行ってきて良いよ、近馬くん」


 そう言ったのは、いつの間にか戻ってきていた真人。壁に寄り掛かりながら笑顔で続ける。


「元々は一人でやっていたことだし、近馬くんは毎日やってくれていたから少しは休んでもらわないと」


「真人、本当に良いのか?」


「もちろんだよ。いや、むしろ命令かな?お養父さんからの命令だ。依奈ちゃんといてあげなさい」


「真人からの初めての命令だな。なんだか嬉しいよ」


 にっこりとお互いに笑い合う。真人は「あとはやっておくから」と言って、近馬と依奈を店から出した。早く行きなさい、そういうことだろう。出たところで依奈は振り返り、真人に頭を下げた。


「店長さん、ありがとうございます。お疲れ様でした、おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


依奈は真人に挨拶すると、近馬のあとを追いかけた。

 近馬は荷物を持ってくる為、一度家へ戻った。依奈は部屋に案内されると、緊張しているのか入口に立ったままでいた。


「どうした、綾杉?座らないのか?」


「あ、は、はい。座ります」


 ぺたん、とその場に座る依奈を見て、近馬は軽く笑いながら近づく。


「そこじゃなくて、部屋に入って座りなってこと。適当な場所に座って良いからな」


 近馬が再び荷物をまとめに戻ると、依奈は近馬のすぐ側に座った。近馬は半分呆れながらも、優しく依奈の頭を撫でた。

 荷物をまとめ終わったところで、近馬はまだ緊張したままの依奈を連れて外に出た。夏が近いというのに、少し涼しく感じる、そんな空気だった。


「綾杉、大丈夫か?」


依奈はびくっと身体を震わせた。


「だ、だだだ、大丈夫です!それにしても暑いですね!夏ですもんね、温暖化ですもんね!」


「割と涼しい気がするが」


「あ、そうですね!それにしても美恵留ちゃんは、どうして急に来たんでしょうか?わからないです、わからないです!」


「美恵留んが来た理由は、天上院が好きな相手を冷だと気付いているのか、俺に聞く為だって言っていたじゃないか。それに、それを聞いたのは綾杉だったろ?」


「そうでしたね!みんなとお茶会をしている時に聞きましたね!だめです、頭がオーバーランです!」


「迷い猫か?」


「にゃあ、間違えました、オーバーヒートです!」


 あたふたと混乱中の依奈を静める為に、近馬は後ろから抱きしめた。といっても、身長差があるので、寄り掛かっている風に見えなくもない。


「ひっ!び、びっくりです、柊くん!」


「これで落ち着いたか?」


「へ?あ、はい。取り乱してすみませんでした」


「まあ、今更綾杉のそれを大変だとは思わないさ。どちらかと言えば楽しんでいるし」


「うぅ……いじわるです」


 笑いながら言う近馬の腕をぎゅっと握りながら、依奈は恥ずかしそうに言った。

 依奈が落ち着いたところで、手を繋ぎながらまた歩き出した。月の光と、点々とある街灯に照らされながら歩く二人の影はまるで親子のよう。しかし、二人は恋人同士。依奈が依存してしまっているのは、付き合う前から一目瞭然なのだが、近馬もまた依存しているのだ。自覚が有るのか無いのかはまだ不明だが、確かに依存している。してしまっている。

 二人が雑談しながら歩いてから十数分が経ち、綾杉家に到着した。通り魔どころか、人一人すれ違うことがなかった。


「依奈さん、おかえりなさい」


 出迎えてくれたのは綾杉家でメイドとして働く、ゆかりだ。彼女はまだ若いが、かなり以前から住み込みで働いている。依奈にとってはまるで本当の姉のように、既に家族として慕われている。


「ゆかりちゃん、ただいまです。今日は柊くんがお泊りに来ました」


「それでは近馬さんのお食事も用意してきますね。少々時間がかかりますので、先にお風呂に入ってきたらどうでしょうか?」


「ひ、柊くんと一緒にお風呂……そんなの恥ずかしいです!」


「いや、綾杉。一緒にとは一言も言っていないぞ?急に来てしまって悪いな、ゆかりん」


「いえ、依奈さんが喜んでくださることは、嬉しいことです」


 にっこり笑いながらそう言うと、ゆかりはキッチンに向かっていった。メイドを雇っていても、家はごく普通の一軒家なのだ。

 依奈は振り返り、近馬に向かって一言。


「えっと……お先にお風呂どうぞ」

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