第四章 ◆三頁◆
「どうかこのことは内密にお願い致します!我々の忠誠心が揺らいでしまった、そのように捕らえられるこの今の状況を、どうか他言無用にしていただきたいのです!」
入は直後に土下座をし始めた。狭い店内なので、先程の話はもちろん依奈と真人の耳にも入っている。
すると、いつからそこに居たのか、私服姿で裏口に繋がる扉に寄り掛かっていた近馬が、真人に状況を説明してもらっていた。
「なんだ、天上院の好きな相手がばれちゃったのか。と、宵太んだけは知っていたのか?まあ、当然といえば当然か」
「近馬も知っていたのか?どうして?」
「俺は何となくそう思っていただけだよ。勘だ」
近馬は眠っていたのか、欠伸をしながら「真人、甘いコーヒー頂戴な」と言いながらカウンター席の端に座った。すかさず依奈が水とおしぼりを運んで、近馬の目の前に置いた。
「お、偉いな、綾杉。だが、俺を客扱いするなと言っているだろう?タダでコーヒーを飲みに来るやつは客じゃないからな」
笑顔で言いながら、よしよしと依奈の頭を優しく撫でる近馬。嬉しそうに笑う依奈の頭を、そのまま撫で続けながら近馬は話を戻した。
「で、天上院が冷後輩を好きだということを黙っていれば良いのか?それなら、心配しなくても言うやつなんていないさ」
「でも、さっき、御柳くんが芙和に話そうとしていました」
「ほら、宵太んは阿呆だから」
「おい!それは聞き捨てならないぞ、近馬!僕のどこら辺が阿呆なんだ?」
「まあ、全体的にだな」
「そんなことはない!」
「否定できないなあ」
「いやいや、否定しましょうよ、芙和さん!」
宵太が必死に否定するのを無視して、入が冷静に喋りだした。
「では、皆様は他言無用を承諾された、と思ってよろしいのですね?ありがとうございます、助かりました」
「報酬は無いのかい?」
先に言っておくが、こんなあくどいことを言う人間は先程のメンバーの中にはいない。宵太でも芙和でも近馬でも依奈でもなく、真人や入、ましてや寡黙な出であるわけがない。第一、声がした方向はその中の誰でもない、入口から聞こえたのだ。
「天里様、それはどういうことでしょうか?」
その人間とは、当然と言えば当然。天里美恵留だった。
「そのままの意味だよ。お嬢様ちゃんの秘密を守ってやるんだから、それなりの報酬を出してもらわないとねぇ」
意地悪く笑いながら、近馬から一つ離れたカウンター席に座った。依奈が水とおしぼりを持ってこようとすると、それを無言で止め、入の方を向き、また話し出した。というよりは交渉に近い。
「あたしたちは普通の人間だからねぇ、割とうっかり話しちゃうなんてこともあるんだよ。だから口止め料として何かを貰わないと、保証は出来ないんだよねぇ」
「……何をすればよろしいのでしょうか?」
「そうだねぇ……」
間を溜めながら美恵留はちらりと真人の方を見る。そして、次に入を。何を提示されるか、まったく予想のつかない入は、強張った表情のまま冷や汗を流しながら身構えていた。すると、美恵留がゆっくりと口を開いた。
「ミルクティーとレモンティー、それとフルーツケーキにチョコレートパフェ、サンドイッチ盛り合わせとスナックセット、それからチョコミントドリンクに特製レモネード、抹茶セットに和風パフェだねぇ」
早口で矢継ぎ早にメニューを言う美恵留に、どう反応して良いのかわからない入は、ただ唖然としているだけだった。反応が無いので美恵留は席を離れ、入の目の前にメニューを突き出した。
「これをご馳走してくれるのなら黙っていてあげるって言っているんだよ。どうするんだい?この条件じゃ嫌なのかい?」
「……いや、わかりました。では、天里様も他言無用ということでよろしくお願い致します。では、柊様。いや、近馬様ではなく、真人様の方で。先程天里様がおっしゃられたメニューを出してもらってもよろしいでしょうか?」
「わかりました。じゃあ、依奈ちゃんも手伝ってくれるかな?あと、近馬くんも頼むよ」
「はい、もちろんです」
「了解だ。すぐに着替えてくるよ」
依奈は真人と一緒に手際良く用意し始め、近馬は飲みかけのコーヒーを置いて着替えにいった。戻るなりこちらも手際良く作業を始める。その様子を見ながら満足気に笑う美恵留を見て、入が不思議そうに問いかけた。
「天里様、本当にこれでよろしいのでしょうか?我々としてはもっと無理難題を押し付けられる覚悟でいたのですが」
「あたしを何だと思っているんだい?もちろん、これで良いんだよ。これ以上要求する気も無いしねぇ。何よりあんたが焦った姿を見れて満足なんだ」
要するに遊び半分の交渉というわけだ。元々、美恵留は人の弱みに付け込むやり方が嫌いな質なので、それを知る人間なら軽く流せただろう。
「それにしても、お一人でこんなにお召し上がるとは、正直驚きですよ」
「あんた、ばかぁ?ってアスカちゃんの真似をしちゃうよ?あたし一人で食べ切れるわけがないじゃないか。みんなで分けるんだよ。あんたたちも食べていくかい?」
「いえ、我々はそろそろ戻らなければなりませぬ故、ゆっくりするわけにはいかないのですよ。コーヒーを飲み終わったら我々は失礼致します」
「そうかい、それは残念だねぇ。柊、悪いけど三人分のサンドイッチを持ち帰れるようにしてくれるかい?お嬢様ちゃんたちの分だから、よろしくねぇ」
「了解だ」
「天里様、よろしいのですか?」
「あんたたちが払うからねぇ。何も無しってわけにはいかないさ」
「ありがとうございます。ああ、柊様、お嬢様はサンドイッチの中身はジャムしか食べられませんので、よろしくお願い致します」
「了解だ」
近馬は持ち帰れるように箱に詰め込み、出の方に手渡した。もちろん、出は無言で受け取ったが、軽く会釈だけはした。
「では、我々はお先に失礼致します。代金の方はこちらに置いておきますので」
テーブルの上に美恵留が頼んだ分まで、一円単位で正確に置いて、入と出は店を出ていった。
「ほら、みんなで食べようじゃないか。真人も綾杉ちゃんも柊も来なよ。あたしの奢りだよ、ってこの台詞言ってみたかったんだよねぇ」
きゃらきゃらと笑いながら、注文した品を手渡していく。全員に行き渡り美恵留が楽しそうに合掌。
「いただきます」




