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第四章 ◇二頁◇


 カランカラン、と扉が開く音がしたので宵太と芙和が反射的にそちらを見ると、お嬢様と行動を共にしている黒服の二人が入ってきた。それにしても、今時珍しい仕様のレトロな喫茶店である。これも店主の真人の趣味なのだが。


「いらっしゃいませ。カウンター席とテーブル席はどちらに致しますか?」


「じゃあ、テーブル席をお願いしますよ」


答えたのはもちろん入の方だ。出は相変わらず無表情のまま口を閉ざしている。


「では、こちらの席へどうぞ」


「わざわざ、どうも――あ、いや。あちらの席でもよろしいでしょうか?」


 真人が席を案内しようとすると、入が宵太の姿を発見し、その近くの席を希望してきた。真人は一瞬戸惑ったが、希望通りの席へ案内した。


「お昼にお会いして以来ですね、御柳様。放課後にはお嬢様のご相談のお相手をしていただいたそうで、ありがとうございます。そちらの方は御柳様の恋人である木薙様ですね?我々は唯お嬢様にお仕えする入と、こちらが出でございます。出は寡黙故に話すことは少ないですが、どうかお気になさらずに」


「こんにちは。遠目でなら何度か見かけたことがありますが、本当に見分けがつかないですね」


「我々はお仕えする身故に個性というものを排除しなくてはならないのですよ。自然に溶け込めるぐらい地味にならなくてはね」


 はははっ、と軽快に笑いながら話す入。確かに彼らには個性というものがほぼ無いと言える。黒い髪は適度に短く切られ、顔はサングラスで隠れているし髭も剃ってある。服は黒いスーツで、履いている革靴も黒。全身真っ黒の二人を見分けるには、話す以外には無理なんじゃないかという程だ。


「そういえば、お嬢様の側に居なくて良いんですか?それとも今日の仕事はもう終わりとかですか?」


「いやいや、違いますよ、御柳様。お嬢様は只今企画の再考案中ですので、一人になりたいとおっしゃられまして、我々は少しの休憩時間をいただいたのです。どうやら、御柳様に言われたことで自分の過ちにお気付きになられたようで。事前にお気付きになられたのも、御柳様とその御友人の方々のおかげだとおっしゃっていました」


 やはり出とは真逆で、表情豊かに語る入。そこへ依奈がおしぼりと水を運んでくると、今度は依奈に向かって話し始めた。


「あなたは……綾杉様ですね。お嬢様のことを名前で呼ばれる方がいらっしゃるとは常々お聞きしていましたが、そうですか、あなたですか」


「えっと……あの……唯ちゃんの執事さんたちですか?」


「我々は執事などではございませんよ。ましてや側近でもなければ、SPでもございません。しいて言うなれば、お仕えする者。それ以上でもなく、それ以下でもなければ、それ以外でもございません」


 入がそう言うと出と席を立ち、最初に案内されるはずだった席に移った。宵太たちから離れた席だ。入口からは背中を向けていた芙和をちゃんと確認できなかった為に近付いたが、芙和がいるとわかったら気を遣い離れたというわけだ。恋人二人が会話する側にわざわざ座るのは悪いと思ったのだろう。

 黒服の二人はコーヒーを注文すると静かになった。といっても、出の注文も入がしたのだが。


「わあ、びっくりしちゃった。入さんと話したのが初めてだったから緊張したよ」


「まあ、あの姿だけで威圧感があるからね。僕も最初は驚いた。入さんがとても気さくに話すから拍子抜けしちゃったしね」


「二人とも若く見えるけれど、何歳なんだろう?」


「知らないけど、七士さんと同じくらいじゃないかな?」


「双子なのかな?」


「兄弟でもなかったと思うよ。そっくりに見えるのはあの服装だからじゃないかな?」


「宵太はよく知っているんだね」


「まあ、お嬢様と関われば必然的にあの二人とも関わるから――って、芙和?どうかしたの?」


 宵太が答える度に芙和の表情は暗くなっていた。お嬢様が宵太のことを好きだというのが嘘だとわかっても、心の何処かではまだ嫉妬してしまうのだろう。

 紅茶を一口飲んで、芙和は自分を落ち着かせた。それでも、やはり不安な様子だった。


「ごめんね、宵太。天上院さんが宵太のことを好きなんじゃないかって不安で……」


「それはお嬢様の嘘だって話したじゃないか」


「うん。でもね、やっぱり不安なんだよ。実はそれも嘘で、本当に宵太のことが好きかもしれないって思っちゃうし」


「大丈夫だから。本当に嘘だから」


 妙な日本語になりながらも、宵太は芙和を安心させようと笑顔で言う。しかし、芙和はまだ不安そうな表情のまま変わらない。そこで宵太は、本当のことを話すことにした。


「じゃあ、芙和にだけ教えてあげるよ。実はお嬢様――」


「御柳様」


しかし、それは入によって止められた。


「御柳様、お嬢様の許可無しに言ってはなりません。せっかくお嬢様が純粋に頑張ろうとしている矢先に、そんなことをされてはなりません。あなたは仮にもお嬢様に雇われている身であることをお忘れなく。週に一度のバイトでご自身の学費を稼げるのも、偏にお嬢様のおかげなのですから」


「あ……ごめんなさい。つい芙和を安心させたくて」


「……とはいえ、木薙様を不安にさせたままではこちらも忍びない故、我々が説明致します。お名前を出すわけにはいきませんが、お嬢様は一人の男性に想いを寄せている最中です。もちろん、その方は御柳様ではございません。その方に出会ったのは、半年程前の雨の日でした。まるで捨てられた仔犬のように座り込んでいるところを我々が保護したのです。お嬢様がご自分で面倒を見るとおっしゃり、我々は手を出さずにいました。懸命にお世話をするお嬢様は、とても幸せそうに見えました。しかし、数日後にはその方の施設の責任者が迎えに来たのです。いくらお嬢様といえどまだ未成年故、その方を引き取ることは出来ません。別れの際にお嬢様はあの性格故、思っていることとは真逆のことを言ってしまいました。その方はとても悲しそうに笑いながら去っていきました。そして、お嬢様は気付いたのでしょうね。恋をしてしまったことに」


「あのぅ……もしかして、その方って比名麦くんですか?」


「何故わかったのですか、木薙様!」


 そう言った直後、入は「……しまった!」と言い、自分の過ち、既に答えを言ってしまっていることに気が付いた。しっかりしているようで、少し抜けているようだ。

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