第四章 ◆一頁◆
「――っていう夢を見たんだよ」
学校の帰りに二人で寄った喫茶店の席で、芙和の話を一通り聞いた宵太は素直に驚いていた。
「つまり、正夢ってやつ?」
「うん、そうなるのかな」
驚く宵太とは反対に、芙和はいつもと変わらない様子で、まるでそれが当たり前とでもいうかのように、淡々と話している。芙和は目の前の紅茶を一口飲み、こちらを凝視したままの宵太に、「どうかしたの?」と一言聞いた。すると宵太は軽く身を乗り出し、目を輝かせながら答えた。
「だってさ、凄いじゃん!正夢でしょ?つまり、予知夢ってことだよね?」
「宵太、今日はどんな夢を見た?」
「え?」
いきなりの質問に戸惑う宵太に対して、もう一度はっきりと区切りながら芙和は聞いた。
「宵太、今日は、どんな、夢を、見た?」
「え……と、はっきりとは覚えていないけれど、芙和から貰った弁当に罠が仕掛けてあった」
「む……そんな夢を見たのか。ひどいなあ、宵太」
「単なる夢じゃないか」
「まあ、そうだね。でもね、それも実は予知夢なのです」
ずびしっ、とポーズを決めている割に、口調は淡々としたまま芙和は宵太に向けて言い放った。
「どうして?実際に起きていないから正夢じゃないだろ?」
「うん、正夢ではないね。でも、予知夢なのです。あのね、正夢の反対の言葉って知ってる?」
宵太はしばらく唸りながら考え込み、答えが出たところで口を開いた。
「正夢の反対だから……嘘夢?」
「ぶー、違います。正夢の反対は逆夢っていって、夢で見たことが現実に起きないものなの。だから、これも予知夢と言える。それが起これば正夢、起きなければ逆夢、ってね。まあ、占い師の言い回しみたいなものだね。でも、さすがに現実味のある夢に限ることだよ、これは。アニメとかゲーム、漫画や小説の世界にいるような夢は別物だから」
「へぇ、芙和は随分と博識なんだな」
「宵太は"薄識"だね。発音は一緒だけど、字はこれね」
淡々とした口調ながらも、笑顔でそう言いながら、紙ナプキンに"薄識"と書いて宵太の前に出した。宵太は困ったような表情で「相変わらず、変わらないな」と言いながら、それを芙和に返した。
この喫茶店は近馬の父親の弟、つまり叔父さんにあたる柊真人の経営する店だ。店の裏には家もあり、近馬はそこで真人と暮らしている。忙しい時は近馬に頼んだりと関係は良好。店の名前である【ホーリー】は苗字の柊を英語にしたものだ。
「でさ、その夢の続きはどうなるの?学校で起きたことは聞いたけど、それ以降はまだ聞いていないからさ」
「天変地異が起こって、各地に核爆弾が投下され火の海に。空気汚染によって太陽の光が届かなくなり、この世の大半の生物が死滅します」
「うわー、わかり易い嘘だな」
「信じないの?」
「さすがにそこまで僕もばかじゃないよ」
「そっか。じゃあ宵太はやっぱりあんな風に死んじゃうんだ」
「……」
「苦しいだろうなあ」
「…………」
「あんな死に方では成仏なんて出来ないよ」
「……えっと、どんな死に方なの?」
「嘘だと思っているなら、聞かなくても良いんじゃないかな?」
「いや、そんな言い方されると気になっちゃって」
「じゃあ教えてあげるよ。辛うじて核爆弾から逃れられた宵太は、地下シェルターに潜り込んで生きようとするの。でも、あまりの寒さに我慢できなくなった宵太は、焚火をして寒さを和らげようとしました。なんとかこれで寒さは和らぎ一安心です。しかし、そこは地下。ですから十分な空気の循環が行われるわけもなく、宵太は一酸化炭素中毒により死亡してしまったのでしたとさ」
「僕ただの間抜けじゃん!しかも焚火なんて随分と古風だし、逆に用意しにくいだろ!それって周りの人から見れば、練炭自殺している人にしか見えないし!」
「誰も見ていないから大丈夫だよ」
「そういう問題じゃない!僕の命が大丈夫じゃないしね!」
「でも、火が広がれば火葬もされて一石二鳥だよ?酸素が無くなれば生焼けで残っちゃうけれど」
「僕は何の得もしていないし、むしろ損しかしていないな。つーか、せめて焼かれるなら、ちゃんと焼かれたい」
「まあ、夢は下校チャイムが鳴って終わりなんだけれどね」
「結局嘘かよ!」
こんな会話が出来るのも、客がいないおかげだろう。この店には馴染みの客ぐらいしか来ないので、ほとんど空席なのだ。店側からすれば大きな問題なのだが、それでも利益の計算が上手いのか、バイトを一人雇う余裕はあるようだ。
「はい、どうぞ。店長さんからのサービスです。それと御柳くん、大きな声は控えてください」
そのバイトというのが、今フルーツケーキを運んできた依奈だ。店員姿の時は髪の毛をポニーテールにしている。依奈は一年生の春からずっと働いているので、慣れたように仕事をこなしている。
「真人さん、いつもありがとうございます」
「いや、良いんだよ。近馬くんと仲良くしてくれているお礼みたいな物だから」
芙和が会釈をしながらお礼を言うと、真人は優しく笑いながら謙遜的な態度で言葉を返した。見るからに若い真人は、まだ二十代の中盤。近馬の父親とは歳の離れた兄弟だったのだ。
フルーツケーキを食べながら、宵太は再び話し始めた。
「下校チャイムまで夢って言ったけどさ、つまりほぼ夢と現実が同じだったってことだよね?」
「そうだね。宵太の視点だったのは不思議な感覚だったけど、宵太の行動と照らし合わせても同じだったし」
「まるで監視されていたような感じは否めなかったよ。それで、芙和にはよくあることなの?その、正夢というか予知夢というか」
「だから、夢なんてほとんどが予知夢なんだよ」
「いや、そうじゃなくて。そこまではっきり現実と合う夢はどうなの?ってこと」
「最近は見なかったけれど、前はよく見ていたよ。時期的にいえば一年生の始めの頃までかな」
「何か意味でもあるのかな?」
「ただの夢、意味なんて無いよ。だからそんなに深く考えないで平気だから、ね?」
優しい表情、そして優しい口調で芙和が言うと、宵太は素直に頷いた。芙和が淡々とした口調でなくなったということは、軽くデレ始めているということだ。
宵太が美味しそうに食べるのを見ていた芙和もフルーツケーキを一口食べた。
「このケーキ美味しいね」