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第三章 ◇十二頁◇


「え、えっと……で、では、私はこれで失礼致します。いろいろとありがとうございました」


 心境は複雑ながらも、姿勢正しくお辞儀をして、お嬢様は去っていった。そういえば黒服の二人はどこにいるんだろうか?まあ、すぐ近くに潜んでいるんだろう。


「さあて、と。お嬢様ちゃんも大変だねぇ。告白一つに悩みすぎるなんてねぇ」


 お嬢様が退室して早々、美恵留がばらしやがった。当然、知らなかった四人は驚いて、何がなんだかわからないといった表情をしている。まあ、無理もない。僕だって『冷様』と言いかけなければ気付かない程の変装だったのだから。


「……あれ?ということは、本当の告白の相手って宵太だったんじゃないの?」


「でも、御柳くんは断りまくってましたよね。唯ちゃんは今頃ズタボロになっているんじゃないですか?」


「それは心配ないだろ。本当のことを言うと、僕のことを好きだっていうあの公言は嘘だしね」


「じゃあ、唯ちゃんは誰のことが好きなんです?」


「つーか、依奈はよくお嬢様を名前で呼べるよな」


「別に良いじゃないですか。御柳くんこそ誤魔化さずに言ってくださいよ!」


「内緒の秘密」


「意味を重複しないでください!」


「黙秘権を行使する」


「くうぅ、ムカつくです!芙和、助けてください」


「え……でも、それは個人情報だから、宵太の方が正論だよ」


「でもでも、知りたくないですか?」


「知りたくないって言ったら嘘だけど、宵太じゃないってわかったから安心しちゃった」


「……芙和、そんな恥ずかしい台詞を、みんなの前で言っているのに気付いていますか?」


「……あ」


 依奈に言われて状況を把握したのか、芙和の顔がみるみる赤くなって、最高潮に達したところで部屋の隅で小さくなって、何かぶつぶつと呟き始めた。これって僕も少し恥ずかしいよな。


「仕方ないです。唯ちゃんの好きな人を聞くのは諦めますよ。次の質問です」


「却下だ」


「まだ言ってないです!」


「聞く気も無いってことだよ」


 やはり依奈をあしらうのは楽しいな。何度やっても本気の反応が返ってくる。まあ、やりすぎは禁物だ。芙和と近馬のダブルパンチを喰らうことになる。


「別に許可無しに聞くから良いですもん。今日はどうして遅れたんです?いつもなら誰よりも早く来ているじゃないですか」


この質問には僕の代わりに近馬が答えた。


「それは違うぞ、綾杉。宵太んはサボった時にここに避難するから、早く来ている印象があるだけだ」


「つまり、御柳くんの不真面目さが、うちの頭に焼き付いた結果というわけですか。不真面目なのに勉強はそこそこなんて、世の中は平等じゃないですね」


「何言ってんだよ。僕以外はみんな上位に入る成績だろ。そういう台詞は僕より依奈が下だった時に使うべきだ」


「うちは御柳くんなんかより下の成績になってしまった、そういう方たちの気持ちを代弁したまでです。呪われてしまえば良いです」


「まあ、僕がそこそこの成績を保てるのは、依奈も含めてみんなのおかげだからな。感謝はしているよ」


「その割には誠意が伝わってこないですよ。むしろ、悪意が伝わってきます」


「誠意を込めた冗談を言っているじゃないか」


「そんなの嬉しくないです!」


 うん、やはり楽しい。

 これ以上やるとさすがに怒られそうなので、依奈をからかうのは中断。あくまで中断、ね。なので、しばらく冷と美恵留のやり取りを眺めることにした。


「ひーえーるーちゃん、おいでよ」


「いきなり何?」


「無愛想だねぇ。他の人には礼儀正しいのに、どうしてあたしの時は無愛想なのさ?」


「美恵留が僕をいじめるからだよ」


「いじめてなんかいないよ。逆に可愛がっているじゃないか」


「可愛がり方が異常だけれど」


「そうかい?抱き着いたり、抱きしめたり、抱いて絞めたりするぐらいじゃないか」


「最後のが危ないんだよ!なんで抱いて絞めるの?明らかに首を絞めているじゃないか!」


「単なる愛情表現じゃないか」


「愛憎表現って感じだよ!」


「あたしは自分を救ってくれた恩人に、恩返しをしているだけなんだけれどねぇ」


「それなら痛みも苦しみもなくやってくれ」


「それじゃあ恥ずかしいじゃないか。あたしは木薙ちゃん以上に恥ずかしがり屋さんなんだよ」


「それは初耳だな」


「あたしも初めて言ったよ」


 きゃらきゃらと笑いながら楽しそうに会話する美恵留とは逆に、冷は呆れたように溜息を一つ吐いた。冷の性格上、美恵留の相手をまともにやってしまうので、疲れてしまうのだろう。例えるならば、酔った上司の相手をする部下、といったところだろう。


「相変わらず、変わらないなあ」


「なあ、宵太ん。いつもの台詞を言っている時に悪いんだが、今回は一応解決ということで良いのかな?」


「まあ、良いんじゃないかな。本人もお礼を言って帰っていったしさ」


「じゃあ緋鳥んのところに回さなくて平気だな。最近は忙しいだろうから、正直な話回したくはないんだ」


「まあ、それでもあの人は仕事を完璧にやるだろうけどね」


 僕のそれに対し、近馬がははっと少し笑うと、依奈の相手をし始めた。僕もそろそろ芙和のアフターケアでもするかな。


「……ああ、どうしよう……恥ずかしいよぅ……私はもっとクールなキャラのはずだったのになあ……デレ解禁しちゃったのかな?これじゃあ私が私じゃなくなるよ……」


 なんだか、ものすごい重傷らしい。キャラ破綻を起こす前にどうにかしないと。


「あの……芙和さん?大丈夫でしょうか?」


「宵太?……大丈夫じゃないよ。思い出しただけで壊れちゃいそうだよ」


「まあ、今日の芙和は一日中可愛かったよ。照れている時も含めてね」


「ば、ばばば、ばか宵太。それが原因で私は今こうなっているの」


「それも含めて芙和なんだから良いじゃないか」


「そんなこと言われても嬉しくなんかないんだからね」


「わかってるよ」


「それにしても、こんなはずじゃなかったのになあ……"上手く回避するはずだったのに"」


「なんのこと?」


「あ、ううん。なんでもないの」


 何はともあれ、段々と立直り始めてくれたので良かった。これでキャラ破綻は免れただろう。

 その後は、全員でいつも通り、下校時刻を知らせる不協和音のチャイムが鳴るまで雑談をし、僕たちは解散した。

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