第一章 ◆三頁◆
まあ、何と言うか、冷は美恵留からの攻撃を受けずにすんだ。
理由としては、これもこれでいつも通りだからだ。
結局、宵太たちの周りはいつでも、いつだって、いつであろうと、いつも通りなのだ。
「だいたい、幼なじみとはいえ、あたしはあんたの先輩なんだから、"美恵留"って呼び捨てにするのいい加減やめなよね!」
「そうは言っても、自分が美恵留のことを、"美恵留先輩"とか、"天里先輩"って呼んだら違和感があると思わないか?」
「くっ………確かにね。仕方ないから幼なじみということで許してあげる。はあ、また今回もあたしの釘バットの出番はなかったねぇ。」
美恵留は、まるで芸術作品でも見つめるような、そんな目で釘バットを眺めながら悔しそうに言った。
まあ、確かに芸術作品と言えるのかもしれない。
今時見かけないからな、釘バットなんて。
―――私立太刀守高校の生徒会役員に三年生はいない。
三年生に進級すると同時に、生徒会役員から抜けることになるのだ。
だから、今は生徒会長の近馬を中心に、宵太たち二年生と、一年生の冷が務めている。
そして、生徒会役員以外の生徒は、全生徒例外無く部活に所属している。
逆に言えば部活をやりたい生徒は、生徒会役員にはなれないのだ。
そして、その制度から必然的に帰宅部が存在しない珍しい学校なのである。
「じゃあ、全員集まったってことでそろそろ始めるか。まずは今年度の各部活などの予算だけれど―――」
と、"生徒会長"である近馬が話し始めた。
といっても、"書記"の芙和は会議の内容を書き留めながらも、"副会長"である宵太で遊んでいる。
宵太と同じく、"副会長"の依奈は、近馬の膝の上で髪の毛で遊ばれつつも、おやつを食べている。
"会計"の冷は暗算をしているのか、妄想をしているのか―――おそらく、後者だろう。
"庶務"の美恵留は愛用する釘バットに見蕩れたままだ。
まるで仕事をしているようには見えない、普段と変わらない光景なのだが、これでも学校側から一目置かれる程優秀な働きをしているのだ。
「―――という感じで俺がまとめてみたんだが、依奈と宵太ん、どうだ?予算が多い、又は少ないと思う部活はあるか?」
「僕としては運動部関係の方に偏りすぎなんじゃないかと思う。近年は文化部の方が優秀な成績を出しているから、もう一度見直した方がいいと思う。」
「うちもそう思いますね。特に茶道部や書道部、華道部といった、日本伝統の部活を主に力を入れてあげた方がいいと思います。」
といったように、表面上はそう見えなくとも真面目に話しているのだ。
近馬が二人の意見を取り入れ、再度予算案を出した。
「自分に少し面白い提案があるのですが。」
それを見た冷が口を開き、言葉を続けた。
どうやら、ちゃんと会議に参加していたらしい。
「今年の各部活の予算なんですが、毎年のように生徒会の一存で決めてしまうのも、なんだか不公平な気がします。なので、どうでしょうか?"各部活が競い合い、それぞれの希望する予算を奪い合う"というのは?もちろん、競技に関しては不公平の無いようなものを考えなくてはいけませんが。」
「まあ、なかなか面白い案だと僕は思うけれど、どうなんだ?それの方が苦情とかありそうだけれど。それに不正とか出た場合の対処もあるだろうし。」
「あたしは賛成だねぇ。不正をするような人がいれば、あたしが直々に裁いてあげようじゃないか。」
普段は会議に消極的な美恵留が生き生きとした表情で発言した。
まあ、美恵留は会議などよりも、活動的な活動の方が得意なのだ。
「うちも賛成ですね。それぞれの部活の目標なども明確になりますし。」
「私としては、部活紹介も兼ねて行えば、一年生も入り易くなって良いと思うの。各部活の熱意とかも伝わり易いだろうしね。」
「木薙のその意見も取り入れるのもいいな。もう少し話し合って問題点などを無くせば、俺は良い案だと思うぞ。とりあえず、その方向でやってみるか。」
―――その後、冷の提案は採用されることとなった。
どうやら、少し大規模な企画になるらしい。
話がまとまり、とりあえず今日のところは解散となった。
外は四月にしてはまだ寒く、夕日が眩しく町を照らしていた。
宵太は芙和と、近馬は依奈と、冷は美恵留と、といった組み合わせでそれぞれ帰っていった。
「宵太、手を繋いでも良いかな?」
「もちろん、良いよ。」
しばらく歩いてから、芙和が差し出した手を宵太は当然のように握った。
芙和は宵太と二人だけになると、普段とは性格というか、接し方が変わる。
それはもう、はっきりと。
「ねえ、宵太の小説の中みたいに、私が死んじゃったら、宵太はどうする?」
「そりゃあ、悲しくて僕は生きるのも嫌になっちゃうかもなあ。少なくとも、いつも通りじゃいられないよ。」
「でもね、宵太。もし、そうなっちゃった時は、私としては宵太には生き続けてほしい。そうじゃないと、それこそ死んでも死に切れないもん。」
「わかったよ。でも、この話は終わり。だって芙和は生きているし、死んだ時のことなんて考えたくもないからね。」
「うん、そうだね。私もずっと宵太の側に居たいもん。」
芙和は宵太の手を優しく握り直しながら言った。
そんな話をしていると、背後から一人のおっさんが話しかけてきた。
「やあやあ。宵太くんに芙和ちゃんは今日も仲が良いなあ。帰り道に夕日に照らされて、お互いの愛の在りか、在り方を確かめ合う。いやあ、青春真っ只中だね。良いねぇ、素晴らしいねぇ、青春。ぼくの青春は約十年前に、いや、約七十年前と言った方がいいのかな?まあ、どちらでも構わないんだけれど終わっちゃっているからね、とても懐かしく思えるよ。そんな宵太くんたちみたいな将来のある学生諸君の貴重な時間を浪費する趣味の無いぼくにとって、今の宵太くんたちに話し掛けるかどうか迷ってしまったけれど、話しかけずにはいられなかったよ。何故ならぼくはキミたちを気に入っているからね。ぼくの話を聞いて信じてくれるだけじゃ留まらず、協力までしてくれるからね。で、その協力のことなんだけれど、ぼくの曾孫である『美恵留ちゃん』は元気かな?直接確かめられないのはやっぱりつらいけれど、宵太くんたちが教えてくれることでぼくは安心できるんだよ。」
それは、まくし立てるように喋る三十代前半の男―――天里天だった。