第三章 ◆七頁◆
「宵太くん、冗談はさておいて、話は別にあるんだよ。どちらかというと忠告かな。今年も例のアレをやるらしいけれど、気を付けた方が良いみたいだよ。いつにも増して非日常なことが起こる可能性が大みたいだからね。どうやら今年はお嬢様が企画したって噂があるんだ。在学中は生徒として何も出来なかったけれど、卒業した途端にこれだよ。ぼくにも何が起こるかわからないけれど、とにかくお嬢様の思考は未知数だ。だから――」
「そんなの」
僕はおっさんの言葉を遮って堂々と言い放ってやった。
「そんなの僕たちには関係ないよ。それに、去年より苦労するなんて、それこそ非日常だよ」
「そうだとしてもさ、用心はしておいてよ。美恵留ちゃんだけでなく、宵太くんも芙和ちゃんも、近馬くんも依奈ちゃんも、そして冷くんも心配なんだからね」
「心配してくれるのには感謝するよ。でもさ、非日常でも慣れれば日常に変わっちゃうんだよ。こればかりは"相変わらず、変わらずに"とはならないからさ」
「そうだね、それはぼくが一番理解していることだよね。ぼくから見たら、未来であったこの世界は、いつの間にか現在へと変わっていたんだから。まあ、キミたちに出会えたのが大きかったんだろうけれど」
「大袈裟だよ、おっさん。少なくとも僕は何もしていないし」
「あはは、まあ、いいか。おっと、思ったより引き止めてしまったね。七士くんが待っているから早く行きなよ」
気付けば購入したお茶も体温で冷たさを失いつつあった。おっさんの心意気で冷たいものと代えてもらい、僕は保健室に戻った。
「遅ぇなあ。てめぇは何処まで行ってきたんだ?静岡まで足を運んで、現地で極上のお茶を調達してきたというなら許してやるが、それ以外なら制裁だ」
「……既に制裁を喰らいましたけど」
保健室に戻った僕は、まず七士さんに蹴られて壁と密着した。いつにも増して機嫌が悪いらしい。まあ、遅れたことは僕に非があるので何も言えない。
「よっ、御柳。壁とお友達になれたかい?」
いつの間にか保健室に来ていた美恵留が、僕に向かって気持ち良いぐらい満面の笑みで皮肉を言ってきた。まったく、気分の良いやつか悪いやつかわかりにくいな。
「美恵留もサボりに来たのか?」
「あたしは授業をこっそり抜け出したんだよ。最初の方に、居る印象を植え付ければ、途中で抜けてもバレ難いからねぇ」
僕の周りって不真面目なやつばっかりだな。類は友を呼ぶ、ってね。
「御柳、さっきお嬢様ちゃんがここに来たんだ。あんたが居ないからってすぐに帰ったけれど、戻る途中で会わなかったかい?」
僕は無言で首を横に振って答えた。
「そうか、一体何の用だったんだろうねぇ?」
先程のおっさんの話を抜きにしても、まったく気味の悪い人だ。この学校のオーナーの曾孫娘。去年、僕たちの二つ上の学年で、年齢は三つ上。留年や浪人というわけではなく、幼小中高大と幼稚園から大学まで一貫のエリート学校に通っていたのに、高校一年生を終える頃に太刀守高校を再度受験し直し、また一年生から始めたらしい。理由はよくわからないが、太刀守高校は多少レベルの高い高校といっても、元々通っていたエリート学校に比べればたいしたことはないはずだ。何せ、そこは英才教育の塊みたいなところで、有名な大学の授業を中等部昇学直後に習うぐらいだ。
「おい、てめぇら。俺様顧問のミステリアス研究会は順調に活動しているか?」
「まあ、それなりにだな。緋鳥んが名付けてくれたわけだが、他生徒の間では《なんでも屋》みたいに思われていて、いろんなことに巻き込まれつつも順調だぞ」
「そういえば七士さんって他にも《UFO研》や《未確認生物研》、《神話研》とかも顧問ですよね?大変じゃないですか?」
「何を言ってんだよ、宵太。いいか?俺が顧問をやっている部活の共通点は《てめぇらで勝手に活動して終了》だ。つまり、俺様は何もしなくて良い。てめぇら以外の部活は無茶をするような度胸のあるやつはいねぇから安心だしな」
つまりは、合理的な職務怠慢。部活を複数受け持つことによって、表面上は良く思われ評価がアップ。ただし、受け持った部活は全て傍観しているだけで良い。なんてずる賢い考えの人だ。尊敬に値する!
「いやー、僕も七士さんみたいな大人になりたいですよ」
「宵太には無理だな。サボっているようじゃまだまだだ。バレないようにサボらないとな。その点、美恵留は半分合格だな。それを、どうやって授業の頭から出来るか、だ」
「別にあたしは緋鳥みたいな大人にはなりたくないからねぇ。そんな性根の腐った堕落は大嫌いだからねぇ」
「てめぇもなかなか口が悪いから、可能性は十分あるぜ?」
「いやな可能性だねぇ。と、冷?あんたさっきからどこを見てるの?」
美恵留と七士さんがギスギスバチバチした会話の中、隣に座る冷の視線が気になったようだ。とりあえず、僕はとばっちりを受けない距離をキープしておいた。
「……太股を」
次の瞬間、美恵留の攻撃が炸裂。冷の両手を掴み、俯せに倒した。そして、背中に馬乗りになり、掴んだ両手を捻り上げるといった、よく警察などが取り押さえる時にやるような攻撃をした。
「あんたは時と場合をわきまえろ!四六時中発情しやがって!」
「うえぇ……だってさ、美恵留の脚って綺麗なんだもん。細く引き締まってさ、それを制服のスカートから出されたら効果絶大だよ」
「なななな、何を言うのさ!あたしなんかより木薙ちゃんの方が綺麗じゃないか」
僕、ちょっと照れ。
「木薙先輩と美恵留の脚はジャンルが違うんだよ。身体のラインが変わればバランスも変わる。人それぞれに合った脚があるわけで、誰の方がってのは無いんだよ。それよりさ、馬乗りしているおかげで太股が僕の身体に、直に触れていることに気付いてる?」
「な、にゃー!ひ、柊!あたしの代わりに押さえて!」
「なんで俺が……まあ、いいか。冷後輩、おとなしくしている人間に言うのも妙だが、おとなしくしろよ」
「もちろん、おとなしくしますよ。あ、依奈先輩だけ脚を評価しないのも悪いですよね。依奈先輩の脚は――」
「おとなしくしろよ」
「わ、わかりましたよ、言いませんよ、だから捻らないでください。ただ、これだけは言わせてください。依奈先輩だって良い感じです」
そしてまた捻られる。