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第三章 ◇二頁◇


 つまるところ僕の小説は不評だったらしい。否、それ以前に芙和からは《小説とも呼べない》とまで言われてしまった。それでも、単なる暇潰しで書いたものなので、そこまで気にはならなかった。

 今日は僕の小説を披露して解散となった。読み慣れている人にはそうでもないが、やはり普段から読んでいない人には疲れるものだ。依奈なんて良い例で、うとうとしていて、結局近馬におんぶされながら帰った。僕は芙和と二人で帰っている最中だ。


「宵太はどうして急に小説を書いたの?実は小説家志望だったの?」


 急に僕の書いたものと同じような台詞を芙和が言い、少し驚いた。けれど、意地悪そうな表情をしているということは、わざわざ言って僕をからかっているのだろう。


「いや、斗乃さんに頼まれてね。僕たちの日常を教えてほしかったらしくてさ、でも書いているうちにフィクションになっちゃった」


「最初から最後までずっとフィクションだったじゃない」


 やっぱり鋭いなあ。嘘が全く通じない。斗乃さん、勝手に名前を利用してごめんなさい。


「あー……ごめん、嘘だ。授業中にあまりにも暇だったから書いたんだよ」


「授業中なんだから授業を受けなさいよ。宵太は不真面目過ぎだよ」


「僕は授業を受ける為に学校に通っているわけじゃないもん」


「じゃあ何の為に通っているの?」


「もちろん芙和に会う為だよ」


あ、赤くなっちゃった。可愛いなあ、まったく。


「ば、ばか!な、何をいきなり……嬉しくなんかないんだからね!」


 本当にわかり易いぐらいベタなツンデレだよなあ。それでこそ芙和だ。

 僕はその後も芙和で遊びながら芙和の家まで送っていった。それほど距離があるわけではないけれど、徒歩なのでそれなりに時間はかかる。


「また明日ね、宵太。ちゃんと宿題やりなさいよ。それと、明日のお弁当も楽しみにしていてね」


「宿題をやるかはわからないけれど、弁当は毎日楽しみにしているよ」


「宿題を忘れたらお弁当はあげないもんねー」


「了解、じゃあまた明日ね」


 そういえば、このやり取りに似たことも小説でやったような気がするなあ、とか思いながら芙和に手を振る。僕の小説が実は未来予知をしているんじゃないか、とかね。

 そんなくだらない幻想を考えていると、少し離れたところに銀髪の女性が見えた。斗乃さんだ。何をしているのかは、相変わらず変わらずにわからないけれど、せっかくなので声をかけることにした。


「斗乃さん、お久しぶりですね、どうかしましたか?」


「ん?ああ、御柳宵太じゃないか。ボクはね信号機を眺めていたんだよ。なんだか、この信号機がなかなか変わらないんだ」


 見上げると確かに信号機があったけれど、単に壊れているだけのようだ。それを不思議そうに見ている斗乃さんは、とても二十代の女性とは思えない。幼いというより、謎めいている。


「斗乃さん、それ壊れているんですよ。こっちの道路は使われなくなったので、たぶん直ることもありません」


「そうなのか?それは残念だな。使われなくなった信号機か……赤信号のまま時間が止まってしまったなんて可哀相だな。ここで歩みを止めてしまう人が何人いるだろうか……」


 たぶん別の道を進むか、構わずに渡るだろうと思ったけれど、口には出さなかった。僕の考えもいい加減に卑屈だよなあ。

 斗乃さんを見ると、悲しそうな表情で信号機を見上げていた。まるで人間を相手にしているような表情だ。まあ、当然だろう。斗乃さんはそういう人なのだ。いや、僕はただ聞いただけなのだけれど、斗乃さんが定住せずにこうしている原因となったのはこれが関係しているらしい。無機物に対して有機物のように相対する、その行為が。


「……では、御柳宵太。ボクはそろそろ失礼するよ。やはり留まるのは落ち着かないんだ。ボクは子供の頃の通知表に《落ち着きの無い子供》と書かれていたタイプの人間だろうね」


「それなら僕は《落ち着きすぎている子供》でしょうね」


「ははは、その通りだね。それにしても卑屈な考えは相変わらずだね。いや、《相変わらず、変わらないね》の方が良いかな?まあ、どちらでも良いよね。ではでは、ボクは失礼するからね」


「じゃあ、僕も帰りますよ。遅くなると家族がうるさいので」


 僕は斗乃さんと別れて家へ向かった。やはり卑屈なことを言ってしまって、その時の斗乃さんの表情は呆れていたけれど、それでも最後は笑顔を見せてくれた。斗乃さんはどんな時でも最後には笑顔を見せてくれる。そんな斗乃さんが僕は好きで堪らない。もちろん《人として》なので、あしからず。

 家に近づくと門のところに誰かが立っているのが見えた。大小の姿が有るということは、あの阿呆姉妹の他にはないな。


「弟くん!遅いではないか!妹ちゃんを見ろ!泣いているじゃろ!」


 言われた通りに黄泉を見ると、確かに泣いている。まあ、これも相変わらず、変わらないけれど。


「ひっく……ひっ……宵兄が事故とかに巻き込まれたかと思って……心配したんだからあ……」


「嘘泣き娘発見。そんなことをする子はこうだ!」


 僕は黄泉の頬を横に引っ張りながらぐりぐりと動かす。弱くやっているから対して痛くないのだが、これをやられている間は当然上手く喋れない。


「い、いひゃいひょう、宵兄ー。ごみぇんひゃしゃあい。許しひぇー」


手を離してやると、頬をさすりながら黄泉が涙目になっていた。やべ、やりすぎたかな?


「ふみゅー、痛かったよー。でもねでもね、心配したのは本当だからねー」


にっこりと笑う黄泉の頭を、先程の行為を帳消しするくらい撫でてあげた。すると、嬉しそうに笑って更に笑顔になった。


「相変わらず、変わらないな黄泉は。わ……僕は黄泉にメロメロさ」


「おい、夜凪。似てもいない僕の真似をして、妙なことを言うなよ」


「弟くんが幸せ満喫で羨まし過ぎるんじゃもん。儂は妹ちゃんにメロメロじゃからな」


「阿呆なこと言っていないで中に入るぞ。近所の人の疑いの眼差しを受けるのは僕なんだからな」


姉と妹というよりは、妹が二人みたいだな。


「弟くん、今日は妹ちゃんがご飯を作ってくれたのじゃ」


「宵兄ー、ご飯にするー?お風呂にするー?それとも、よみにするー?」


「黄泉以外で」


「ひどいよー」


 僕は呆れながらも、これが《日常》なんだよなあ、と確かに感じている。

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