第一章 ◇二頁◇
「それにしてもさ、近馬と依奈は仲が良すぎないか?なんで付き合ってもいないのに、そんな風にいられるんだ?」
依奈を膝の上に乗せた、というよりは、"乗せさせられた"近馬を見ながら宵太は聞いてみた。
近馬から返ってくる答えはいつも一緒なのだけれど。
「んー、なんとなく、だ。」
これである。
理由など無いということなのだろうが、それにしても仲が良すぎるという感じは否めない。
「何、宵太?近馬くんに嫉妬しているの?見苦しいから、苦し紛れに死になさい。」
「苦しむことが前提かよ!それに、僕は別に近馬に嫉妬なんかしていないからな。」
「あれ?違うの?あ、なるほど、そういうことね。つまり、依奈に嫉妬しているんだよね?近馬くんが取られちゃったから。まさか宵太が同性愛者だとは思わなかったな。私もさすがにびっくり。」
「何故、そうなるんだ?僕が同性愛者なら芙和とは付き合っていないだろう!それに、本当にびっくりしているなら少しでもそれらしい表情をしろよな。」
「む………私、怒っちゃったもんね。むかむかむかー。宵太ー、覚悟しなさいー。」
「芙和、無表情のままですよ。言葉にも抑揚が無いし。」
「がおー。」
またしても、抑揚の無い口調で言う。
まあ、これでもというか、これが芙和の照れ隠しでもあるのだけれど。
と、宵太と芙和が遊んでいる間に、いつの間にかもう一人増えて扉の前に立っていた。
「御柳先輩と木薙先輩、そして柊先輩と依奈先輩………まさか!そうか、これから"ちゅー"とかしちゃうわけですね!あはっ、これは空気と同化するが如く静観しないと!」
おおよそ、静観する人には見えないぐらいのテンションの高さで妄想を繰り広げる後輩男子―――比名麦冷がそこにはいた。
「冷や麦、そこに隠れていることぐらい僕らにはわかっているんだ。速やかに出てきなさい。」
冷や麦とはあだ名である。
宵太限定で呼んでいるあだ名だ。
他の人に浸透しなかっただけのことなのだが………
それについては宵太も少し残念そうだった。
「まさか!さすがは御柳先輩だ!自分が何処にいるか御見通しとは恐れ入った!これでは、こっそり御柳先輩たちを見れないな。それでは、次からは堂々と見させていただこうかな。」
御見通しとか言っているが、最初から隠れてなどいなかった。
今だって、堂々と見ていたのだ。
「相変わらず、変わらないな。冷や麦は妄想僻のある変態だよな。」
「自分、感激しましたよ!御柳先輩に褒めてもらえるなんて夢でしか見たことなかったですから!」
「夢では見ていたのかよ………出演料でも払ってもらおうかな。」
「お金では払えないですけれど………身体で払いましょうか?」
「いや、遠慮しておくよ………」
冗談でもやめてほしい台詞だ。
いや、冷の場合は冗談じゃないから更に質が悪い。
相手が誰であろうと本気で言っているのだ。
人間だろうと、それ以外の存在であろうと、嘘を言わない。
嘘のようで、嘘でないから質が悪い。
「冷くん、何を妄想していたかは敢えて問いませんが、いきなり登場するのはいい加減やめてほしいです!」
「依奈先輩に嫌われたくはないから、自重することを誓おう。自分は依奈先輩が大好きだからな!」
「あうぅ………そこまで素直に言われると反応に困ります。」
「あはは、綾杉、照れるなよ。顔が真っ赤だぞ。」
「ち、違いますもん!近馬くんに抱きしめられているからですもん!」
「ん?そうなのか?あはは、それは俺が照れるな。」
もう一度言っておいた方がいいかな?
ちなみにだが、近馬と依奈は付き合っているわけではないので、あしからず。
「残念だったな、冷や麦。どうやら付け入る隙は無いみたいだな。」
「御柳先輩、何か勘違いをしているのですか?自分、恋愛感情で言っていたわけではないですから。ほら、依奈先輩って小さくて可愛らしいから、それでですよ。」
"愛情"じゃなく、"愛玩"ということか。
それにしても、依奈は後輩にまで『小さい』と言われるなんて気の毒だ。
ちなみに、冷の身長は依奈より少し高い程度しかない。
「宵太、どうやら勘違いをしていたのは宵太の方みたいだね。死にたくなるぐらい恥ずかしいでしょう?だから、死になさい。」
「どうやら芙和は僕に死んでほしいらしいな。だったら、僕は意地でも生きてやるからな!」
「えー、それは困っちゃうな。私が宵太名義で加入しておいた生命保険が無駄になっちゃうよ。」
「保険金目当てで僕を殺すな!僕はミステリー世界の被害者じゃない!」
「勘違いしないでよね。宵太の為なんだから。だからヒステリーにならないでよね。」
「嘘だ、信じられない!僕の知っている芙和は、今この状況ではそんな台詞は言わない!まさか、偽者なのか?」
まあ、宵太と二人きりで誰にも邪魔されない状況ならば話は違ってくるのだけれど。
「しくしくしく。悲しくて涙が止まらない。まさか、宵太に信用されていないなんて………なんてね、お芝居はここまでよ。私が偽者だとよく気付いたなー。」
またしても、抑揚の無い口調、そして無表情で言う芙和。
「まさか、本当に偽者だったとは!」
もちろん、偽者なわけがない。
これは、ただの遊びなのだ。
本当に、相変わらず、変わらない、いつも通りの光景だ。
「ところで、冷後輩。今日は幼なじみのあいつはどうしたんだ?いつもなら、仲良く一緒に来るじゃないか。」
「幼なじみと言っても学年はあっちが一つ上、つまり柊先輩たちと同じ学年ですよ?それに、自分はそこまで仲良くしているつもりも、するつもりもないですから。」
「へえ、そんなことをよく言えるねぇ。あたしが一緒にいなければ何も出来なかったあの頃の冷は何処に消えたのかな?ああ、なるほどね。今、あたしの目の前にいる冷は幽霊ということか。それならば、あたしが呪われる前に成仏させてあげようじゃないか。この―――釘バットでね!」
いつの間にか冷の背後に立っていた女子生徒―――天里美恵留が一体何処から取り出したのか、釘バットを構えた。
美恵留が手に持っている釘バットには、達筆な字で『悲しの天使、ミカエル』と書かれている。
どうやら、自身の名前を皮肉った言葉らしい。
「や、やめろ、美恵留!自分は生きて―――」
「発言権を拒否する!幽霊に人権は無い!」