第三章 ◆一頁◆
――と、ここで僕、御柳宵太は六角形に並べた机の自分の席から他の席を見渡す。僕の書いた小説を読み終えたみんなは、それぞれがそれぞれの表情をしていたけれど、誰もすぐに口を開かなかった。
そう、ここまでの話は僕が書いたただの小説、作り話だ。幽霊が普通に見えるわけもないし、そもそもいるのかもわからない。少なくとも僕の周りではそのような現象はまだ起こっていない。
と、ここで僕の小説に対しての意見第一号が発せられた。僕の隣に座っている彼女は、静かに、そして淡々と話し始めた。
「宵太、これはまだ小説と呼べるものじゃないよ。文章も乱れているし、何よりも伝わりづらいのが一番の問題だね。それと、私たちを出すのは許すとしても、無理矢理なキャラ作りはだめだと思うな」
そう言う彼女は、小説でもそうだったが、僕の彼女の木薙芙和だ。
芙和の言う通り、小説を書くにあたって僕たち自身を登場人物にしたわけなのだけれど、キャラが実際とは違うという人が大半だ。むしろ、ほぼ全員がフィクションともいえる。実のところ、もっと変えようかと思ったけれど、まるで別人になっては意味が無いことに気付き、それはさすがにやめた。
まあ、僕としてはそれも有りだとは思ったけれど、今以上の批判を受けることを考えると、やらなくて正解だったのかもしれない。
「木薙先輩の言う通りですよ、御柳先輩。僕の一人称が、"自分"っていうのはさすがにどうかと思いますよ。それに、御柳先輩から"冷や麦"なんて一度も呼ばれたこと無いですし。合っているのは僕の変態性だけじゃないですか」
芙和の次に発言したのは、一年後輩の比名麦冷だ。芙和とは反対側の、僕の隣に座っている。
僕の頭の中では冷に批判されることは予想外というか、予定外なことだったので少し驚いた。確かに、冷の一人称は"僕"だし、僕も"冷や麦"と呼んだことは一度も無いけれど、まさかそれを冷本人から言われるとは思っていなかった。そこら辺の直接的な批判は美恵留からされると思っていたのになあ。でも、自分自身を変態と認めるのはなんというか、予想通りで予定通りだった。
次に口を開いたのは、僕のちょうど向かい側に座る、柊近馬だった。
「俺個人の意見としてだが、宵太んの小説は好きだぞ。一番印象的なのは、宵太んと木薙の絡みのシーンだな。俺がもし書いたとしても、こんな恥ずかしいことはさすがに書けないからな。素直にすごいと思う」
と、そんな皮肉に聞こえるが、しかし本気で褒めているつもりの近馬は、相変わらず変わらない。この男こそ、フィクションを個人的には含まない奴だ。あ、幽霊のことを除けばだな。
僕と芙和の絡みのシーンを恥ずかし気も無く書いたのには理由がある。それは、"そうしないと、芙和の機嫌を損ねてしまう"からだ。小説とはいえ、僕と芙和が付き合っていないことにしてしまったら、『あれ?宵太は私と付き合うのが嫌になったの?それなら仕方ないね。記念に宵太の首を貰えるかな?』などと言い兼ねない。
しかし、それを防ぐ為とはいえ恥ずかしいことに変わりはないわけで、更に指摘されると余計に恥ずかしくなる。隣に座る芙和は既に顔を赤くして俯いてしまっている。うん、可愛いな。
「なあ、御柳?《零六式》って誰?《網綱》って誰だ?フィクションキャラなのかい?まあ、聞くまでもないよねぇ。名前からしてこれは実在するわけないからねぇ。それは良いとして、天とあたしが親子関係を結んだ後に、この設定は意地悪なのかい?天も今ではなかなか生き生きしているんだから、少しは良いキャラにしてほしかったねぇ。あともう一つ、もう一つだけ言わせてもらえば、あたしは《釘バット》なんて持ち歩いたことないよ」
そんな風に、僕が考えたフィクションキャラをことごとく粉々に破壊するような意見を言ったのは、近馬と冷の間に座る天里美恵留。きゃらきゃらと笑いながら、悪気が無いように言っているのが余計に破壊力を増している。
予想通りで予定通りとはいえ、やはり批判されるのはそれなりのダメージがある。しかも美恵留の場合は急所を狙ってくるのだ。まさか小説の《幽霊》という設定を根刮ぎ崩してくるとはさすがだ。
おっさんと美恵留の事情だが、またの機会に説明しよう。今はまだ説明するには、文字数が足りない。
「御柳くんがうちのことをひどく書きすぎです!《小さい小さい》なんて、そんなこと知ってますもん!そのことについては今更言っても無駄なのでしょうけれど、うちと柊くんが付き合っていない設定は絶対に許せないですよ!」
これは言うまでもなく綾杉依奈の言葉。芙和と近馬の間で、僕を睨みながら言っているのだが、こんなやり取りはもう日常茶飯事のようなものだ。
いや、でも、今回は少し反省かな。小説とはいえ、付き合っていないことにするのは失礼だった。《零六式》という女の子を出す為だとしても、二人には悪いことをしてしまったな。よし、今度何かおごってあげよう。
ここまで前言撤回ばかりで、本当がどうなのかがわかりにくいので整理しよう。
僕たちは私立太刀守高校に通っている。冷だけが一年生で、その他の僕たちは二年生だ。その関係性は、僕と芙和、近馬と依奈は付き合っている。冷と美恵留は幼なじみのような関係。
言い忘れていたけれど、僕たちは生徒会には所属していない。僕たち六人が所属するのは、《ミステリアス研究会》という名前だけの、ただの仲良しの寄せ集めだ。これは、去年に僕たちが創った部活で、《部活に所属しないといけないのなら、自分達で創ってしまえ》と思い、駄目元でやったら見事に受理されたのだ。
そして顧問になってくれたのが緋鳥七士、七士さんだ。七士さんは保健室勤務兼スクールカウンセラーとしてこの学校にいる。
おっさん、天里天も実はこの学校の購買で働いている。この学校に拾われたらしいが、僕はよく知らない。この太刀守高校には食堂もあるのだけれど、おっさんの人柄からか購買の人気もそれなりに高い。
僕の家族の御柳夜凪と御柳黄泉の説明は今は省くとして、東雲斗乃を紹介しよう。斗乃さんは小説とほぼ変わり無い。良く言えば旅人だし、悪く言えば浮浪者だ。それでも斗乃さんはいつ見ても綺麗だ。服装も身体も、まるで汚れていない。それも含めてつくづく不思議な人だ。
こうして僕の約四万五千文字は批判尽くしで終了。まだまだ、相変わらず、変わらないらしいな。