第二章 ◆七頁◆
「どうした?近馬がいなくなって依奈が発作でも起こしたか?」
「どうやら、そのようですね、御柳先輩。自分としては胸に飛び込んできてほしいと密かに思っているのですが、なかなか思った通りにはなりませんね。」
「な、何を勝手に言っているんですか!うちは正常ですもん!」
「密かに思っている割には依奈本人を目の前にして堂々と言うんだな。」
「あれ?声に出しちゃっていましたか?」
「自覚していなかったのか!」
「ちょっ、うちを無視しないで下さいよ!」
宵太と冷が依奈を相手にしないまま、お決まりとも言えるやり取りをしていると、下校時刻を知らせる最終チャイムが鳴り響いた。
壊れているのか、それとも元々そういうものなのか、不規則な不協和音のチャイムだ。
「宵太、比名麦くん、遊んでいないで帰るよ?」
「芙和、すぐに行くから先に行って校門で待っていてよ。」
「早く来ないと先に帰っちゃうからね。それと、依奈をいじめた罰として宵太にはお仕置きだからね。」
「御柳くんはお仕置きされても喜びそうですけれどね………」
「さすがに、それはないと思うけれど………否定し切れないなあ。」
芙和は言いながら、依奈と冷と美恵留を連れていった。
「先に帰るって言っても、芙和はいつまでも待っていてくれるんだよな………さて、と。」
宵太は保健室を見渡し、身近にあった注射器を手に取った。
そして、それを入口上部に設置し、扉から入った時にちょうど頭に落ちるように調節して、保健室から去っていった。
いわゆる、七士に向けての悪戯だ。
「これで、よし。いやー、わくわくするな!これだから悪戯はやめられない!」
そんな少し危険な悪戯を仕掛けた宵太は、満足気な表情で校門へと急いだ。
「―――で、緋鳥ん。どうして俺と式だけなんだ?話があるのならみんなが一緒の方が良いんじゃないか?」
場所は移り、七士の先導で歩いていた近馬が疑問を投げかけた。
それに対して、七士は舌打ちをしながら面倒臭そうに答えた。
「ちっ、うるせぇなあ。俺様がてめぇと式だけを呼んだってことは、二人にだけ話しておくってことなんだよ。他の奴らに話してもいまいち理解しねぇだろうからな。そんなのは時間の無駄、生きる無駄ってことだ。」
『ちなみに、どんなお話なのですか?』
式が問い掛けると、七士は足を止め振り返った。
振り向いた七士の顔を見て、式はひぃっと小さな悲鳴をあげて近馬の後ろに隠れた。
「あーあー、うるせぇうるせぇ。こんな道端で話せるんだったら、わざわざてめぇらを家に呼ぶわけねぇだろう?こんな会話ですら無駄なのに、これ以上俺様を苛々させるんじゃねぇよ。」
そう言う七士の顔は、にやにやと笑顔なのに、わかり易いぐらい不機嫌な顔だった。
そんな七士にただただついていくしか、近馬と式に選択肢が無かった。
"七士の家に向かうには七士についていくしかない"。
近馬はそう言っていたが、少々語弊がある。
正確には、"七士が感知し、認識している者、及び一度本人と共に訪れた者しか辿り着けない"だ。
つまり、近馬は辿り着けるが、今の式は辿り着けないということだ。
式は近馬に取り憑いている為、無理矢理に引き剥がされると両者共に危険なので、七士が連れなければならなかったのだ。
山道に乱暴に築かれた長い石段を登りきると立派な日本家屋がそこにはあった。
「着いたぜ。今日は随分と段数があったな。これは式がいるからか?幽霊が一緒の場合は多いのかもな………まあ、いい。存分に遠慮しながら早く入れ。」
七士が向かった部屋は二十畳もある広い和室だった。
家具類は皆無で、ただただ広い部屋だった。
その部屋の隅に寄り掛かって座る七士の前に二人は座った。
「くだらねぇ前置きとかは無しにするぜ。近馬、てめぇが式に取り憑かれた時点で"あいつ"から呼び出しだ。」
「だから俺と式だけなのか。やっと納得できた。むー、でも、"あいつ"に会うのは平気なのか?」
「まあ、大丈夫じゃねぇ?今日は機嫌が良さそうだったし。」
『あ、あの………先程から話に出てきている"あいつ"とは、どなたなのでしょうか?』
式の質問に、近馬が言いにくそうに口を開いた。
「うーむ………会った方が早いと思うぞ。」
曖昧な答えに式は疑問符をたっぷり浮かべていたが、黙って近馬の後をふわふわとついて行った。
辿り着いたのは妖しく妙なお札が入口に張り巡らされた、いかにも封印されている和風の部屋だった。
その部屋の重い戸を引くと、ぎしぎしと軋みながら開いた。
薄暗い十畳の部屋の中央に"そいつ"は縛り付けられた状態で居た。
『むか…く……かつ…………つく…むかつく…む……く…おや?誰かと思ったら………誰だっけ?まあ、いいか。いらっしゃい。ん?あー、そうか。俺がキミを呼んだんだっけ。えーっと………誰だっけ?』
「名前なんて聞かなくても、話は出来るだろう?俺とこの娘に用があるんだよな?」
包帯とお札で埋め尽くされた"そいつ"の呼び名は網綱、幽霊だ。
近馬が式のことを名前で呼ばずに、"この娘"と呼んだのには理由がある。
この網綱こそ、"名前を教えると危ない幽霊"なのだ。
それ以外にもいろいろと曰く付きなのだが、ここでは説明仕切れないのでまた後日に。
『話?あー、話ね………ひっ…ひっ…ひっ………キミとそっちの幽霊ちゃんにね………取り憑いたんだってね…無闇にやる事じゃない…キミでなければ今頃…ふひっ………』
「つまり忠告の為にわざわざ呼んだのか?ここの家主に怒られちゃうぞ?」
『俺がそんなくだらないことで嫌いな人間を呼ぶわけない………ふひっ…ひっ…嫌いだ…あー、嫌いだよ…人間なんて嫌い…キミね…その幽霊ちゃんといると………寿命が短くなっちゃうよ………』
その網綱の言葉に反応したのは、言われた本人である近馬でなく、式の方だった。
『ど、どういうことですか?この方の寿命が減るって………わ、私が一緒にいるからですか?』
「落ち着けって!そんな単純な理由だったら、取り憑いた時に聞かされているはずだ!あの人はそんな適当な人じゃないんだから!」
『で、でも、私が原因なら結局―――』
「黙れ!」
近馬の鋭い一声が静寂に響く。
式はどうしたら良いのかわからず、泣きそうな顔で近馬を見つめていた。
「もう少し………ちゃんと話を聞いてからにしよう。」